●39・かくて戦いに終止符を
●39・かくて戦いに終止符を
ソフィアとカトリーナが、少数の兵を引き連れて、ともに偵察に出る。
準備期間とはいえ、敵に見つかってはならない。そのたびに、わずかだが判定点を減点され、概念的なものではあるが駒落ちを強いられる。
そして本格的に現地を回る偵察。
まず、通例通りに東組が陣を敷いた場合、正面しばらくの距離に河川が見受けられる。
「川ね……」
「おお、これは浅いな。戦闘船無しでも渡れる。普通の背丈を想定すれば、歩兵なら膝あたりまでは埋まるが、これは歩きで渡れる水深だ」
「騎兵でもちょっと足をとられる程度で、そんなに無理もないわね」
「全くもって同感だ。行軍速度がわずかに落ちるが、それだけだ、川幅もそんなに広くないし、中洲もあるな」
「広くて浅い河川ってところね」
二人はうなずき合った。
その河川を上流までたどり、それほど高くない山を登る。
いくつかの小さな滝が、集って流れをなしていた。
「ここが水源か」
「水計……」
ソフィアがつぶやく。
「あの河川に、一気に鉄砲水を押し流すのか」
「ええ。ここに兵を置いて、設備を築き、状況を見て、せき止めていた流れを一気に流す。渡河中の敵軍はあっという間に押し流され、部隊は壊滅する」
ソフィアの説明を聞いて、カトリーナは。
「そう上手くいくかな。アルトもここは見逃さないと思うが。これは推測というより確信だ」
「そう思うのは、あなたがアルトを過大評価しているからね。授業中だろうと昼休みだろうとお構いなしに、熱っぽい視線で彼を見ていること、私は知っているわよ」
とたんに姫騎士は真っ赤になる。
「うぅ……」
「まあ女をいじめる趣味は私にはないけどね」
「……いや待て、それを知ってるってことは、ソフィア嬢もアルトの周りを見ているということでは。『熱っぽい視線』で」
反撃。
「まあいいわ。それは関係のないこと」
「そ、そうだな」
お互いに顔を赤くしながら会話する。
なにこれ。
想い人が不在の状況で、好敵手同士が恥じらうことになるとは、ソフィアも思わなかった。
木陰から敵の集団をうかがう。
総大将アルト、その腹心ヘクター、恋の好敵手――もとい有力な宿将相当のフレデリカが、小高い丘に集まって、やんや、やんやと何かを話している。
「敵はここに本陣を置くのね」
「見た限り、なにやら図面と指図を頻繁にしているな」
「資材もあちらこちらに……防御陣地、ここでアルトは私たちを『守勢として』迎撃するつもりね。守勢か……」
ソフィアが何か考え込む。カトリーナもその意味を把握した。
「砦にこもる敵軍に一撃加えるのは、大変だな」
「砦というか、まあ、防御陣だけどね。それでもあのアルトのこと、普請の心得でガチガチに固めてくることは容易に想像できるけど」
「驚いた、彼は築造もできるのか」
「普請論基礎の授業では私に次ぐ二位の成績よ。かなり知っているとみて間違いない」
「それも熱っぽい視線で観察したのか」
「もう!」
ソフィアはカトリーナの足を踏んだ。あまり痛がられなかった。
陣に帰投してロナに報告する。
「きっと鍵を握るのは、あの河川の上流ね。あそこに西組は工作兵を送るはず」
「こちらも軽歩兵で向かう必要があるな」
「もっとも、距離としては西組のほうが近いわ。一度占拠されることを見越して、少人数で攻勢をかけて、工作中の敵部隊を奇襲するぐらいの用意が必要ね」
ロナはあごに手を当てる。
「いることを前提に奪い取る計算ってわけだね」
「その通り。もっともそれは、アルトを陣の外に引きずり出すか、防御陣を無視できる策と一緒でないと、意味がないわね」
ソフィアはアルトの守勢を説明した。
「偵察で見る限り、彼はかなり堅い陣地を組むつもりよ。どうにかして、例えばあちらの旧レオン派とか、アルトに嫉妬している連中とかと内通するとかしないといけないわね」
「間者を使う必要があるね!」
「その通り。それさえ越えられれば、攻勢をかけても苦戦はしない」
「アルトが、例えば単純な挑発で陣を捨ててくる光景は思い浮かばないからなあ」
三人はそれぞれに同意した。
そこへ朗報が舞い込む。
「敵軍より、ロナ様にベトレヒト様が会いたがっています」
「誰?」
尋ねるロナ。
「ベトレヒト……確か旧レオン派で、戦術研究部の有力な部員でもあったはずよ」
ソフィアはそこで、少しだけ考える。
「内通の申し出かも。『動機』は充分にあるわね。まさに渡りに船、かしら。とりあえず通してみたら?」
「そうだね。ベトレヒト君を通して」
「御意」
警備兵は頭を下げ、おそらくは彼のもとへ伝えに行った。
一方、カトリーナは、水源点付近に西組の旗が無数に立っているのを見た。
「やられた……」
ご丁寧に陣幕も張られている。きっと防御をかなり強固に固めているに違いない。
よく見ないでも分かることだった。
「撤退だ、この人数では奪取できない」
指示すると、奇襲部隊はきびすを返した。
……実際は軍勢の気配だけが強調されており、兵はほとんどいないことに、彼女は気づかなかった。
本陣で情報をまとめる。
「ベトレヒト君はやっぱり内通の申し出だった。その証として、防御陣地の図面をくれたよ」
「逆にいえば、彼は築陣部隊のある程度上位に食い込んでいるってことね。……その様子だと、水計設備への攻撃はあきらめたみたいね」
「すまない。攻略できそうになかった。その代わり相手はあそこにある程度の兵を割いている……はずだ。あれほど明確に陣を構えていたからな」
カトリーナはあらましを話した。
「賢い選択だわ。……ただ、敵軍を直には見ていないのね?」
「直にって……陣幕と旗の上りようを見れば、それで充分じゃないか?」
首をかしげるカトリーナ。
「ちょっと不安が残るわね。まあカトリーナの判断なら仕方がないわ」
「そして、相手がそこまで工作点に兵を配備しているということは、繰り返すが、本陣は若干だが兵が少なくなっているのではないか、と思った」
「なるほど」
ロナはうなずいた。
「作戦が見えてきたね。ベトレヒト君には、ほかに旧レオン派とか、そうだね、戦術研究部あたりを束ねてもらって、内部から呼応する準備と、水計の妨害をお願いしようかな」
「いいわね。準備が整ったら、敵陣への全軍突撃命令を下していいと思うわ」
「全軍突撃か。ずいぶん思い切ったな」
「一番の好機に全戦力を突っ込むのが基本よ。戦力の逐次投入が愚策なのは、教官も口を酸っぱくして言っていたじゃない」
「それもそうだな。それまでうちの戦力は待機か」
「いつでも出撃できる準備は必要だけども」
戦いの全体像を、きっと彼女たちはみているのだろう。
その後、ベトレヒトとの綿密な打ち合わせで、内部呼応の準備は整った。
水計に関しても、彼らが中心となって離間工作をした。陣幕や旗を残したまま、実際の戦力は不戦の約束を取り付けて帰投したとの報告があった。
「いまなら防衛設備は紙同然。なぜなら内紛で無効化できるから。他の部隊長や兵士たちも、突撃の準備は整えた。さあ、一切万端よ」
「よし、じゃあ……突撃の下知を!」
「御意!」
本営付将校たちは持ち場に散らばり、攻撃の狼煙は上げられた。
東組の、猛然たる突撃。
迎え撃つは、アルト率いる東組。
「弓弩の備、構え!」
「銃兵構え!」
敵を限界まで引き付ける。
「撃ち方始め!」
合図とともに、天地を切り裂く無数の矢が、東組に食らいつく。
現場将校が指示する。
「ひるむな! この射撃はすぐやむはずだ!」
相手側に内通者がいる、と知らされている。
「行け、行け!」
将校自身が、防御の魔道具を使いながら、なおも激しく突進を試みる。
しかし、戦況は思うようにはいかなかった。
「ベトレヒトは何をしているの!」
ソフィアは本営で、戦況を見ながらいら立つ。
「遅いな。射撃に一向に干渉しない。こちらはどんどん削られているぞ」
カトリーナも険しい表情。
「きっと何かあるんだよ。ここで下がるという選択は考えられない。突撃続行!」
ロナはなおも号令を出す。
やがて、決して少なくない被害を出しつつも、ついに東組は陣地の入口にたどり着く。
西組も白兵戦の隊伍に組み変わった。
「射撃は後退、後詰は重歩兵を中心に前進、迎え撃て!」
その速さは、短い準備期間で、アルトが事前に訓練や通達をしていたのだろう、これ以上ないものだった。
一向にベトレヒトからの続報が届かない。
どころか。
「申し上げます、多くの隊長が、陣構えが布陣図と違う、と報告しております!」
確信した。
「ベトレヒトすら、アルトの偽計ね!」
「間違いない、これはやられた」
ロナは拳を握った。
「退却か、本陣も投入してわずかな可能性に懸けるか」
「退却と全滅なら、どちらを選ぶかは自明ね。私とカトリーナは殿軍を引き受けるけれど、総大将様はどうする?」
答えは決まっている。
「退却、退却だよ!」
西組からは、それほど苛酷な追撃は来なかった。
もともと防御を前提に布陣していたというのも大きいだろう。しかし追撃する必要性を感じなかったのも、あるかもしれない。それほどまでに、東組は完敗した。
ロナは退却地点にたどり着き、審判役の教官にその撤退を報告した。
「勝負あった、西組の勝利!」
同時に、空に無数の狼煙が上がった。
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