●38・ロナ頑張る

●38・ロナ頑張る


 国営工場まではすぐだった。

 近い、というほど近くはないが、道に迷うことが全くなかったため、相対的に短い時間でたどり着いた。

 確かに馬車で行くような道筋ではなかった。

 アルトは入口で学園生の紋章と、ローガンに渡された通行手形を見せると、すぐに事務室まで案内された。

「お疲れ様です、アルト殿」

 女性がやってきた。

「お疲れ様です。ええと」

「私は事務長のクレア。その文書がローガン様の伝達かな?」

「はい、まあ、おそらく」

 彼は彼女に文書を渡した。

 これで用件は済んだのだが、しかし。

「アルト君、もしかしてローガン様から『見学でもしてこい』とか言われた?」

「あ、はい」

「やっぱり! いいよ、ちょっと軽く案内してあげる」

 アルトの知らないところでどんどん話が進んでいく。

 彼は困惑半分でクレアの後をついて行った。


 結論からいうと、興味深かった。

 工場はいくつかの科に分かれており、印刷科がおそらくは今回の注文周りの中心となるところだろうと思われた。

 アルトは、活版印刷という言葉の印象から、植字を工員が手作業でやっているとばかり思っていた。平里の知識の影響もある。

 しかし違った。

 魔道具を複数繋げ、ほとんど自動で植字を行っていた。

 一応、その管理者は複数いるものの、どちらかというと自動工程の見張りに専念し、自分ではほとんど、入力作業さえ行っていなかった。

 どちらかというと、パソコン、プリンタ、そしてAIを導入しているのに近かった。

「驚きました。手作業で植字をしているものとばかり……」

「十年ぐらい前はそうだったね。でも今は、専用の魔道具の開発が進んでいるんだ」

 クレアはニコニコしながら工程を見ていた。


 それと同じぐらい面白かったのが、銃器科だった。

「これは、施条……!」

 なんと、ライフリングを行っていた。つまり銃器にらせん状の溝を掘って、弾道を飛躍的に安定させる技法である。

「元込式が当然のように、あっちは回転弾倉……の前のペッパーボックスだ、ということは雷管がすでに!」

 一般に出回っているマッチロック式の火縄銃より数段上の研究がなされていた。

「まあ、ここは実験制作の部署だからね。まだ量産の体制は整っていないし、量産を可能にする技術も足りていない」

「それでもすごいですよ、これが全部実現したら、魔道具無しでも魔道具持ちと互角ぐらいには戦えます!」

「そこ、まさにそこなのよ」

 クレアの表情が曇る。

「魔道具が排除されたら、今度は魔道具技師が仕事を失っちゃう。量産技術の研究が進まない理由の一つね」

「むむ……」

 どうやら事情は、アルトが思っていたより複雑だったようだ。

「しかしこの技術は本物です。いずれこの研究が実を結ぶ時が必ず来ると、僕は思います」

「まあ、そうだといいね」

 クレアは困ったような笑みを浮かべた。


 ゲームではほとんど触れられなかった、魔道具によらない技術。

 まあ、単純に、ファンタジーの世界を中心に描くために「省略」されたのだろう。……もちろん、ここはあくまでゲームの世界ではなく、それゆえ違いがあるというだけかもしれないが。

 とにかく、一通り案内され、アルトは感謝を述べた。

「今回は本当にありがとうございました。とても興味深かったです」

「ありがとう。そう言ってくれるとうれしいわ」

 しかし魔道具によらない技術がこれほど、試験段階にあったとは、とアルトは考える。

 盲点だった。彼は魔道具を使うことばかりに注力していて、こういう視点を忘れていた。

 もっとも、量産の体制が整っていないというのは本当だろう。あれらの技術が実用化、量産するかどうかにかかわらず、少なくともしばらくは、まだ魔道具を中心に考えなければならない。

 とはいえ感動した。

 彼は丁寧に謝辞を述べた後、報告のため一度学園に戻った。


 数日後、大規模演習の組分けと、総大将の指名がなされた。

 西組は総大将をアルトとし、ヘクターとフレデリカも仲間となる。

 東組の総大将は。

「ロナだ」

 こちらにはカトリーナとソフィアが傘下に入っている。

 他も含め、ほとんどがヘクターの言っていたとおりになった。

 ヘクターと並んで信頼できる幼馴染が、この演習では敵として立ちはだかる。

 それだけではない。少数ながら、味方の中の敵となりうるもの、旧レオン派や戦術研究部の部員をうまくなだめすかして作戦行動に従事させなければならない。

 総大将の重責である。いい加減にするのは許されない。

 アルトはそう考えると、旧レオン派ながら懲罰を免れ、戦術研究部の有力な部員でもあるという、これだけ聞けば決して小人物ではない生徒のもとへ足を進めた。


 一方、ロナは。

 アルトが敵!

 幼馴染にして親友の、本人も意図していなかったであろう反目に、衝撃を受けていた。

「ロナ嬢、今回はよろしく頼む……」

 言いかけて、カトリーナは彼女が動揺していることに気づき、口を閉じる。

 代わりに介入したのはソフィアだった。

「ちょっとロナ嬢」

 彼女のひやりとする声が、彼女の耳に入る。

「気持ちは分かるけれど、いまのあなたは総大将よ、一番の大将がそんな動揺していたら、勝てる戦いも勝てないわよ」

「うぅ」

「私とカトリーナ嬢が充分に後押しするから、頼むから気をしっかり持ってちょうだい。大丈夫、知識量なら私のほうがアルト殿より数段上よ」

「私も、ヘクター殿やフレデリカ嬢になら、一騎討ちでは勝てるな。集団戦でも、私がどれだけ鍛錬しているか、ロナ嬢は大森林で見てきているはずだ」

 促され、ロナはゆっくりうなずいた。

「そうだね。ボクが動揺していては話にならない。ソフィアとカトリーナを信じるよ。精一杯、全力を尽くそう」

「そうではないだろう」

「え?」

 カトリーナ。

「戦いにはまず、勝つという強い意思が必要だ。精一杯頑張ったところで、実際の戦場では勝てなければ意味がないし、勝とうとしないと結果はついてこない。まずは頑張るのではなく、勝つんだ、私たちが」

 彼女は、暑苦しい熱血でもなく、静かに諭す。

「アルトは強敵だ。だからこそ勝つという強い意思を持たなければならない」

 沈黙の後。

「……そうだね。ボクはアルトに勝って、ボクたちの実力を証明しなければならない」

「ああ」

「何が何でも勝つ、最善を尽くすよ。……ええと、戦場の下見、は後日か、まず面子の確認と意思の把握、それから」

 ロナも総大将としての起動を始めた。


 そして数週間後、ロナ、アルトほか一年生たちは仮想空間への魔道具を使い、仮想的な戦場へと赴いた。

「一人あたり五〇の兵と、三日間の猶予を与える。各自準備をするように!」

 ロナにもこの言葉の意味が分かる。

 これは単に、道具の検査や体調の安定化を意味するものではない。

 限られた領域内での陣立ての決定。必要に応じてだが、防御設備の築造。指揮命令系統の確立。合図の設定。現地偵察。地理の把握。

 そして、敵将アルトが最も得意とする作戦企画。

 やることは多い。が、幸いなことに戦場での心得があるカトリーナと、知力に関してはアルトと互角以上と目される賢者ソフィアが、自分を盛り立ててくれる。

 信頼でき謀りをともにできる二人、そして自分を慕ってくれる、あるいは正常な秩序に従ってくれる学級の一部の仲間たちが、自分の側にはついている。

 決して一人ではない。

 ロナは戦場の空気を感じながら、背負っているものが同時に、自分を後押ししてくれる存在であることをも感じた。


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