●37・おつかいヤダ!
●37・おつかいヤダ!
作戦会議は思いのほか進んだ。
まだ具体的な術策については、戦場の状況や組分けの分からない生徒もいるということもあり、詰めてはいない。
しかしおおよその方向性は定まり、策の種類もおおよそは、アルトには見えてきた。
まずヘクターとフレデリカは、アルトも信頼できるものとして、かなり高度の作戦共有をすべきこととなった。
この戦いにおいて、全幅の信頼を置ける人間が二人もいるということは大きい。
同時に……信頼できない、少なくとも外面的にはそうとられる人間がいることも把握した。
旧レオン派の取り巻きや戦術研究部の部員、まあ多かれ少なかれ、アルトの活躍の陰で割を食っている人間はいる。
問題は、必然的に紛れ込むそれらを、どう御するか、あるいは利用するか、そこにあると彼は考える。
「まずそういう生徒を事前に抑え込む必要があるな」
「できれば戦術に組み込みたいところだね」
「戦術に組み込む? 信頼できない生徒の話をしていたんじゃないのか?」
「まあまあ。そういう人間の信頼を勝ち得て、というか作戦の軸を任せて信任を回収するってこともあるかなって思って」
「難しいな。話を聞くだけで難しいのは分かるぞ」
「そうでもないさ。まあ僕もまだ形にはできないけどね。まだそこまで進める段階じゃない。組分けすら非公式の状態なんだろう」
「まあ、まだ何をするにも早すぎるってのはあるな」
ヘクターは深くうなずいた。
アルトが家に帰ると。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま」
ミーシャが起きて色々していた。
「大丈夫かいミーシャ、家事なら、今日ぐらいは僕に任せてもいいよ。できないわけじゃないからね」
家事をできない貴族は少なくない。貴族の矜持や単純な身分の違いでできないのではなく、そもそもその技能が、高位であればあるほど、初歩すら身についていないのだ。
これは社会構造の問題でもある。特に高位の貴族は、家事を使用人に一任するのが通例、というか作法の一種であり、自分では手を付けないのは美徳でさえある。
もっとも、アルトは貧乏貴族として、家事を自分である程度行う技能も修めているが。
権威やら矜持より実利。それが父テッドの教義でもあった。
ともあれ、ミーシャは答える。
「大丈夫ですよ、少し疲れが出てきただけです」
「だったらなおさら問題だよ。ゆっくり休んで。これは主人としての命令だ、背くことは許されないよ」
言うと、ミーシャは「エヘヘ、じゃあ坊ちゃまのご命令に従います!」と言って服を脱ぎだした。
「ちょっと、おかしくなりすぎ、やめるんだ!」
彼はミーシャを強引に彼女の部屋に押し込んだ。
そして彼は反省した。
彼女に負担をかけすぎているようだ。
なぜか脱ぎだした彼女の、白く柔らかそうな、きめの細かい肌が思い出される。
彼の身体に一瞬、甘い電流が走るが、しかしなんとか一瞬の衝動を抑え込んだ。
色ボケをするのはミーシャだけで充分である。
彼女が寝込んでいる間、彼は自分で家事をすることなる。もっとも彼は、家事の初歩を身につけているだけで、彼女の水準で家事を行うには少々足りない。それに大規模演習の準備や学園から出される課題なども、色々としなければならない。
というわけで。
――家事は最小限にするか。ミーシャが復帰したときに山積みにならない程度に。
彼はそこへ思い至った。
当然の思考ではある。しかし、その当然の思考が、日常の忙しさに押し流されるのが人間の常であろうと彼は思う。
自分自身が倒れないためにも、本当に必要なこと以外は適当に済ませる必要がある。同時に、使用人一人だけでは負担が大きいことも考慮し、これからはある程度分担を計画する必要がある。……いわば持続性というものである。
とりあえず彼は、家にあった雑穀を鍋に入れ、水を入れて蓋をし、粥を作ることにした。
大規模演習を控えたある日。
アルトは教官ローガンにお使いを頼まれた。
「国営工場に?」
「うむ。受注にささいな間違いがあってな」
なんでも、活版による印刷について、学園側があるものを発注したところ、国営工場が間違えて別のものを納品してしまったらしい。
「この機に注文体制を刷新しようということになって、その文書を国営工場まで送ることとなった」
「すると、この文書は機密に近いのですか?」
「まあそうだな。ただ、アルトなら風紀委員であり生徒会にも近い。機密を破るような真似はしないだろうと信頼しておる」
お使いを押し付けておいて、信頼などと、口が巧い教官である。
だが、いずれにしてもこのお使いを逃れる術はないだろう。教官からの指導とあっては、生徒は基本的に断る権限がない。
「はあ、分かりました」
「そう渋い顔をするな。きっといまの国営工場は、いいものが見られるぞ。魔道具やら既存の知識やらを重視する学園とは切り口が違うからな」
「うん? よく分かりませんが」
「行って、『この機に見学したいです』とかいえば、喜んで案内してくれるだろう。学園の生徒にはそれだけの信用がある」
「はあ」
「まあ、まずは見学でもしてこい。ああ、馬車で行くような道ではないな。まあ、アルトにとって興味深いものが見られるぞ」
ローガンは肩をポンと叩き、気をつけてな、とだけ言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます