●36・大仕事の準備

●36・大仕事の準備


 翌日、学園でも正式に大規模演習の告知がなされた。

 軍勢の分け方と総大将については、教官たちの会議で決めるらしい。

 ……逆にいえば、本営付将校、兵站担当、陣の配置などは生徒が自主的に決められるということだ。

 もっともそれは、話し合いなどで総大将が中心となり、その決断力と調整力をもって、適切に決める責任があるということも意味する。

 総大将にはなりたくないものである。……そう簡単にはいかないとしても。

 アルトは、なんとなくだが大きな仕事の匂いを感じた。


 その日の昼休み。

「なあアルト、今日は中央食堂で飯を食おうぜ」

 とヘクター。

「いいけど、どうしたんだい」

「大規模演習あるだろ、その話し合いさ」

 彼はニカッと笑う。

「話し合いって……同じ組に入るかどうかも分からないぞ」

「それがなアルト」

 いわく。

 組分けは教官の間では、すでにほとんど固まっている。

 ヘクターは、その組分けの最終案に近い稟議書を手に入れているという。

「どうやって手に入れたの……」

「例の高度研だ。こういうこともやってるんだな、あそこ。感心したぜ」

 彼は鼻を膨らませる。

「高度研……あの部活、ただの試験対策を超えて、教官の間に伝手でも持っているのかな。そうでもなければ、やっていることは流言飛語だぞ、下手すれば僕たち風紀委員の案件だ」

 彼がほほをかくと。

「おそらくだが、伝手と推量の合わせ技だな。組分けにはある程度の法則性があって、その基礎となる評価は教官が個別に行うらしい。その評価も、試験結果とか普段の授業、休み時間とか課外の様子によって判定するらしい。試験結果は今日、掲示板に張り出されるから、見たらどうだ」

「僕の場合、見る必要はないね。……というかその話し方だと、ヘクターと高度研は試験結果をすでに知っていることになるけど……」

「その辺は秘密だ。男の秘密だな」

 ヘクターはニヤリと。

「まあ僕はいいけどね。順位には興味がない」

 嘘である。

 神通信で自分とソフィアの順位をすでに知っているだけで、正直、ロナやフレデリカの順位には多少の興味がある。

 まだ一年の前期だから、ロナやフレデリカが高成長性を発揮して上位に食い込んでいる、ということは、まあないだろう。しかしそれでも、二人がどの程度成長しているか、現在どのあたりにいるかは把握しておきたいところだ。

 しかしヘクターは、別段深掘りする気もなかったようだ。

「興味がないとは意外だな。まあいい、お前がいいならいいや」

 彼は食堂の扉を開ける。

「たまには食堂もいいだろう、アルトはいつも使用人が飯を作っているみたいだからな」

 今日はミーシャが多少体調を崩して、部屋で安静にしている。

 アルトは購買部で何か買おうと思っていたので、ヘクターの提案はありがたかった。

「ヘクターは使用人の飯じゃないのかい?」

「ああ、今日は休暇をとっていてな。不在だ」

「そうか、そういうこともあるな」

 それきり、アルトは聞くのをやめた。

「おや、今日は日替わり料理がうまそうだな。俺はこれにしよう」

 彼は満面の笑みだった。


 席につき、日替わり料理の麺料理を置く。

「さて、飯だな」

「組分けの話は?」

「ああそうだったな。まず結論からいうと」

 ヘクターは麺を巻き取りながら言う。

「俺とアルトは同じ西組だ」

「ほう」

 ヘクターと一緒とは心強い話である。アルトはこの頼れる親友とともに戦場を駆けることができるようだ。

 そして。

「それだけじゃない。アルト、お前は西組の総大将になるらしい」

「うわぁ……」

 彼は持っていた食器を落としそうになった。

「まあ、これは仕方がないと思うぞ。組の総大将といえば、特に活躍が著しいやつがなるのが定番だそうだ。お前は勇者の剣を持っているし、戦術研究部には兵学演習で勝っている。普段の授業態度も良好。座学の成績も悪くない。これ以上の人間はいないだろ」

「そうかな。ソフィア嬢とかカトリーナ嬢がいるじゃないか」

「カトリーナ嬢が武芸特化なのはお前も知っているだろう。総大将が務まる能力じゃない。ソフィア嬢は、まあ、人望に少々欠けるというか、孤独を好む人柄だからな、軍師はなんとか務まっても、総大将はちょっと」

 そこでヘクターは思い出したように。

「ああ、そういえば東組の総大将はロナで、その二人は東組につく」

「えぇ、ロナが総大将か!」

 彼はまたも食器を取り落としそうになる。

「どうも器量というより、周囲が命令を聞くかどうかを重視したようだな。あれでも授業態度は良いし、変に尖った性格でもない」

「そうかな……」

「少なくとも教官たちにはそう映っているはず。あとは地味に素直な性格、成績もそこまで悪くないし、アルトの活躍にはほぼ毎回ついて行っている。おそらくそこに彼女の真骨頂を、教官たちは見出したんだろう」

「あのポンコツロナがねえ」

 言いつつ、アルトはその決定にはある程度の共感を抱くことができた。

 総大将の最大の素質は、将兵にその命令を聞かせることである。

 アルトはこの点、実績と打ち立てた功績でなんとかできるのだろう。しかしロナは違う。彼女の場合は実績などという面倒なものではなく、素の性格そのままでも、きっと構成員は命令を聞く。彼女のひたむきさと真面目さ、明るさがそうさせる。

 いちいち実績を積まなければならないアルトは、その点において素のままで機能を果たせるロナに、一歩劣っているとさえいえる。

「はあぁ、才能か、厄介なもんだね」

「突然どうした。才能ならお前も持っているだろう」

 平里の記憶という、才能というより裏能力に近いものは持っているとは彼も自認しているが、そういうことではない。

「努力によって求心力を獲得することと、もとから天然で人望を持っていることとは、大きな溝が横たわっているんだよ」

「はあ。……ああ、そういえば俺とフレデリカ嬢は、お前と同じ西組だ。よろしく、というかその作戦を練るために昼飯に同席したんだったな」

「それもそうだね。詳しい組分けを聞きたいし、それによって作戦も、きっと変わる」

 アルトは自分のあごをなでた。


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