●34・後ろめたい達成
●34・後ろめたい達成
ある日の試験勉強会。
戦術学概論の問題演習に一同はうなっていた。
「分からない、この問三は降参よ。アルト、ヘクター、答えを教えて」
「僕らも答えを知っているとは限らないんだけど」
呼ばれた二人。
「そもそも軍学で答えを用意するってのが馬鹿げていると思うぜ」
「そうだね。勝敗は兵家の常だし、なぜ勝ったのか不思議な戦いも歴史上無数にある。それに実際、学問系譜によって正答とするものは違ってくるはず。負けないための努力はできても、戦場に正解なんてないよ」
アルトはぼやく。
「そう言ってもしゃーないじゃん。試験は現にあるんだし」
「それなんだよね。これはきっと実際の戦場の判断じゃなくて、流派が重視するものを考慮して、その言いそうなことを当てるっていう『ご機嫌取り』だと思ったほうがいいね」
「酷い言い方だ……」
カトリーナが若干引き気味だった。
「まあ『実際の戦術』は戦術演習……実演で競い合えますし、紙の試験は、ある程度割り切りが必要ですわね」
「その通りだよフレデリカ嬢。これは紙の論述式試験であって、演習じゃない。そういうのは実技科目と部活でやればいい……と教官とか理事会は思っているんだろうな」
「違いねえ。俺も紙より演習のほうが自由で楽しいな」
話がだいぶ脱線している。アルトは戻しにかかる。
「で、どの問題……問三、か」
「なるほど。これは問題をみるに大陸系の系譜だな」
「その通り。大陸系の中でもおそらく、陣後大乱を模している。とすれば答えはテシミール系の戦闘原則に沿って、兵站の確保だね。具体的には……」
勉強に励む若人たちだった。
試験勉強は進み、試験前日。
事前にアルト、ヘクター、ミーシャは策を練っていた。
「ロナ、カトリーナ嬢、フレデリカ嬢は巻き込まないように、理由を作って今日の試験勉強から外させる。僕とヘクター、ソフィア嬢だけが勉強会に出られるように計らう。まずはこれからだね」
「分かっている。もしそれで、どうしてもついてくるやつがいたら、ミーシャ殿と連携して、一服盛るまでには退出させる」
「いいね。その通り。ひとまずその方針で放課後に計ろう」
登校前の早朝、アルトたちは彼の部屋で作戦を確認し合った。
放課後。
「ちょっとみんな、すまない」
アルトが切り出す。
「今日の勉強会は、僕とヘクター、ソフィア嬢だけにしてほしい」
「エエェ、そんな!」
真っ先に不満を唱えたのはロナ。
「三人だけずるい!」
「私も理由を聞きたいわね。なぜその三人?」
ソフィアも理由を尋ねる。
「基本的に、やっぱり前日まで勉強会で集まるのはやりすぎな気がするんだ」
「まあ、そうかも……」
「だけど、僕とヘクターは戦術学概論をもっとやっておかないといけないんだ。その協力をソフィア殿にってわけ」
「なぜその科目?」
カトリーナが首をかしげる。
「僕は仮にも、戦術演習で野戦部の助っ人として戦術研究部に勝っている。その上で、この試験で変な成績をとったら、その正しさが疑われかねない。ただでさえ、僕は強引にねじ込まれた助っ人なんだからね」
「俺も風紀委員として、アルトの勉強を支援しなければならないと思っている。俺自身、アルトに教わることもあるしな」
「それで、その協力を私にってわけね……」
「わたくしは仲間外れですの、風紀委員会の外部協力者ではあるのですけれど」
「あくまで外部だから。正規の風紀委員の成績に関して、さすがにフレデリカ殿が疑われるようなことはないよ」
「そうですか……」
伏せられる目。湧き上がる罪悪感。
「まあ、僕が良い点を取れたら、お祝いに『鋼鉄の孔雀』亭でまた祝勝会をしよう」
譲歩である。
「うぅん、仕方がないか。ボクは今日は一人で勉強するよ」
「私も仕方がないな」
「やれやれ、私が教師役ねえ……あとでなにかおごってちょうだい?」
「まあ」
仕方がない。
「というわけで、この三人で今日は、補足的な試験勉強をするよ」
アルトは首尾の上々さに、心の中で快哉を上げた。
家に帰ると、ミーシャが出迎えた。
「お帰りなさいませ坊ちゃま。グフフ」
「おい頼むよ」
ミーシャはどうやら謀略にあまり向いていないようだ。
困った使用人である。
「いつものように上がるから、何かいい飲み物でも持ってきてよ」
「今日は良いのが、ありますよ、生姜飲料ですグフ」
「グフ?」
「さあさあ部屋に行くよ、まったく楽しみだなあ!」
ぼろを見せないうちに、彼はササっと招き入れた。
勉強はしばらく続いた。
先ほどから、盛られていると知らず、ソフィアは生姜飲料をゴクゴクと飲んでいる。
「今日はのどが渇くわね」
腹下しの液に、渇きの草まで混ぜている。
これは当日、絶不調確定だな。
アルトはヘクターを見ると、彼もうなずいていた。
翌日、アルトが学校へ行くと、ソフィアが青い顔をしていた。
「おはようソフィア嬢、どうしたんだい、なんか顔色が悪い気がする」
彼女は腹を押さえる。
「調子悪い。胃腸がとても。昨日はそんなに頑張っていなかったのだけど」
彼は心の中で謝った。
しかしミッションのためとあれば仕方がない。そうするしかなかった。
……実際、いたずらのようで楽しかったのは、彼だけの秘密だ。
「大丈夫かい?」
「昨日食べたものにはそういうのもなかったし、検査にも特に何も……いったいどうしたのかしら」
ごめんよ、ほんとうにごめんよ。
彼は「まあ頑張れ」とだけ言って自席に着いた。
そして数日後、試験が終わった。
アルト以外の一年生は総じて緊張していたようだった。おそらく紙の試験を体験したことがないのだろう。忘れがちだが、一年生は十二歳、かつ小学校を経由しておらず、紙の試験を受ける機会もなかったはず。
つまり、今回の試験が、落第の心配のない実力測定を除いては、はじめての「何かのかかった」「ペーパーテスト的な」試験だった。
もちろんアルトは現代日本の前世があるため、試験には散々慣れている。
そして、ヘクターは、慣れてはいないようだが楽しかったようだ。
「いやあ定期試験か、なかなか面白かったな」
「試験を面白いなんて言うの、きみぐらいじゃないかな」
若干反応に困りながら、アルトが返す。
そこで神から通信。
◆おめでとう、ミッション達成だ◆
◆……何がですか◆
◆おいおい、試験だよ、試験の点数がソフィアを超えたんだよ◆
◆採点がもう終わったのですか?◆
質問を発信すると、慌てたように返信。
◆いや、そうじゃないんだ、すまない。教官が採点したんじゃなくて、答案を我々神が審査し、点数を予知して、想定される点数を比べたんだ◆
◆なるほど、神様は便利な力を持っていますね。……ソフィア嬢と私の順位は?◆
◆ソフィアは三十七位にまで下がった。かなり『効いた』んだね。きみは二十八位◆
一服をもってしても、その程度しか差がつかなかった。
おまけに一服盛る以外にも最大限の努力をしたアルトが、十位以内にも食い込めなかった、ということになる。
◆二十八位……上には上がいるものですね◆
◆まあ気を落とすんじゃない。学年全体では二百人もいるんだ、その中で二十八位は充分だ◆
◆どちらにしても、受け入れるしかないんですけどもね。ありがとうございました◆
彼は通信を切って、ヘクターに告げる。
「さて、『鋼鉄の孔雀』亭で打ち上げ、といきたいところだけど、まずソフィア嬢の回復を待たないかい?」
「そうだな。つらそうだしな」
そこへロナ。
「えぇ、打ち上げ延期なのヤダ!」
「また駄々こねる……」
「ヤダヤダ!」
プンプンとポンコツぶりを発揮するロナ。
「アルト、これは提案なんだが」
「なんだいヘクター」
「いつもの面子での打ち上げはしばらく待たざるをえない、でもお前が個人的にロナ嬢と何かする分には、邪魔する理由はないし、誰もその動機を持たない」
「つまり、二人で勝手にやってもいいと」
「ヤッター!」
今度ははしゃぎ始める幼馴染。
「ヘクターも認めてるんだし、今日は二人の打ち上げ序章をしようよ!」
「ヘクター、きみは来ないのかい」
「邪魔しちゃ悪いからな」
「えっ、なんで?」
アルトはいぶかるが。
「ダメだよ!」
「はぁーアルトの例のあれか。困った困った。とりあえずつべこべ言わないで楽しめ。金が足りないわけでもないだろう?」
「そうだね、ひとまずの手持ちはある」
「じゃあ決定ね、アルトのおごりで!」
「それはないよ。自分の分は自分で出しなさい」
「ううぅうー!」
表情がコロコロ変わるロナと、頭を押さえているヘクターだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます