●33・勉強会

●33・勉強会


 アルトは大人数の学友を、家に招いた。初めてのことだ。

 故郷にいたころは学友などいなかったため当然である。領主の嫡子として賓客を迎えたことはあるが、それと学友との勉強会は全く異なる。

 正直、彼も少なからず興奮していた。

 だが。

「わあ、これがアルトの住んでいるところかあ!」

「小さいですわね」

「フレデリカ嬢、あまりそういうことは言うものではない。まあ確かに、伯爵家の王都滞留用の邸宅としてはあまり大きくはないが」

「結局カトリーナ嬢も言ってるじゃん、人のこと言えない」

 面々はわちゃわちゃと、大いにはしゃいでいる。

 アルトの高揚感は、全くもって埋もれていた。

 木を隠すなら森の中、などという関連性があるのかないのか分からない言葉が浮かんだ。

「アルト、いまは」

「いや、まだだ。あれは最短三日間だからね」

 素早くヘクターを制止する。

「分かった。今日は普通の勉強会だな」

「アルト、ヘクターと何こそこそしてるの?」

「ああ、いや、冊子のことで」

 すると、カトリーナが口を挟む。

「冊子……高度研のか?」

「その通り。試験対策のタネだ」

 アルトは多少胸を張って答える。冊子を入手できたのは、ほかでもないアルトが宝物を持っていたからである。

 誇ってもいいことではあった。もっとも、誇っても仕方のないことでもあるが。

「そうか、冊子があるのか。タネ本があると非常に便利だと聞いている」

「姫騎士として渋ったりはしないんだね」

「そもそも戦功によって己を示す騎士に、試験自体が無粋だからな。多少の無粋で乗り切るのは致しかたのないこと」

 そろいもそろって話の早い者ばかりであった。もっとも、アルトももう慣れたが。

「まずはなんの教科からにしようか」

「一番苦手な人が多い教科からやったほうが、力配分しやすいと思うけれど。たとえば戦術学概論なんかは、アルトやヘクターも苦手ではないのでしょう、なら集中力が一番充実している最初にわざわざ持ってこなくていい」

「なるほど。もっともだ。僕たちの中で苦手が多いのは……算術かな」

「算術は私もあまり得意ではないけれど……この中ではやっぱり私が一位だと思うわ」

「点取り虫の嫌味か」

「こらヘクター。せっかく教えてくださる先生に無礼な口を利くものじゃないよ」

 先生、と呼ばれて、いくぶん気分がよくなったらしいソフィアは、鼻を少し膨らませる。

「任せなさい。あなたがたには、私の苦手科目ですら後れを取らないわよ!」

「おお頼もしい、よろしく頼むよ」

 試験前日に一服盛る計画があるとは知らないソフィアは、無邪気に鼻息荒くしながら教え始める。

 アルトは「このおすまし顔に一撃浴びせるのが楽しみだなあ!」と、心の中だけで、品格が疑われるようなことを、歓喜しながらつぶやいた。


 勉強は淡々と続いた。

「ソフィア嬢、この問題が解けない」

「ふふ、それは分子と分母を逆さにすれば……」

 カトリーナが最も苦手な科目としている算術を、自身も苦手なのに的確に教えるソフィア。

 アルトは考える。ソフィア、自分では学者肌の研究者向きだと思っている節があるが、研究者と同じぐらい、教師や教員の立ち位置も向いているのではないか。

 特にソフィアは、確か叔母が学園関連の行政庁、教育院で結構な高い役職にあったはず。きっと求めればそちら方面の役職にも、将来は就けるのではという思いがある。

 だからアルトは聞いた。

「ソフィア嬢、教えるの上手いね。研究者も向いているんだろうけど、将来は教育院とかも考えたりはしないのかな」

 言われて、目をぱちくりさせる彼女。

「教育院?」

「教官育成室とか、教材研究科とか、教えることに関する仕事はきっとたくさんある」

「……教育院ね……」

 渋い表情。

「なにかあったのかい」

「いえ、そういうわけじゃないわ。ただ、世界には私の知らないことが、きっとたくさんあって、その中で私ごときが人に教える領域に達せられるとはちょっと思えないの」

「変なところで堅いなあ」

 アルトは腕を組む。

「ソフィア嬢ですら人に教えられる域ではないなら、いったい誰が教官にふさわしいのか」

「というか……研究者向きなのは分かるが、ソフィア嬢はどの専門分野を目指すんだ、戦術や内政、対外政策もたくさん理論を知っていそうだが、研究機関に入るなら専攻はいつか決めないといけないはずだ」

 ヘクターも口を挟む。フレデリカもこちらを見て。

「それもそうですわ、ソフィア嬢。探究は素晴らしいですが、なんでも自由に探究していられるのは学園にいるうちだけ、お役目につく段までには自分の生きる分野を決めませんと」

 なお、ソフィアの家は王都付貴族であり、地方の領地を持たない。国から与えらえる俸禄によって生活をしている。

「ボクはガリ勉の進路なんてどうでもいいや」

「おいロナ」

 ソフィアは意見を聞き、静かにうなずく。

「もし私に指南の才能があるなら……そうね、教育そのものを研究するのもいいかもしれない。効率的な教育方法、教材のありかた、教育制度の組み立て方まで、うんうん、なかなか面白そうに見えるわ」

 意外な答えだった。

「教育制度の組み立て……いうなれば教育行政論か」

「内政学も関わってくるね。政治の世界にも。ソフィア嬢はそういう泥臭いものに耐えられるかなあ」

「必要ならやるしかないわ。それぐらいの覚悟は、どこに行っても同じよ」

「おお、いい意気だね。……まあ、まずは僕たちが試験を乗り切るほうが先だけどね」

 アルトは、ふふ、と力なく笑った。


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