●32・勝つためのちょっとした工夫

●32・勝つためのちょっとした工夫


 十字路で、ロナとは別れることになる。

「じゃあまた、明日ね、じゃね!」

「気をつけてな」

 彼女の後ろ姿を見送ると、アルトはヘクターに説得の姿勢に入った。

「ところでヘクター、少し時間はあるかい?」

「少なくとも、友人の策をともに謀る時間はあるぜ」

「話が早いな。僕の家に来てくれないかな。ミーシャという使用人とも協力して事にあたりたいんだ」

「了解。いまからでも行ける」

「よし。僕の家に先んじてお招きしよう」

 二人の口の端に笑み。


 家に帰ると、アルトはミーシャも同席するように指示した。

「あぁ、坊ちゃまがご学友をお連れになるとは、なかなか充実されていますね!」

「ミーシャには日頃から世話になっているからね」

「坊ちゃま、私は坊ちゃまの寝台をクンカクンカできるだけで幸せです。ふうぅ」

「えっ、そんなことしてるの?」

「なあアルト」

 ヘクターの呼び止め。

「おっとすまない。ミーシャの変態ぶりはともかくとして、会議だね」

「いやその……ミーシャ殿まで呼んで大丈夫か、アルトの、つまりは暫定的な主人の寝台を云々する変態なんだろう?」

「坊ちゃまをへんたい扱いするとは許せませんね」

「いや、きみのことだと思うよ」

 アルトはせき払いを一つする。

「まあ……なんだかんだ言ってミーシャは忠義の使用人だ。信頼の置ける人だよ。頭も変態はともかく、決して悪くはないし。なんせ使用人の身で結構な程度の読み書きができるんだからね。作文を見せたいくらいだよ」

「エッヘッヘウヘヘグヒ」

「なあアルト、この変態大丈夫か?」

 まあいい、とヘクターは促す。

「アルト、お前何か隠しているな?」

「ご名答」

 彼はあっさり答える。

「だけど詳細は明かせない。言ったところで信じないだろうし、そもそも本気にされたら僕の人生とか生命にもかかわる」

「むう……」

 自分が何か大きなものと対峙している。そのことをヘクターは悟ったようだ。

「坊ちゃまは変な人じゃないので、私はなんでも信頼します」

 そもそもミーシャは機密と分別を弁えているようだった。

◆この程度なら、周囲に伝えても問題ありませんね?◆

◆まあ……なるべく秘密にしたいところではあったけど、しょうがない◆

◆ありがとうございます◆

 彼は二人を順にまっすぐ見る。

「で、その使命の一つが『ソフィア嬢に定期試験の成績で勝つこと』なんだ」

「むむ」

 ヘクターはただ短くうなる。

「ソフィア……様はそんなに賢いお方なのですか?」

「少なくとも学力は学年一を争える。機知にも富む難敵だ」

「ほぇー」

「その機知に富む賢者相手に、なにか工作でも仕掛けるわけか、盤外戦か」

「話が本当に早いやヘクター、その通り」

 アルトは親指を立てる。

「ガラじゃない仕草だな」

「そうかな、僕はもともとそうだと思うけど。まあいい、……つまるところ、この家にソフィア嬢を、勉強会と称して招いたうえで、試験前日にこれを一服盛る」

「これは……」

 腹下し液。以前も述べた、害のある水薬。

「この水薬、効果が中途半端で、なるべく試験前日の夜あたりまで引っ張ってから使わないとならない。その代わり、効果が中途半端ゆえに、生半可な検査では引っかからない。優れた妨害用の水薬といえる」

「なるほど。これを盛るのか」

 ヘクターは感心したように、しきりにうなずく。

「ヘクターは抵抗感がないのかい?」

「お前がそこまでするってことは、きっとお前は大きな事情を背負っている。それが分かる程度には、俺はお前を信頼している」

「ありがとう」

 ただ一言、それだけを伝える。

「私だって坊ちゃまを信頼してますし、そこのムキムキ野郎にも負けませんよ!」

「ムキムキ野郎て」

「ミーシャ、僕の友人相手にそれはさすがに」

「はい失礼しました坊ちゃま、ヘクター様」

 すぐに平謝りする使用人。

「まあ別にいいけどな。俺はそんなに頭がよくない」

「おや、ミーシャへの皮肉かいヘクター。きみはかなり頭がいいほうだと思うぞ。勤勉さもしっかり備えているし」

「俺なんかまだまだだ」

「うーん男同士の友情は美しいですね!」

 また使用人である。

「とりあえず僕からは以上。どうか協力をお願いしたいところなんだけども」

「俺は全面的に協力する」

「私も、反対する理由がありません。坊ちゃまの言うことは、今回もきっと正しいのでしょう。私にはその確信があります」

「ありがとう。特にヘクターには、ソフィア嬢を勉強会に連れ込むことから協力してもらうことになりそうだ」

「問題ない。いいようにするぜ」

 ヘクターは親指を立てた。

 ミーシャが変態なのは知っていたし、ヘクターが信用でき、頼りにもなるのは元々感じていたことだ。

 しかしアルトは、それでも改めて、二人をとても頼もしく感じた。


 翌日の放課後、アルトはソフィアに頼み込んだ。

「僕たち、勉強会をするんだけど、ソフィア嬢の力がどうしても必要なんだ!」

 言われて、ソフィアはわずかに反応。

「……勉強会?」

「そう。最近、学園の勉強が難しく感じてきてさ……僕だけじゃない、ヘクターもそう言ってて、ならソフィア嬢を呼んで勉強を教えてもらえないかって」

 彼女のまゆがピクリと動く。

「へえ、いい心がけじゃない」

「僕たち、いまのところ戦闘と軍団戦演習と、蒼天の大森林の探索ぐらいしか目立てるものがなくて」

「それだけあれば充分じゃない……?」

 ソフィアは首をかしげる。

「とはいえ、落第だけはしたくないんだ。不名誉なだけといえばそうだけど、家の面子とか、将来的な何かを考えたら、あまりそういうことはしたくないんだ」

「将来、ね。誰の伴侶になるつもりかしら?」

「えっ、別にそんな話でもないけども」

 今度はアルトが首をかしげた。

 すると、ソフィアは何か下手を踏んだかのように紅潮し。

「だ、だ、誰が伴侶よ……!」

「えっ、きみが言ったことだろ、なんでそこで興奮するんだ」

「興奮なんかしてない、アルトの前でそんなはしたない……!」

「あのー大丈夫? 落ち着こうよ」

 脇でひたすら立っていたヘクターが「落ち着きすぎだろ……」などと言ったが、意味はよく分からなかった。

「どうどう」

「ふーっ、ふーっ、……落ち着いたわ」

「そうかなあ、まだ顔赤いけど」

「落ち着いたの!」

 ヘクターが「もうこれ、わざとじゃねえのか?」などとつぶやく。

「はあ、で、勉強会ね」

「ソフィア嬢がものすごく成績優秀なのは知っているけど、きっと他人を教えることでも、きみの弱点が浮き彫りになると思うんだ。まさか学力的な弱点はどこにもない、なんて言わないよね?」

「……まあ、確かに、私は算術がそんなに得意ではないわね」

 勝手に弱点をさらけ出す賢者様。

 とはいえアルトも、いくら賢者といっても、学問的な弱点がどこにもない、と答えられるとは最初から思っていない。

 誰にでもあてはまることを言ったり――つまりバーナム効果の利用である――ほか詐欺的な技術を駆使し、さも心の中が読めるかのように振る舞う技術。現代日本では「コールドリーディング」といったか。

 それが功を奏したようだ。

「分かった。勉強会に、主に教える側として参加するわ」

「ありがとう。ちなみに高度研から冊子を手に入れたんだけど、使う?」

「高度研?」

 どうやらソフィアは高度学術研究部、という名の試験対策部について、アルトはあれこれと話した。

「そんな便利なものがあるなんて」

「おや、ソフィア嬢、そういうものを嫌う印象があったけど、いいのかい?」

 ち、違う、あくまで学術的な興味が……!

 などという反応を期待したが、外れた。

「なんで嫌うのよ。試験勉強も勉強であり探究でしょう。試験の技術的なものも含むかもしれないけど、結局血肉にはなるはずよ」

 平然と、何が分からないのか分からない、といった様子のソフィア。

 僕の周りには、やたら物分かりの良いやつばかりいるな、とアルトは思う。

「ちなみに、参加者は?」

「僕とそこのヘクター、ロナ、フレデリカ嬢、カトリーナ嬢を予定してるよ」

「ヘクター殿とフレデリカ嬢は割と自分でもできそうね。ポンコツロナと武辺者のカトリーナ嬢は教えがいがありそうだわ」

 おおよそアルトの見立てと同じといってよい。

「で、僕は」

「アルトは……」

 なぜか少しためらったのち、答える。

「こすい悪知恵ばかり働いて、まじめに勉強してないわね。手取り足取り、そう、手取り足取り、みっちりと調教して、エヘヘ」

「なんで僕だけ!」

 彼はあまりの言われように、頭を抱えた。

「少なくともロナよりは、現時点ではデキるはずだけど」

 あくまでも、現時点では。

 ロナは、ゲームの主人公と同格なら、今後次第で最終的にはソフィアすら追い抜く。

 ちなみにフレデリカ、というかフリックも道筋次第でソフィアと互角ぐらいにはなる。

 この二人は、現時点では少々問題があるものの、しかるべき教導を受けさせておいて損はない存在である。

 ……なお、ヘクターはよく分からない。ゲームでのヘクターは、アルト、というか平里の印象にあまり残っていないのだ。

 正直なところ、ここまで理解が早く機知に富むとは、当初は思っていなかった。

 ゲーム世界の中は、いつでも発見ばかりだ。

 ともかく。

「じゃあ今からでも始めよう。場所は僕の家でいいかい?」

「集中力を壊すものがなければ、別にいいわ」

「特に無いと思う。魔道具も、いま僕が持っているもののほかには、魔法の道具袋ぐらいしかないし」

「分かった。他の面子を呼びに行きましょう」

 両者はうなずき、アルトによる計略は脈動を始めた。


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