●31・冊子で察し
●31・冊子で察し
部室の扉を叩いた。
「ごめんください。『冊子』を求めに来ました」
正直に告げると、扉が開く。
「いらっしゃい。冊子ね。……ん、きみは確か」
「一年生、功安伯家のアルトです。こちらはヘクターとロナ」
二人がお辞儀をする。
「アルト……ロナ……風紀委員と生徒会か」
一瞬だが剣呑な雰囲気になる。
アルトは察した。
「委員会や生徒会の命令で来たのではありません。僕たち個人として、教材を頂きたく参りました」
「むむ」
「天地神明に誓って、嘘は言っておりません。偽計もしておりません。僕が策を弄する人間であることは貴殿もご存知かもしれませんが、少なくともここでは嘘をついていませんしつきませんと、宣誓できます」
アルトと部員の視線が交差する。
「……信じていいんだね?」
「もちろんです。風紀委員会も生徒会も、ここで奇襲を仕掛けるような、いやしい卑怯者ではありません」
「分かった、信じよう。こちらへどうぞ」
彼は招き入れた。
開口一番。
「すまなかったね、疑って」
彼のいうには、どうも高度研は教官や理事から、多かれ少なかれ目をつけられているらしい。
その理由は、当然ながら、試験対策の冊子、資料にある。
将来、役に立つであろう知見の結晶である授業に対し、試験のための対策をして答案に向かうその態度は、学園としてあまり好ましいものではない、とする大人たちが多いらしい。
「頭が固いですね」
自分をある意味棚上げして、アルトは言う。
もっとも、彼自身にとっては、矛盾した態度ではなかった。
彼は試験の近づいていない平常の時期から、試験のため「だけ」に勉強をする姿勢がまずいと考えているのであって、目の前に試験を控えたら、やはりある程度試験対策をするのは通常の思考であると考えていた。
それに、ミッション達成のために手段を選ばないのも、やむをえない姿勢である。
何度も述べているように、ミッションの存在は他人に話せるものではないし、話したところで信じないと思われるが。
ともあれ、彼は部員の話を促す。
「そうだろう、大人はどいつもこいつも頭が固いんだ。試験対策も、将来のための勉強を兼ねるということを理解しようとしない。何も勉強しないよりは、試験対策をしたほうが、幾分将来に知見も残るだろう。それも否定するなら、こっちはこっちでやらせてもらうしかない」
部員は言葉が多くなる。
「おっとすまない。大人批判はこの場ですることではないね」
――風紀委員と生徒会構成員の前では。
「さて、試験対策冊子だが、ただでというわけにもいかない。部費の個人的な融通が条件だ。我々の活動はただで配る奉仕活動ではないし、ある程度の障壁を設けないと部室に生徒が押しかけてくる。……まあ出店とかもやっているけどね、ハハハ」
そこは笑うところではないような気がした。また、高度な学問の研究はどこへ行ったのか聞きたかったが、アルトは我慢した。
「いくらです?」
「一教科あたり二〇ドラースだ」
食べ盛りの学園六年生あたりにして、一日半ぐらいの食費に相当する。
「この値段は……」
「個々なら高くはない、けど教科数を考えると、全部そろえると高いね」
腕を組むアルト。
「これ以上値引きはできないよ。すまないね」
「まるで商人……いえ、なんでもございません」
ヘクターが射るような視線を浴び、彼らしくもなく縮こまる。
「何か、別の条件はありませんか。たとえばいま、高度研が必要としているものをお譲りするとか」
「おお、分かっているじゃないか。私たちは、そうだな、色々あるけど、『月光の硝子杯』は持っているかい?」
聞くとアルトは。
「あります。ここに」
袋から、滅多に割れないといわれる、至高の硝子杯を取り出した。
「おお、これは……」
「アルト、こんなもん、どこで」
「先日拾った『魔法の道具袋』に入っていた。大丈夫、確かめたけど生臭いものはついていなかった。まだ使える、むしろ美品だよ」
「おお……」
無くなった旅人が遺したと思われる、魔道具の中に保管されていた逸品。
もちろんその辺りの経緯は話さなかった。
ともあれ、いくつかの財宝は換金の必要があったときのために、アルトが普段持ち歩く袋に入れている。
小さくて値打ちのあるものがいくつか。持っていてよかったと、彼は思った。
「これ、こんな逸品、いいのかい?」
「ええ。その代わり、一年前期中間の全教科の冊子を頂きたく」
「まあ、構わないよ。これだけのものがあればね」
答えると、部員は部室内の倉庫から「これだね」と取り出してきた。
「ちょっと多いけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です。荷車を呼べばなんとか」
「そうか。まあいいや、まいどあり」
最後まで学者というより商人の彼に、アルトは見送られた。
小さいながらも力強く動く荷車を引きながら、アルトは二人に話す。
「さて、学校の裏の噂ですごいと言われている教材は手に入れたわけだけど……」
「どうした?」
ヘクターが促す。
「僕は、そうだね、この試験でソフィア嬢の順位を超えることを目標にしているんだ」
「ヒエッ」
ロナが少し引き下がる。
「なんだいロナ。つれないなあ」
「そういう話じゃないよ、あのソフィア嬢と争うとか正気?」
「いくらなんでも正気を疑うほどじゃないだろう。あの人だって人間だ」
そう、人間だ。
盤外戦を仕掛けて工作を試みる余地はある。
……それはともかく。
「勝てないと思っていては一生勝てない。まずは争って勝とうとする、その心意気が第一歩になるんだよ」
「ふうん……」
ヘクターが意味ありげな反応。おそらくだが何かを察したのかもしれない。
一方、ロナは。
「賢者の相手なんて無理だよ。アルトのおつむじゃ足元にも及ばない」
「ちょっと失礼だなロナ……」
足元どころか、その基準でいえば虫以下の彼女が反論する。
「だってそうじゃん。アルト、頭は切れるけど、学力を駆使していることなんて、いままでまるで無かったと思うんだけど」
「それをどうにかするのが努力ってもんだよロナ。僕はね……」
アルトが渾身の提案。
「ソフィア嬢を交えて、一緒に勉強会をしようと思うんだ」
「ゲェー!」
思い切り取り乱すロナ。
「ふむ……これは……」
対してヘクターは、またもや何かを感じ取った様子。
「ソフィア嬢の時間やら知力やらの資源を、僕たちに勉強を教えることに割かせれば、きっと僕たちも高い壁を越えられると思うんだ」
「ゲスじゃん……!」
「おいおい。高いものは低いものへ徳を施す、これこそが貴族の鉄則だろう」
ゲームの攻略本で何度か見た表現だった。
「それは身分の話だよアルト。能力の高い人が低い人に合わせていたら、学力にしても技術とか芸事にしても、いつまでも高みにたどり着く人は出てこないよ」
ロナにあるまじき正論。
しかしアルトはこれしきで黙る男ではなかった。
「じゃあロナは何か秘策があるの?」
「うぐ」
「文明に思いをはせるのは、ロナにしては上等だけど、僕たちの課題はそういうものじゃないだろう。それに、どうせロナは冊子を見てもろくに成績は上がらない。僕の見立てでは、落第をぎりぎりで防げるかどうかってとこだね」
ゲームでロックについて、学力を軽視するプレイングをしたとき、ちょうどそのぐらいの試験結果になる。
そしてそれはロナにとっても正論だったようだ。
「ううぅうー!」
涙目で言葉に詰まる彼女。
「アルト、そろそろ許してやれ。俺はお前が何をしようとしているのか、うっすらだが分かってきた」
「え、アルトなんかが何かするの?」
「なんかってロナ……」
収拾がつかなくなってきた。
「とりあえず、ヘクターはソフィア嬢を勉強会に呼ぶのには賛成なんだね?」
「全く異論ない。お前がまた面白いことをしそうだしな」
「ボクも、もう、賛成するよ、それでいいんでしょ!」
やけくそ気味。
「そうだ、カトリーナ嬢も呼ぼう。いまの彼女はきっと、僕に……その腹案に賛成してくれるかもしれない」
姫騎士とは呼ばれているものの、頭は意外と柔軟とアルトはみた。というか逆に、彼女が騎士道を厳守している風景が思い浮かばない。
噂だの二つ名だのというのは、案外勝手なものなのだろう。
「なるほど。うむむ、そうだな」
ヘクターも深く言わずにうなずく。
「えっ、なんか知略の匂いなの、ボクそういうの大好き」
「主にはめられる側としてかな?」
「ソフィア嬢の手間を割かせるとか、みみっちいアルトに言われたくないね!」
「そうか。蒼天の大森林でベソかいていたロナは成長したなあ。主に胸が」
「関係ないし胸とかへんたいじゃん!」
ともあれ、提案は通ったようだ。
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