●30・やはり虎の巻

●30・やはり虎の巻


 以前そうしたように、水晶玉に手を触れると、仮想世界へと飛ぶ。

 山に囲まれた小高い丘。見晴らしは良く、足元には芝が生えている。移動の邪魔にはならなそうだ。

 小鳥がさえずり、ぽかぽかと暖かい陽気。陽射しは柔らかい。

「これはいい仮眠場所だね」

「アルト殿、我々は」

「分かってるよ。試合をするんだろう?」

 アルトは間合いを取り、さりげなく太陽を背に陣取った。

 少しでも優位点は取りたい。勝ち目が一定程度はあるといえど、厳しい戦いになることは容易に想像できる。わずかな、ささいな有利を積み重ねることが、きっと最終的に勝利へと結びつくのだろう。

「この硬貨を、アルト殿が弾いてほしい。地面に着いた瞬間から戦いを始めよう」

「了解。この硬貨だね。おお、決闘用の特別製じゃないか」

「ふふ。さて、おしゃべりはここまでだ。あとは心技体こそが勝敗を決する」

 両者、集中に入った。

 アルトが硬貨を天に弾き、それが地面へと向かう。


 先手必勝とばかりに、カトリーナが猛然と突撃し両手剣を振り下ろす。

「はあぁ!」

 アルトはその両手剣に横への念動力を発揮して、受け流す。

 そこへ彼の勇者の剣が襲い掛かる!

「そこ!」

 カトリーナは素早く飛びのき、また間合いを取る。

 が、休む暇は与えない。

「くっ!」

 アルトが閃光の指輪を連射したのだ。

 光線の一部が彼女の右肩をかすめる。仮想空間といえど、その物理的な作用と傷み、出血は仮想的に彼女の感覚を奪う。

「ぐあぁ」

 しかし彼女もさるもの、両手剣を捨て、無事な左手で控えの片手剣を抜く。

「させるか!」

 されど抜刀の終わる前に、アルトの光線が降り注ぐ。

 だが、それも半ば予想されていた。カトリーナは大きく横に飛び、岩の影に隠れる。

「無駄だ!」

 アルトは、岩に回り込むなどという危険は冒さず、光線で岩をえぐり込む。

「やられてばかりじゃない!」

 岩の反対側からカトリーナが出てくると、なんと控えの剣を投げつけてきた。

 刃が迫る。

「甘い!」

 しかし念動力で叩き落とされ、その攻撃は届かない。

 窮した姫騎士は、また機動的に横跳びし、次の障害物を探す。

 しかしこれは悪手だった。

「させない!」

 念動力で加速、発射した短剣が、彼女の脇腹に深々と刺さる。

「ぐあぁ!」

「とどめだ!」

 彼女の身体を、幾筋もの閃光が撃ち抜いた。


 設備は勝敗を判定したのか、もとの小屋へと戻る二人。

「アルトの勝ちだな」

 カトリーナが、肩で息をしながら言う。どうやら疲れは元の身体にも反映されるらしい。

 もっとも、ケガは残っていなかった。

 一方、アルトは。

「勝った……本当に勝った……!」

 歓喜に打ち震えていた。

「アルト殿?」

「最難関と思っていたこのことが、本当に達成されるとは」

 疲れも忘れて、ただ震える。

「ああ、よかった、本当に良かった」

 しかし姫騎士は、なんとも言えない表情。

「私が勝ったら、お、想いを伝えようと思っていたのだが」

 しかしいまのアルトには全く聞こえない。

◆ミッション達成ですよね、やりましたよ!◆

◆この場面で考えることがそれかい……まあいいけど。達成だよ、おめでとう◆

 神もミッション達成を認めた。最大の懸案事項の一つは、達成された。

◆あとは定期試験でソフィア嬢に勝つことですね◆

◆そうだね。ただ、その後で大きなミッションが課されそうな予感がする◆

◆どういうことです?◆

◆じきにわかるさ。それよりカトリーナ嬢をほっとかないでよ、いくら何でも◆

◆ああ!◆

 彼は彼女に向き直った。

「いやあ、戦いは充実していたよ」

「そうか? アルト殿が一方的に間合いの外から撃っていたような気がするが」

「それが魔道具での戦い方だよ。気にしない」

 アルトはご満悦で、カトリーナは「まあ、いま気持ちを伝えてもどこ吹く風だろうな」などとつぶやき、設備を後にした。


 次の登校日。

「アルトぉ!」

 ロナがプンスカいいながら、荷物も置かずに色男アルトに詰め寄る。

「なんだい」

「この前、カトリーナ嬢とあ、逢い引きしてたでしょ!」

 周囲がこちらを見る。

「なんだいなんだい、声が大きいよ、静かに話そう」

「ううぅうー!」

 ロナがうっすら目に涙を溜める。

 カトリーナは無関心を装っていたが、耳が赤くなっていた。

「逢い引きというか、ただ遊んだだけだよ。大道芸を見たりとか、昼食をとったり、試合をしたりとか」

「それを世間では逢い引きっていうんですぅ!」

 と、食ってかかってきていたロナはふと。

「……試合?」

「うん。魔道具と武器を使った試合」

 アルトは、仮想戦闘空間のこと、カトリーナがその設備に出資し利用権を得ていたこと、仮想空間に誘われて、魔道具を含む試合に勝ったことを伝えた。

「え、あの姫騎士に勝ったの?」

「まあ、そうなるね。まあ僕は勇者の剣とか魔道具に恵まれていたからね」

「それ、普通じゃないよ。本気ですごい」

「僕も今更ながら、夢じゃないかと思えてきた。楽しかったし幸せだったし、達成感というやつだね」

 言うと、ロナはふくれて、彼はすねを蹴られた。

「痛い! 僕何か言った?」

「なんか言葉選びが腹立つ!」

「そんな無茶な……」

 アルトは蹴られたところをさすりながら、ぼやいた。


 ともあれ。

「それから、一番大事な連絡事項だが、前期中間試験が近づいている。落第者は補習、不名誉の経歴が付く。家名を汚しくなければ、精一杯頑張れ。以上、放課とする」

 地味なことながら、この学園は貴族限定だが義務教育であり、単位の概念もないため、留年や退学の制度は基本的にはない。あるとすれば非行による懲罰でしかない。

 しかしそれはそれ、落第が一回でも記録されると、多かれ少なかれ不名誉であるには違いない。なんとしても避けたいところだ。

 そして、それ以上の闘志を燃やす男がここに一人。

 ――ミッションのために、万全な対策を打ったうえで、ソフィア嬢に一服盛るなりなんなりして超えなければ。

 正攻法ではまずソフィアに勝てない。盤外戦で彼女の調子を絶不調にしたうえで、自分もガチガチに試験知識を固めた上で臨まないと、負けは見えている。

 一服盛るにはどうしたらいいか。

 そう、勉強会を開いてやるしかない。

 ソフィアは基本的に孤独な女である。その孤高ぶりが一部の生徒の性癖を刺激して人気だそうだが、ともあれ、彼女は誰かに教えを垂れることに、きっとすまし顔を維持しつつ喜ぶに違いない。

 できれば試験の前日に、最低三日間は有効とされる腹下しの液を盛ればいい、はず。

 これ以上の毒性を持つ水薬では、欠席されて再試験で押し切られる。これより弱い妨害魔道具では、充分に成績を下げることができない。

 アルトが我ながら感心するほどに、絶妙な力具合であった。

 ……ただ、そもそもソフィアに挑めるほど彼の学力が高いかというと、少々疑問なところがある。

 生徒が散り始めた後、アルトはロナとヘクターを呼んだ。

「初の試験だね。僕としてはむやみに自己流の試験対策をするより、なるべく近道を採りたいところだけども、どうしたものかな?」

「え、アルト、試験対策のための勉強は嫌いじゃなかったっけ?」

 とロナ。

「あまり好きではない。けど、だからといって対策もせずに試験に臨むのとは別問題だよ」

「そうかなあ」

 ロナは首をかしげる。

「俺はその気持ちわかるぞ。理想と現実は切り分けないとな」

「そこまで難しい話でもない気がするけど」

 そこでヘクターが続ける。

「俺、実はそういうのの噂を聞いたことがあるんだが」

「おや!」

「聞きたければ、俺に帰り道、氷菓をおごってくれ」

「むむ、仕方がない、分かった」

「よし、では」

 いわく。

 学術系の部活に、高度学術研究部というものがある。

「高度学術……え、どういう部活?」

 ゲームにそういう部活動があった気もするが、もっぱら設定だけでのものだったはず。

 この世界ではどういう活動をしているのか。

「授業の内容から一歩進んだ学問を探究する部活だ」

「へえ? 野戦部とか街づくり部とか、専門に特化した部活とどう違うのかな……まあいい、それでなんだって?」

 この部活、元々は建前通りの部活だったが、あるときから始めた試験対策の教材頒布が人気だという。

「もうそれ、試験対策部じゃないか!」

「まあまあ、声が大きいぞアルト」

 その頒布にあたっては、基本的には部費の無条件の融通が求められる。

「対策冊子を金で売るのか、これはこれは」

 そこで、この部活がゲームでプレイアブルな部活ではなかった理由が分かった。

 アスレディア立志伝では、定期試験は学力ほかいくつかの能力、そして体力と気力に応じて、成績と順位が自動判定されるイベントになっている。

 つまり、この部活はゲームでは、システム上活用できそうにない存在なのだ。

「まあまあ、怒りは分かるけどもなアルト」

 話を戻すと、冊子はどうやら結構なお値段らしい。

「むむ……」

「それが嫌なら、地道にソフィア嬢でも勉強会に誘って、正道でどうにかするしかないな」

「それは僕も考えている。だけどそれだけじゃ足りないんだ」

「アルトは真面目だな」

「いやそうじゃなく」

 ミッションの都合で。

 などとは言えないアルト。

「しかし、そうか、とりあえず高度研の部室に行こうぜ。アルトだって、色々言ってたけど、何か事情があるんだろ?」

「まあ、いいか、行くよ」

「私も行く!」

 こうして、三人は問題ある部活の部室へと向かった。


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