●29・大きなミッション
●29・大きなミッション
とはいえ、アルトも王都にはそんなに詳しくない。
いつも登下校は真面目にまっすぐ行き、そもそも王都にあまり詳しくないため、それほど遊びに適した場所を知っているわけではなかった。
しかしそれでも、数箇所、何かやっていそうな場所はしていた。
「さて、そうだね、『見世物広場』に行こうか」
そこなら、いつものように何か出し物をやっているだろう、という、半ばあてずっぽうのような選定であった。
なお、正式名称は「西通りの白銀広場」という。
「そ、そうだな、行こう」
「カトリーナ嬢、やけに身体が硬いけど大丈夫か、具合でも悪いの?」
「悪いはずがない、あこが……友人のアルト殿と一緒にいて、具合が悪くなるはずがない」
「そういうものかなあ……?」
当惑しながら彼は、手を引いて向かった。
果たして、大道芸人による催しの最中であった。
通例なら、たとえ広場であっても、何か催しをする場合は当局への届出が必要であり、準備に少しだが手間が要る。
しかし、ここ見世物広場では、一定の軽めの要件を満たすものは届出なしに、さっくりと催し物をすることができる。アルトもそれは知っていたため、ここを逢い引き、もとい遊び歩きの地点に見定めたのだった。
大道芸人は、長い剣を呑み込み、そして同じ口から引き出す。
「おお……!」
いまだ魔道具をもってしても再現できない、高度な大道芸。そこに感嘆を禁じ得ないのは、姫騎士でなくとも同じであった。
「これは、すごい」
続いて大道芸人は、小さな棍棒をお手玉しながら、助手が出した火の輪をくぐってゆく。
もちろん棍棒の取り逃しはなく、火傷もない。
「あの火、どうやら本物、それであの芸、胆力がすごいな」
「そうだね。綺麗な火だなあ」
その後も、ひとしきり大道芸は続いた。
アルトはもちろん、終わり際におひねりを出した。
彼は一芸は積極的に評価しようとする人となりだった。
昼、彼は「鋼鉄の孔雀」亭に立ち寄った。
「いらっしゃい!」
ここは、夜は酒場であり宿の機能もあるが、昼は安価な昼食を提供するところでもあった。
「なんだ、ヘクター坊ちゃんのご学友か」
「おすすめ、何かありますか」
「いまなら青魚の酢漬け飯がおすすめだな。今日は良いのが獲れてるぜ」
「じゃあそれをお願いします。カトリーナ嬢は?」
「私も、アルト殿と同じものを」
「あいよ!」
店主は威勢のいい返事をして厨房へ引っ込んだ。
料理を待っている間、カトリーナは不意に口を開く。
「アルト殿」
「なんです?」
「突然のお願いで恐縮なのだが」
彼女はおずおずと。
「食事が終わったら、少し休んでから、私と剣の試合をしてくれないか」
「ゲッホゴホ!」
彼は驚きのあまり、水でむせた。
「ゲホ、どういうことですか、いや本当に」
「実は……」
いわく。
彼女は人との交際関係にこだわりを持っているらしく、近づきたいと思う人間には試合を挑んでいるのだという。勝敗も主にはみるが、内容によって、すごいと思えたり立派だと感じた人間には、真に彼女がその大きさを認め、堅い絆を結びたい……とのことだった。
「一つ質問があります」
「なにかな」
「その試合、魔道具も込みですか」
言うと、彼女は微笑とともに。
「込みだ。特にアルト殿は魔道具の扱いも、持っているものの質も高い。そこまで含めて人物評価だ」
これは好機ではないか。
◆神様◆
◆なんだい◆
◆確かミッションは……◆
◆『無敵の姫騎士』カトリーナに武芸のなんらかの試合で勝利せよ◆
◆これも武芸の試合と扱ってかまいませんか?◆
◆特に問題ないね。魔道具禁止でもないし◆
◆よし、好機ですね◆
◆おお、その意気だ、がんばってくれよ◆
アルトは伏せていた顔を上げる。
「いいよ。試合をしましょう。だけどどこで、どうやって?」
「それがだな」
最近、戦術研究部を破った野戦部が主導し、戦術系の部活動が共同出資で、例の仮想空間の設備を農業部の用地の空いているところに作ったらしい。
戦術研究部への当てつけかもしれないが、それはともかく。
「そんなことがあったのかあ。面白そうだ」
「私もその噂を聞きつけて、多少の出資と引き換えに利用権を得たんだ」
もっとも、今回の試合は戦術演習ではないため、個人戦用の法則――横文字を使っていいなら、レギュレーションとオプション設定をいじってその体裁を整えるのだそうだ。
「場所はともかく心配ない。私もアルト殿と戦ってみたかったんだ。……その答えは、もう見えているけどね」
「答え?」
「それは秘密。さてそろそろ食事が来るのではないかな」
彼女はどこか嬉しそうだった。
昼食後、約束通り二人が仮想設備へ向かう。
「しかしなんでいきなり、試合とか」
「お嫌いか?」
質問に、アルトはかぶりを振る
「いや、別にいいけど。『無敵の姫騎士』に、僕はいまなら勝ち目があるような気がする」
勇者の剣、そのたぐいまれな力がある。研ぎ澄まされた閃光の指輪の力がある。
これまでの経験がある。何度も死線をくぐり抜けた、その力がある!
彼はいまこそ、この姫騎士に戦いを挑んで勝利すべきである、と感じた。
一方、カトリーナは。
「私は、姫騎士である前に、一人の女だ」
ぼそっと一言。
「ん、どういうこと?」
「だから、その……恥じらいがあるのだ」
「えっ、えっ?」
「な、なんでもない。あまりたらしが過ぎると、ロナ嬢あたりに怒られるのではないかな、うん!」
「ロナが? なんであいつが怒るの?」
「本当にアレだな!」
カトリーナはやけくそ気味にそう返す。
「最近、カトリーナに限らず、ヘクターとかわけわからないこと言うなあ」
「私は貴殿の頭の中を見たいよ。……まあ、それはそれで面白そうだな、エヘヘ」
「なんだい気持ち悪い」
ひとしきりズレた会話をしていると、設備の小屋の前に着いた。
「ええと、勝手に入っていいのかな」
「私はこの小屋の鍵を持っているし、出資者として利用権も確保した。問題ない」
「問題ないならいいけど」
カトリーナが開錠し、中へいざなう。
「さあ、入って」
どこかその声は上ずっていた。
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