●28・逢い引き

●28・逢い引き


 久しぶりの休日。

 アルトは疲労困憊で、珍しく昼近くまで寝ていた。

 起きて洗面所まで行くと、ミーシャが出迎える。

「坊ちゃま、おはようございます!」

「おはよう」

「熟睡しておいででしたね、可愛い寝顔で」

「なんで寝顔を知っているのかなあ?」

「決して直接拝見していません、いませんけども、きっとそうでしょうね!」

 アルトは気にしないことにした。


 朝食。

「学園でも朝食を出したほうがいいと……いや、寮なら出ているはずだね」

「坊ちゃま……私の手料理にご不満が?」

 突然悲しそうな表情でミーシャ。

 あまりに突然で面食らいつつも、彼はなだめる。

「いや、そうじゃないんだ。色々な事情があって、朝食をとれない生徒もいるんじゃないかって思って。学園の寮食堂を、学園生徒全体に解放して朝食を出せば、生徒個々の勉強の効率も上がっていいんじゃないかなって」

「おお……坊ちゃまの慧眼ですね、素晴らしい!」

「そこまでかなあ。勉強の効率はそれだけで決まるものじゃないってこともあるよ。特に、どうやら生徒の過半数ぐらいは、試験のためだけに勉強をしている節がある」

「うんうん、さすが」

「学園の授業は、よく聴けば分かるけど、間違いなく実学、実践重視だ。地方領主にしろ、王都付の俸禄貴族でも、間違いなく将来活きるはず。それをあれでは、不安だよ正直」

「なるほど慧眼慧眼」

「ミーシャは分かってるのかなあ」

 言いつつ、彼はかき混ぜ玉子を口にし、「おいしい!」と漏らした。

 彼女はウヒヒなどと気持ち悪く笑っていた。


 その後、アルトは気晴らしに王都を散策することにした。

 アルトの家は代々地方領主の地位にある。中央の政治にも、それほど深く食い込んではいない。

 つまりどういうことかというと。

 今後、彼が自分自身の政治力で中央に影響力をもたない限り、王都で思う存分息抜きをする機会はない、かもしれない、ということだ。

 王都には人が集まる。人が集まるところには物も集まる。つまり珍品や便利な品物を手に入れる機会は、学園を出ると大幅に遠くなる。

 一応、物が特定できていれば使いに買い込みに行かせたり、商会に発注して手に入れることも、まあ、できるだろうが、自分で現物を見て回る喜びは得られない。

 この機に、王都の物品を買って回るべきだ。

 彼は「行ってきます」と言うと、ミーシャが「私も行きたいです、お留守番ヤダヤダ、逢い引きに行きたい!」などと駄々をこねていた。


 ミーシャをなだめて、彼が最初に向かったのは――もちろん魔道具屋であった。

 当然である。彼にとってそれは当然である。

「いらっしゃい。ここらでは見ない顔だね」

 店主が気さくに話しかける。

 学園周辺の店では、彼はすっかり顔なじみである。彼なら当然といえる。

 しかし、居宅周辺の魔道具店はまだ開拓していなかったため、ここの店主とは初対面であった。

「何かいいのはありますか?」

 アルトのこの言葉から、おそらく店主が分かることがある。

 彼は必要な物を決め打ちして訪れていない。店先でよさそうなものを吟味して、気に入ったものがあれば買うつもりである。

 そして、そのような買い方をするのは、素人ではない。

「ほう、若くしてなかなかの買い方だねえ」

 店主は一見的外れな受け答えをした。もちろん、それが的外れではないのはアルトも理解している。

 自分は魔道具にこだわりがある。彼は確かにそう自任していた。

「これなんかどうだい?」

 店主が勧めてきたのは、魔道具としての香水。

「これは……?」

「女性の心を少し興奮させる香水だよ」

 それだけで理解したアルトは答える。

「むう、そういうのは探していませんね……」

 彼が漠然と求めているのは、実用性のある魔道具である。

「ほう。なら生活に役立てるのかい、それとも戦いとか?」

「そうですね……」

 彼は思案する。


 アルトは店を出た。

 結局、きわめて小型の、朝とともに消灯するほのかな灯りの魔道具と、投げても集中により手元へ戻ってくる「呼び戻しの短剣」を買った。

 後者はヘクターの「呼び戻しの手槍」とほぼ同質の魔道具である。これは、念動力で高速で撃ち出せる勇者の剣と相性がよい、とアルトは考えた。

 とはいえ、アルトが戦闘で使える魔道具は、これのほかに、勇者の剣、閃光の指輪、索敵具、魔法の道具袋と多数にわたるようになった。

 これ以上は持て余すのではないか、と反省した彼は、買い物をあえて自制し、昼食を買いに、広場の屋台に足を向けた。

 すると、見知った影が一人。

 おや、あれは。

 彼は姿を認めると、早足で近寄った。


 その人影は。

「カトリーナ嬢、いやはや偶然ですね」

「ひゃ!」

 呼ばれた姫騎士は、身体を震わせた。

「ああ、すみません、驚かせてしまったようで」

「いやいや、その、いいんだ」

 なぜか彼女は動揺しているようだ。

「どうしたんです、僕そんなに怖いですか?」

「いやあの、なんでもない、なんでもないんだ」

「はあ……?」

 ふとアルトは彼女が見ていたものを見やる。

 露店で売られているそれは、クマのぬいぐるみ。

「おや、可愛いですね」

「わ、私は可愛くない」

「えっ、このぬいぐるみのことですけども」

「ああ、いや、可愛いなあ!」

 顔色と言葉が二転三転するカトリーナ。

「……しかし、これを熱い視線で見ていたカトリーナ嬢も可愛いですね」

「ううぅうー!」

 アルトは今日、最初に見たときから、全てをすでに悟っていた。

「そうだ、悪いか、姫騎士がぬいぐるみを可愛がっていたら」

「へえ、可愛がっていたんですか。そうなんですか店主殿」

「そうだな。この嬢ちゃん、いたく気に入っていたようだぞ」

「ううぅうー!」

 真っ赤になっているカトリーナ。

 正直面白かったが、かといってアルトはこれを黙って見ているだけの人間ではなかった。

「なるほど。これ、いくらです?」

「一〇ドラースだな。作りがしっかりしているから、ちょっと高いぜ」

「なるほど。それぐらいなら、まあ、出せます。はい」

「まいどあり!」

 彼は店主からぬいぐるみを受け取ると、それをカトリーナに渡した。

「はい、贈り物だよ、そのぬいぐるみ、可愛がってね」

 彼女は、一瞬ポカンとしたあと、徐々に浮かれたような表情になっていった。

「あ、あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

「こ、これが、アルト殿の、身代わり、ふひ」

「いやまあ身代わりってほどじゃ」

「絶対、絶対に大事にする。フヘヘ」

 あの姫騎士が、ゆるみきった笑顔を浮かべた。

 その普段との変わりように、アルトも一瞬心臓が跳ねたのは内緒だ。

「ところで、ア、アルト殿」

「うん?」

「ここで会ったのも何かの縁だ、私も暇だから、一緒に街を遊び歩かないか」

 彼女は恥じらいと感激の波で、かなりふにゃりとした表情をしていた。

 こういうカトリーナ嬢もいいかもしれない。

 そう思ったアルトは、うなずいた。

「そうだね。僕も散歩だったし、一緒にどこか行こうか」

 その言葉のあと、カトリーナから手を差し出された。

 素直につないだ。


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