●26・小者編の続き
●26・小者編の続き
それから少しして、アルトたちは長期実習の期間を終え、通常の学園における通り一遍の学習に戻ることとなった。
しかし、アルトが勇者の剣を手に入れたという噂は飛び交ったようで。
「アルト殿、腰に帯びているそれが勇者の剣かい?」
「自然驚異を踏破したって聞いたぞ!」
しばらくは彼は人気者となるようだった。
「勇者、新しい勇者がここにいる!」
「みんな落ち着いて、ねえ」
アルトが困っているところに、ヘクターが手を差し伸べる。
「ほら、アルトの言うとおりだ、みんな落ち着け。こうもワイワイされたらアルトが迷惑だろう。それに俺とかロナ、姫騎士殿や賢者殿もいた。ついでにフレデリカ嬢も班員だった。話なら、俺たちでもできるぞ、大いに聞けばいい」
「それもそうだな。ヘクター殿、武勇伝をお聞かせ願おうか」
彼が野次馬を引き寄せ、アルトの負担を減らした。
ありがとうヘクター、と彼が目で合図すると、ヘクターもバッチリ答えた。
一躍、学園において最高級の有名人となったアルト。
道を歩いていても、男女の別を問わず注目を浴びる。一人で食事でもしていると、知らない生徒が「貴殿がアルト殿だね?」と近寄ってくる。
こういうときこそ、実習でともに冒険した仲間と一緒にいたい。
彼は適当になだめ、ヘクターたちと極力合流するようにした。
もちろん話をしないわけではない。あの班の面子で、野次馬たちを相手に、実際の経過に忠実に、冒険の内容を語った。
ロナが冒険者の遺品を見て怯えていたことまで克明に報告すると、彼女は「アルトのバカ!」とすねていた。
気がかりな点はあった。冒険のことではなく、裏で進行していたはずのことである。
彼は風紀室の前に立つ。
不良生徒レオンの一件である。風紀委員会は、当然ではあるがアルト一人で動いているわけではないので、きっとアルトの冒険の裏で進行してはいたのだろう。
しかしどうなったかは、主に風紀委員長レスリーの口から聞くしかない。
実習から帰って早々。面倒なことである。
とはいえ帰ってきた以上、事情に応じて風紀委員として行動せざるをえない。
彼は「アルトです、失礼します」と述べて扉を開いた。
対面は久々のレスリーである。
「ご無沙汰していました」
「やあアルト、長期実習では大活躍だったようだね、誇らしいよ!」
班員でもなく学年も違う彼女が、風紀委員会のつながりだけで誇らしげにするのは若干不可解だったが、ひとまず彼は気にしないことにした。
「ありがとうございます。……いきなり本題に入るようで恐縮ですが、レオン殿の件、結局どうなりましたでしょうか」
「それなんだけどね……」
意味深な溜め。
「警備軍を中心に、風紀委員会と生徒会が援護しつつ、カチコミをかけることになった!」
思い切り「言ってやったぞ」といわんばかりのレスリー。
一方でアルトは。
◆ミッション・レオンと犯罪組織『剛剣同盟』を一網打尽にし、壊滅させよ◆
また場当たりにさえ思えるミッションを受け取った。
「ええと、警備軍が来るのですか」
「もちろん来るよ。大がかりな共同作戦だ」
確かに大がかりではある。しかし疑問。
「なぜ警備軍の案件なのに、風紀委員会が出るんですか?」
レスリーは警備軍が「動かないかもしれない」「消極的かもしれない」ということを前提に、自分たちの出番を強調していたはずだが、警備軍が出るのなら、任せればいいのではないか。というか、任せないと今度は警備軍の体面に関わるのではないか。
「おぉ、手厳しいご意見だ!」
レスリーは大げさに反応する。
「いや、だって、警備軍ですよ、あの人たち動くんだったら、もう学園の風紀委員とかそういう問題ではないじゃないですか、国権の発動ですよ」
アルトは当然の問いを口に出す。
「まあ……確かにその通りだね。公権力が本格的に動くのであれば、本来は風紀委員会ごときの出る幕はない」
「でしたら」
「だけどね」
彼女は彼を制する。
「これは学園の不祥事でもある。レオン殿は学園の生徒だからね、そこは無視できない。風紀委員会としても、それを知らぬふりして警備軍に丸投げするわけにはいかないんだよ。これは政治的なものだね」
「むむ」
「学園の治安について、自治でござい、と普段は大きな顔をしている以上、その大きな顔に見合った面目は保たなければならない。正直なところ、これは風紀委員会が、主体とはいえずとも解決の一翼を担って、初めて負が中庸に戻るんだよ」
いちいちもっともな理屈だった。
アルトの一部、平里の記憶にある風紀委員会と、ことさらこの学園の風紀委員会は違うようだ。単にゲーム的脚色がどうこうというものではなく、学園の自治という役割を、現代日本の学校よりはかなり重く担っているということか。
「納得したかい。まあそもそも、風紀委員会は戦闘集団ではないから、実際にこの戦いで実質的な主力になるわけではないけどね。主力はやはり警備軍だ」
「そうですね。そもそも僕の異論は挟みようがありません。援護といえど実戦によって、僕の力も磨かれるというものですし」
「おぉおい、聞いていたかい、私たちは主力じゃないんだよ。無理はやめたまえ」
「承知しました」
「絶対承知していないだろう……」
あきれるレスリー。
風紀委員会、ひいては自分の武名をとどろかせ、世間に面目を立てたい。この戦いで得られる経験も自分の血肉にしたい。単なる生徒の中だけでなく、犯罪組織に対しても己の腕が通じるかどうか、力試しをしたい。
様々な思いが、主に野心を巻き込んでうねる。
「くれぐれも無理はしないでね。こちらにケガ人が出たら、それはそれで風紀委員会、というか学園の自治制度が多少の論難を受けることになりかねない」
「むむ……分かりました。無理のない程度に暴れる次第です」
アルトは、実のところ長期実習では静的な狙撃や潜行からの奇襲など、自制をかなり強いられ、思う存分戦うことができず、不満のようなものも少なからず溜まっていた。
それは長期実習の性質からいってどうしようもないものだったが、それはそれとして彼は、猛然と戦いたかった。
「本当に無理しないようにね。そもそも戦闘は、風紀委員にとってあくまで例外的な仕事だ。私が言えたことじゃないかもしれないけど、戦いにのみ生きられて困るのは、私たち風紀委員会そのものなんだからね。……といっても止まらない人もいるけども。ああ、面倒な立場になっちゃったものだ」
彼女はへらっと笑いつつも、どこか多少の心労をにじませた。
ほどなくして、大会議室に風紀委員と生徒会の構成員が集まった。
アルト、ヘクター、フレデリカ、ロナの姿もある。
「みんな、作戦の概要を説明するよ」
レスリーは真面目な表情。
しかし。
「とはいっても基本的に、警備軍の先導で現場に行って、持ち場について包囲網に加わって、出てくる犯罪者どもを一網打尽にするだけだよ」
急にゆるんだ笑みを浮かべる。
「戦闘も警備軍はすごく頼もしいから、まあ安全重視で無理しないでね」
「異議あり!」
非常に元気そうな風紀委員が手を挙げた。
「作戦が単純すぎます!」
直球の異議だった。が、生徒会長ジャネットが答える。
「そういったことに関しては私から説明します」
彼女は、概ねレスリーがアルトにしたのとほぼ同じ説明をする。
「――つまり、私たちは面目のために、ただ参加しているだけでよいのです。体裁といいましょうか。真面目に援護戦術をとって、警備軍の大捕物を適度に助け、余裕があれば犯罪集団の身柄を着実に確保する、それだけで負った役目は果たされます」
「しかし……」
「この作戦では、あくまで警備軍が中心です。私たちにさえ、生徒会や風紀委員の配置について、詳細は伝えられていません。あくまでも班分けと、ざっくりした編制だけしか指令はないのです。この状況でむやみに攻勢をかけたら、後悔するのは私たちではないでしょうか」
作戦の骨格は警備軍が厳重に鍵をかけているらしい。
そして、きっとそれはやむをえない。相手は曲がりなりにも犯罪組織。その壊滅に向けた作戦は、ある程度の機密にもなるだろう。
「むう、分かりました」
元気そうな風紀委員は、そこで大人しく引き下がった。
「もう少しで警備軍の迎えが来ます。それまで心の準備をしていてください。暴れるためではなく、ケガをしないための、ね。では待機!」
こうして、作戦の時を一同は待つ。
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