●25・探索の終わり

●25・探索の終わり


 高台に登り、彼は周囲を見渡す。

 索敵器の方角をにらみ、狙撃杖の拡大照準器から獲物を探す。

 いた。ほこらを半ば守るようにして鎮座している。

 勇者ミモザが剣を守るために配置した?

 違うように思える。そのような伝承は伝わっていないし、あれはどうみても虎であるから、食事や排泄を無視することができない。

 きっと偶然、ほこらのそばで何かを待ち受けているのだろう。そしてそれはアルト一行のことではない。

 ――まあ、どうでもいいか。

 彼は短剣と標準的な剣の間ぐらいの長さである狙撃杖を、照準器をのぞいたまま構える。

 静かに集中を試みる。

 深部のよどんだ空気も、生死の緊張も、目の前のお宝すら意識から外す。

 そこにいるのは、射撃する者と狩られる者だけ。

 意識の中ですべてが静止する。徐々に速度は意味を失い、ただ射線のみが己と標的とをつなぐ。緊張も余裕も、一切がこの世界を離れ、ただ狙撃の意思のみが表れる。

 その呼吸が合った瞬間、彼の狙撃杖が獲物を貫通した。


 拡大照準器で虎の絶命を確認した後、彼は崖を降りてきた。

「当てたよ」

「おお、よくやったなアルト!」

 班員が出迎える。

「最後の難関を越えたな、あとは勇者の剣を回収するだけだ!」

「ヤッター!」

 ヘクターとロナがはしゃぐ。

「まあまあ、一応、最後まで油断しないように。はしゃいでいいのは帰った後だね。……それにしても勇者の剣か」

「アルト様も浮かれておいででは?」

「ごめん。さて、警戒を怠らずにほこらへ急ごう」

 彼はやや大股でほこらへ向かった。


 そこに勇者の剣は鎮座していた。

「これが……!」

 アルトは索敵器を見つつ、充分に警戒しながら、剣を手に取る。

 片手持ちと思われ、片刃で反りがある。柄と鍔は洋風だが、刀身は一見の限り、日本刀に似ている。刃紋も一見して美しい。打刀より短いが、脇差よりは少し長い程度である。

「鞘もあるね。新品のような状態だ」

 勇者の剣が有する効果は、主には念動力であるが、もう一つ、手入れが不要で、自己で最高の状態を保つというものがある。

 鞘もその効果があるに違いない。実際、鞘も年代物のはずなのに、意匠そのもののほかには、全く古さを感じさせない。意匠の古ささえ、愛嬌というものである。

「この板にも何か刻まれているな。どれ」

 いわく。この念動の一端を操れる勇者の剣を、次の勇者となるべき者に託す。この森林を越えてきた者こそ、何か大業をなし、勇者と称されるに違いない。

 ……といったことが、勇者の剣の能力や剣としての性能を含め、長々と記されている。

「なるほど。僕は勇者候補になれるわけだ。怠けなければ」

「いいじゃねえかアルト。勇者になろうぜ」

「そんな軽率な……」

 しかし、まあ、ここでもらわないという選択肢はありえない。

 彼は魔法の道具袋に勇者の剣を入れる。

「さて、ほこらも一応調べたけど、ほかには特に何もないみたいだ。ここを拠点に狩りをして、剥ぎ取って換金素材を集めるかい、みんな結構消耗しているように思えるけど」

 彼が尋ねると。

「とりあえず狙撃した虎は剥ぎ取っていいように思えるけど、ここから歩いて戻って獲物をいじるほど余裕はないよ、日没も近いし疲れたもん!」

「俺も、絶命しているそこの虎を分解すれば、あとはどうでもいいかな」

 他の班員も、概ね同じ意見のようだ。

「よし、じゃあ虎をほぐして包んだら、転移の紐で戻ろう」

 彼は「ふう」とその辺の木の根に腰かけた。


 無事、虎の分解も終わった。アルト一行は転移の紐で森の入口に戻り、報告のため学園に歩いて帰投した。

「アルト班、帰還を報告します。なお戦果として、勇者の剣と、ついでに魔法の道具袋を入手しました。道具袋はともかく、自然驚異『蒼天の大森林』を踏破したといえるはずです」

 言うと、会議室で報告受理の業務をしていた教官は、大いに驚いた。

「勇者の剣をって、本当か!」

「はい。……自然驚異の中で手に入れたものは、そのまま発見者が所有できるんでしたよね」

「その通りだ、それに例外はない、たとえ勇者の剣であってもな」

 教官は同意した。

「しかし、そうか、だが一応念のため鑑定が必要だ。別室に来てもらう。いいな?」

「それなら構いません。行きましょう」

 アルトはうなずき、教官に連れられて別室へと向かった。


 勇者の剣が偽物ではないことを確認すると、教官は上層部へ報告に向かった。

 アルトらは、もう夜に入ったということで、各々の居住拠点へ帰るように促された。

 彼は、仲間に軽い感謝と慰労の言葉を告げ、功安伯家の小さな居宅へ帰った。

「ただいま、ミーシャ」

「お帰りなさいませ坊ちゃま!」

 彼女が満面の笑みで迎える。

「無事に長期実習から帰ってきました」

「あら、まあまあ、坊ちゃますごい、本当にすごい!」

 語彙を失ったようだ。

「勇者の剣を手に入れたよ。これ」

「ひゃああ、まさかそんな、坊ちゃまは勇者に!」

 ミーシャは興奮している。

「まあまあ、落ち着いてミーシャ。この勇者の剣は実用品でもあるから、あまりいじって壊れてもよくない。僕が自分で管理するから、頼むよ」

「はい、坊ちゃま、勇者様のおっしゃる通りに!」

「ハハ、僕はいまのところ勇者じゃないよ、自然驚異を踏破しただけだし、未探索のところもたくさん残っているし」

 ミーシャは「でもすごいです!」とはしゃいでいた。


◆やあ私だ。ミッションクリアおめでとう。遅れてすまなかったね◆

◆まあ……ミッションの達成は確かに喜ばしいですが◆

◆きみに似合わず、ずいぶん気を張り詰めていたようだね。そんなに通常授業までの時間はないけど、ゆっくりするといい◆

◆今度からはもう少し、楽なミッションを頼みます◆

◆まあまあ。今後のミッションは私にも詳しくは分からないし、未決のミッションを教えて混乱させることもできないんだ。協力してくれるのはすごくありがたいけど、そればかりは、ねえ、うん◆

◆そう簡単にはいきませんか◆

◆そうだね。まあ、繰り返すけどまずは休もう。今回はよく頑張った◆


 彼はそのあと、夕食をとり、一休みしたのち、簡単に荷物整理をした。

 勇者の剣は常時腰に帯びる。盗難の危険がないわけではないが、あくまでこの剣は実用品であり、日常的に使わないと意味がない。置き物ではないのだ。また、ミッションや風紀委員の仕事を考えると、やはり魔道具は多いほうがいい。

 閃光の指輪も基本的に同じである。特に最近は習熟の度合いが増し、馬鹿にならない威力の光線が撃てるようになったので、常に付けておくべきと考えた。

 一方、魔法の道具袋は、普段の通学や授業では不要と思われた。道具袋は常に身に帯びるものでもないため、盗まれるおそれも少なくない。彼はこれを、充分に洗って汚れを落としたのち、乾かして簡易の金庫にしまう予定である。

 索敵器は必要であるし、高価だったり貴重品であるとも言いがたいため、常に持っておくこととした。幸い懐中時計の形をしており、懐にもしまえるため、携帯は難しくない。

 勇者の剣によりお役御免となった、いままでの剣は、予備として手入れしつつ、部屋の中ですぐ取れる位置に置くこととした。

 虎からの剥ぎ取り素材は、専門の店に買い取ってもらった。少しは財布が温かくなったといえる。フレデリカは喜んでいた。

 狙撃杖は、残念ながら使い捨て型を用いたため、ただの木の棒となってしまった。廃棄するしかない。

 その他、魔法の道具袋に入っていたいくつかの換金性の高いものを、普段使いの袋に入れた。

 登山具は魔道具ではないため、急がず、後日適切に整理する予定である。

 ……さらに後日、勇者の剣を入手し、蒼天の大森林を踏破したことの報奨金が、班員たちに支払われる予定のようだ。

 なんでも、あくまで長期実習の趣旨を守りたい学園からの出費ではなく、冒険者ギルドから出されるお金であるとか。一度学園を経由した後に、その生徒であるアルトらへ渡される手はずのようだ。フレデリカはこの話を聞いて、たいそう喜んでいた。

 面倒なことである。

 彼はミーシャの用意したシャツに着替え、一息ついた。


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