●23・森を駆ける

●23・森を駆ける


 しばらくして、浅い領域は過ぎ、中領域に足を踏み入れた。

 ここからは学園の補助は期待できない。

「みんな、気をつけて、学園の保証の範囲外に入ったよ」

「そのようね。ふふ、どんな未知を発見できるのか、期待できるわね」

「それは気合が入っていていいけど、何度も言うとおり長期戦だからね」

 たしなめる。

「分かっているわ。少なくとも姫騎士殿よりは分かっているつもり」

「うぐぐ……」

 思わぬところでカトリーナが批判されたようだ。

「みんな、ケガには気をつけるように。特に自然の罠に……おっと!」

 彼が素早く飛び退がると、彼のいた位置に草が絡みついた。

「むむ」

「それは『巻き付き草』かしら。確か図書館の冒険図鑑にあったわ」

 のんきに解説するソフィア。

「そのようだね」

「記述によれば……ええと、トラバサミに近いとか」

「わたくしも調べたことがありますわ。一度巻き付けば、その葉の強靭さも相まって、なかなか抜け出すことも、斬り捨てることもできないとか。恐ろしいですわ」

 まだフレデリカの新しい口調はなじまない。

「なんかまだモヤモヤするなあ、その話し方」

「ふふっ、アルト様はたまっておいでなのですね」

「本当のお嬢様はそんなこと言わないと思うなあ。……ともあれ、こういった自然の罠には充分に気をつけてね」

 彼は剣で巻き付き草の中核を攻撃し、これを無力化すると、さらに前へと先導した。


 しばらくして、索敵器に反応があった。

「これは、前方に獣がいるみたいだね」

 彼は小型の望遠鏡――これ自体は魔道具ではない――で偵察する。

 ウサギを狩った虎の姿がある。

「虎が立ち去るまで様子を見るか、陰から奇襲を仕掛けるかだね」

「アルト殿が先ほど言った方針からすれば、戦わずにやり過ごすべきでは?」

 カトリーナがもっともな論理を提示する。

「定石はそうだね。でも僕たちももたもたしてはいられないんだなあ。日暮れまでには勇者の剣のほこらにたどり着かないと、大森林の中で夜を過ごさなければならなくなる。野営の準備もあるといえばあるけど」

 どうしようか、と彼はしばし考える。

 そして。

「よし、奇襲をしよう。草むらから遠回りして、射撃を撃ち込む」

「戦いだな!」

 カトリーナが水を得た魚のように目を輝かせる。

「無茶はしないように。敵が逃げたら追撃も控えよう。あくまで目的を忘れないこと」

「了解」

 応えると、彼らは草むらを分けて進む。


 やがて、虎の背後にたどり着く。

「よし、僕が号令をかけるから、そのときに僕とヘクターを中心に一斉射撃だ」

 アルトは閃光の指輪を撫で、ヘクターは呼び戻しの手槍を構える。

 他の面々も、今回のために調達した魔道具を握る。

「じゃあ……三、二、一、始め!」

 全員が連携し、虎に魔道具の奇襲が降り注ぐ!


 接近戦はあまりやりたくないとアルトは思っていたが、どうにかそうなる前に虎を狩ることはできたようだ。

 絶命した獣を見下ろす。

「毛皮をはいだりすればそれなりの値で売れるけど、その時間はないと思う。どうかな」

 アルトは面々に問う。

「ボクは……まあいいや。そんな時間がないのは分かるし」

「俺も同意見だ。そもそもこの挑戦は金稼ぎでやっているわけじゃない」

 他の面子も同じ意見のようだった。

「まあ、僕としては毛皮とか肝を採集したいところではあったけど、そういう場面でないのは僕が一番分かっているつもりだよ。……勇者の剣を手に入れた後、時間があれば少し獣狩りに時間を割いて、採集をしよう。どうせ帰りは転移の紐で一瞬だ」

「賛成ですわ。余裕があれば多少の見返りを拾ってもよいと思いますの」

「まあ、それが安全ではあるな」

「よし、まずは道を行こう。今回の目的は稼ぎではないから仕方がないね」

 お金。彼は物言わぬ換金物を惜しみながら、それでもまずは勇者の剣を目指すこととした。


 やがて小さな川を発見し、それに沿うように歩いていくと、また気配。

「索敵器に反応がある。けど動き回ってはいないみたいだ」

 しばらくして、アルトは水辺の開けた場所で水を飲む狼を発見した。

「また獣だね……」

 彼は周囲を見渡す。

「ここを突破するには、狼の真正面を歩かなければならない。川があるといえど、これはおそらく狼が渡れる程度の浅いものだね」

「とすると、戦闘か?」

 ヘクターが確認する。

「そうだね。だけど真正面から渡り合うのは下策。……この川、浅いには浅いけど、狼相手なら多少の減速が期待できる。渡ってくるあいだに飽和射撃で倒す手もあるね」

「それなんだがアルト」

 ヘクターの助言。

「さっき、向こう岸に渡れそうな道を見つけた。アルトも気づいていただろう?」

「ああ、あれね」

「あの道から迂回して、狼の背後を取って奇襲、総攻撃って線もある。この場合、川の足止め機能はないけど、代わりに奇襲で優位をとれる可能性がある。少し時間はかかるが、必ずしも川の向こうからポンポン撃つだけじゃない。どうする?」

 むむ、とアルトはうなる。

 正直、どちらの策でも、あの狼は倒せるし、目立つ失敗をしない限り、こちらが重傷を負うおそれも少ない。自分と仲間、どちらを信じるか。

 いや、どちらを信じるかの問題ではない。

「ヘクターの案を採ろう」

 自分は班長で、ほかは班員。策がほぼ同等であるとすれば、班員の声に耳を傾けて、その腹案を採用した……という体裁にすれば、班員にもし班長への不満があったとしても、多少は解消できるのではないか。

 班員は姫騎士カトリーナと賢者ソフィアを除き、おおよそいつもの面々であり、見知った仲である。しかしそれでも、共同で探索を遂行する限り、どこかで必ず不満は溜まる。少し違うが、おおむね仕事とはそういうものだ。

 とすれば、適度に緩和するのが上策。

「おお、奇襲だな!」

「慎重に少しだけ後戻りして、川を渡った後、あれの後ろから射撃。間合いを詰められたら白兵戦をするよ。準備はいい?」

 彼が尋ねると、一同は了承した。


 回り込んでくると、、まだ例の狼は水を飲んでいる。きっとのどが渇いていたのだろう。

「さて、武器を構えて」

 各自が射撃武器を構える。

「三、二、一、始め!」

 狼に一斉射撃!

 光線が、手槍が、手裏剣が、魔道具の矢が、狼に食らいつく。

「ギエエェ!」

 いきなり攻撃を浴びた狼は、ふらつきながらもこちらを視界に捉える。

「歩兵は突撃! 行くぞ!」

 アルトは光線を撃ちながら、ヘクターとカトリーナは武器を構えて狼に襲い掛かった。


 結局、狼は無傷で倒せた。

「毛皮とか内臓……いや、その余裕はないのは分かっているけどもね」

 アルトはひとりごちる。

「この長期実習、賞金もないからケチだよねほんと」

「私も書籍を買うお金が欲しいのに。さっきは剥ぎ取りしないことにはしたけど」

 ロナとソフィアが口々に、金周りに愚痴を話す。

「そもそも学園側は競争に位置付けていないからね。建前は親睦の催しだし、実際にも僕たちみたいな『本気の班』は基本的に中心ではない、みたいな」

 アルトはムクムクと起きかけた不満をなだめる。

「とはいえ、勇者の剣を手に入れられれば、僕たちは『勇者の一党』を名乗る資格があるわけだし、あの伝説の剣に到達した一行として、どこかからお金が出るかもね」

「お金!」

 ロナが目を輝かせる。

 一方、お金の大事さを一番知っているであろうフレデリカは、それほど感動していない。

「フレデリカ嬢は喜ばないの?」

「わたくしは、これ以上ない経験をさせていただけましたから」

「へえ……? まあいいならいいけども」

「アルト様は鈍感ですわね。そこがまたいいのですけども」

「むむ、意味が分からないけど、まあいいか」

「アルト、それはちょっとどうかと思うんだが」

「なんで?」

「……もういいや。慣れた」

 一行は少し戻り、川を渡ってから探索を再開する。


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