●22・探索千里行

●22・探索千里行


 一週間後、絆を深めるための催しが始まる。――アルトにとっては、ミッションを達成するための難しい行程。

 敗北は許されない。失敗も許されない。

 仲間はすぐそこにありつつも、ミッションのことを明かすわけにもいかないアルトからみれば、真に信頼できるのは、本当にすべての事情を了知しているのは、自分だけである。

 なお、彼が蒼天の大森林の中で面々を先導できる理由については「実家の領内に似たような森林があり、経験と森林の勘所のようなものを押さえているから」と説明した。実際にはもちろん、平里がゲームの大森林を何周もしているからである。

 ともあれ、実態は孤独な班行動。これほど矛盾した言葉も、そうそうなかった。


 森林の入口に集まった一同。

「じゃあ、まずはみんなで魔道具とか水薬の点検をしよう。確認は大事」

 各々が手に取る。

「わたくし疑問点がありますわ、アルト様」

「えっ誰」

「うふふ、わたくしです、フレデリカですわ、アルト様」

 彼女はこれまでとは打って変わり、高貴な淑女の微笑でアルトを虜にしようとする。

 しかし、それは不気味な印象を強めただけだった。

「あの、フレデリカ嬢、背筋が寒いんだけど」

「全くだ、何か悪いものでも食ったのか」

「ふふっ、皆様、わたくしの魅力にあてられておいでですね」

 同時に、彼女がヘクターの腹を一突き。

「ぐへっ」

「いやいや、本当にどうしたんだいフレデリカ嬢」

 貧乏お嬢様にその口調が似合うとは思えないけどねえ。

 毒舌を抑えつつアルトが言うと、変貌した貧乏令嬢はうっすらほほを染めながら答える。

「いつも、アル……わたくしの身の回りには魅力的な女性が多すぎるのですわ。負けないためには、わたくしの貴さを振りまくべきと思いましたの」

 実際、フレデリカとしては、無邪気で親しみやすい、ある意味馴れ馴れしいロナと正反対の雰囲気で、かつこれまでの自身の鼻につく態度を改めて、アプローチすれば効果的なのではないか、という考えがあったようだ。

 しかし当然ながら、それをアルトが知ることはなく。

「そうかなあ。ロナはポンコツだし、姫騎士殿と賢者殿は魅力というより実力の御仁だし」

「ボクはポンコツじゃないし!」

 ロナがアルトの頭をポカリと叩く。

「うん、まあ、それも僕は知っているけどね」

 ――ゲームでのロナ、というかロックの圧倒的な成長率。それは誰にも負けない美点、長所、そして真骨頂であった。

「フヘ! いきなり、こ、肯定しないでよお」

「えっ、結局どうしてほしかったの」

「もう!」

 ロナはいつものように、アルトの言葉にへそを曲げた。

「アルト殿、私の魅力は足りないのか……?」

「私はどうでもいいわ。実力を認識できただけでも、アルト殿はとりあえず及第点よ」

「その言い方、目線が上からすぎないか」

「もっと私も『姫』騎士の名にふさわしいように、魅力も磨かなければならぬのか……」

「ああ、また収拾がつかねえ」

 ヘクターは、しかしそこで気がつく。

「アルト、予算で買った魔道具は、長期実習が終わったらどうするんだ」

「学園に供託することになるね。その際、買い値と同額で班員とかが買い取ることもできるけど。なにか欲しい魔道具が?」

「この索敵器、何かに役立ちそうなんだが。俺は欲しい」

 彼が手に取ったのは、懐中時計のような見た目をした魔道具。お馴染みの、パッシブソナーのような挙動をする魔道具である。

「なるほど、確かにこれは便利そうだ。僕も欲しいね」

 なお、この魔道具は人数分仕入れてある。

「アルト様、御慧眼と申し上げたいところですけども、これがそんなに必要ですの?」

 冒険者にとっては必須だろう。また、諜報兵や偵察兵にとっても、敵の方角を見たり、寄ってくる敵部隊を察知したりと、有用であることには間違いない。

 しかしアルトは地方領主の家である。地方にあっては総大将、中央からの召集に応じても中隊長から連隊長級の役職に位置付けられる彼に、それが必要だろうか?

 彼は答える。

「まあ……何をすることになるか分からないからね」

 ミッション。神から下されるそれは多種多様。あらゆる局面に対応する必要がある。

「それに、長期実習は毎年ある。野戦部の云々のように仮想戦闘演習もあるだろうし、そうでなくとも僕の属する風紀委員会は、まあまあ特殊な戦いをすることがある、らしい、からね」

「なるほど。アルト様がそうおっしゃるなら、わたくしも後でいただきますわ」

「お金は大丈夫かい、買い取りになると思うけど」

「アルト様からご紹介された風紀のお仕事で、これぐらいは買えますの」

 フレデリカの、本心からの微笑。

 照れくさくなって、アルトは視線をそむける。

「そうか、それならよかったよ」

「ふふ、ふふ」

 そこへふくれたロナが一言。

「アルト、だらしない顔をしないの、行くよ!」

「出発の合図は、班長である僕が……」

「だったらちゃんとしてよ、もう!」

 こうして、勇者の剣への道はぐだつきながらも始まった。


 蒼天の大森林に足を踏み入れてほどなく。

 目の前をそれなりの大きさの犬が駆けていった。幸いにもこちらには気づかなかった様子。

「犬か! このカトリーナが狩ってやる!」

 後を追おうとする姫騎士を、しかしアルトは制止した。

「待って、むやみに戦わないでほしい」

「なぜだアルト殿!」

 カトリーナはいまにも剣を抜きそうな体勢で制止を振り切ろうとする。

 だが、アルトとて何も考えずに止めたわけではない。

「僕たちが挑んでいるのは自然驚異『蒼天の大森林』だ、そこらの野犬ではないんだ」

「それがどうした、出遭った獣は着実に狩らないと」

「その認識がずれていると言っているんだ」

 アルトは珍しく、強い口調でさらに制する。

「僕たちはあくまで自然驚異の深部、勇者の剣の入手を目的にしている。必然的に長期戦が予想される。そのためには、避けられる戦いは避けないと、物資も体力も途中で尽きる」

 熱の入った説得。

「特に序盤から飛ばしていくと、あとで絶対に息切れする。僕たちは食糧についても必要な分を持っているから、食肉を調達する必要もない。何度も言うけど長期戦なんだよ」

 ゲームでとはいえ、この大森林を何周もした平里、もといアルト。その行程が持久力の戦いであることは、彼には充分に分かっていた。

 彼以外の前世を知らない全員に、一見不思議なまでの説得力は及んだ。

「まあ、アルト殿がそういうなら……」

 姫騎士が引き下がる。

「アルト殿、まるで貴殿自身が過去にこの大森林に挑戦したかのような話しぶりね?」

 賢者ソフィアの率直な質問。

「……いや、この大森林には今回が初めてだよ。似たような森が領内にあってね」

「へえ、そうなの」

 ソフィアはそれだけ言うと、そのことへの関心は失くしたようで、すぐに索敵器に目を落とした。

 うまくごまかせたようだ。今後も、例えば「なぜ勇者の剣がその方向にあると分かるのか」などといった疑問が挙がることが予想されるが、それはひとえに直感である、などとのらりくらりかわせばよい。

 アルトは、元となったゲームでいうなら弁舌技能が、きっと育っているのだろう。

 己の正しさを証明するのに、ただ弁舌を用いることには、彼もあまり是としていないところではある。しかし、まずまずこの状況で、弁をもって説得をしないという選択肢はありえない。

 苛酷な探索となる。無駄な信条はところどころでも妥協しなければならない。

 彼は口先の巧みさを忌みつつも、ミッションのためには惜しげなく使うことを誓った。


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