●21・驚愕の早さ
●21・驚愕の早さ
アルトのもとに、ヘクターやロナたち班員が集まってきた。
「この長期実習、つくづく存在意義がよく分からないよな。絆を深めるためだけに、浅い範囲を想定しているとはいえ、自然驚異に挑戦させるとか」
「ボクも同意見だよ。まるで誰かがそうしたいというだけで催しを挟み込んだみたいな」
大当たりだよロナ、ゲームの開発者がダンジョンアタックを入れたいというだけでねじ込んだんだ。攻略本の巻末対談で言っていたから間違いない。
アルトは言いかけて我慢した。
とはいえミッションでもあるから、浅いところでキャッキャして終わるわけにはいかない。
「深部に潜るためにはかなりの準備が必要だけど……きっとアルト殿は浅い層では納得しないんだろうね。きみはなんらかの志を持っていて、必要であれば困難に挑戦することをいとわない人間だ。それはいままでのきみの言動を見ていれば分かる気がするよ」
正確には、概ねミッションをこなしているだけだが、その最終目標は神によれば運命を超克することらしいから、まあ間違った所見でもないのだろう。
「私はアルト殿に恋……もとい大いに応援したい親友だからね、ついていくよ」
「ボクだって幼馴染だし!」
「俺は、アルトが何かすごいこととか面白いことをする人間だと思っている。そのすごさや面白さを学ばせてもらいたいから、深部でその極みを見せてくれるなら、俺もついていくぞ」
「私は……まあ『無敵の姫騎士』の名にふさわしい功を挙げたいからな。教官の言葉には反するようだけど、仕方がない」
「蒼天の大森林は、深い部分はまだよく知られていない。『賢者』の二つ名を有する探究者として、せっかくの好機があるのだから、この際に解き明かしてみたいと思っているわ」
全員、目標は一致しているようだった。
「ありがとう、みんな。じゃあまずは準備を始めようか。ええと、冒険の道具を取り扱っているお店は……」
彼は班長らしく、慣れないながらも着実に歩み始めた。
結局。
「治療の水薬とか、止血の札とか、衛生関連のものが多いな」
ヘクターがつぶやく。
「あとは、毒消しの水薬と、これは索敵器か。まあ索敵器はいいとしても、全体的にずいぶん、その、慎重寄りだな」
「まあまあ。さっきも言ったけど、たぶんこの実習では少しの負傷が大きく響く。戦力が低下するのもあるし、血の匂いにつられて獣も寄ってくるだろうし。毒に至っては長期戦では屈指の痛手だよ」
「まあ、そうだな」
そこへフレデリカ。
「他の人と同じく、浅い範囲で帰ってくるならあまり気にもならないんだろうけども、私たちが目指すのは深部のほこらだ。そうだろう、我が親友アルト殿?
「その通りだよ、フレデリカ嬢」
彼女は同意されたことに気をよくしたのか「フヘヘ」などと笑う。
「なるほど、アルト殿の考えていることが分かった気がする。この『転移の紐』はつまり」
「そうだね。もしもの時に、一度森林から脱出するために使うものだよ。あらかじめ全員に分け紐を結んで、この導きの紐を発動させれば、元紐のあるところまで一瞬で転移できる」
「そういえば、一度脱出しても、期間内なら何度でも自然驚異に挑戦できるとか聞いたわね」
「その通りだよ、ソフィア嬢。もっともあまり無理をさせる気は僕にはないよ。撤退する時点で無茶をしていたってことだからね。だから撤退する羽目にならないように、準備はがっちりとしなきゃならない」
「特に深部を目指すんだからね、主にアルトのお願いで!」
しかし、そこでヘクターの真面目な制止が入る。
「ロナ殿、あまりアルトをからかってはならないと思うんだが」
「ううぅ、みんなアルトに味方する!」
「人望の違いというものだな」
「姫騎士殿までそんなこと言う!」
そこでふと、ソフィアが口を挟む。
「そういえばアルト殿、魔道具の中には使い捨てのものも多いわね。何かお考えでも?」
「ああ、それは一発あたりの強さと、あとは……使い捨てでないものを中心に据えると、予算を超えてしまうんだ」
今回の……に限らず長期実習では、班ごとに予算として少しの金銭が交付される。
当然ながら使い捨てでない魔道具は、似たような効果を発揮する使い捨て型の魔道具に比べて、値段がかなり高くなる。
それを伝えると、ソフィアは尋ねる。
「へえ。予算を使わないで買うことはできないの?」
「えっ、いや、まあ、今回の実習以外でも使う予定があれば、自腹でも、自分自身の買い物として買えるんじゃないかな」
「へえ。じゃあ私、たまたま自分自身の買い物がしたくなったから、ちょっと、さっき行った魔道具屋に寄ってくるわね」
それだけ言うと、彼女は歩いて行ってしまった。
「あの、アルト、あれはいいのか?」
明らかに今回の冒険で使う気である。
「まあ、いいんじゃないかな。建前を守るなら。それにソフィア嬢の見立てなら、変なものは買わないだろうし」
「まあ変なものを買っても、アルトとか俺には影響は……なくもないけど、アルトがそう言うなら、俺は反対しない」
そもそも、自分に合う魔道具を調達するのは、少なくとも貴族にとっては自己責任の範囲にあった。アルトが閃光の指輪を持っていたり、ヘクターが呼び戻しの手槍を使っていたりするのは、いずれもその自己責任の帰結といえる。
「他に何か意見は?」
アルトが残り三人に話を振るが、いずれも反対意見はないようだった。
「よし。まずはソフィア嬢の買い物を待つか。みんなもこの機に買いたいものがあれば、行っていいよ。僕はここに残るから」
「とはいっても、そんなの特に無いなあ。ボクは先日買ったばかりだし」
「俺も、ひとまずこの『呼び戻しの手槍』があれば、あとは予算で買った使い捨てのものを借りれば、たぶんどうにかなる」
ロナとヘクターが口々に言う。
フレデリカとカトリーナも、特に買いたいものは無いようだった。
「じゃあ、待とうか」
「暇だな」
「ヘクター殿、確かソフィア嬢の買い物は早いと評判だったはずだよ。割とすぐに――」
カトリーナの言葉が終わる前に、見慣れた人影が雑踏から出てきた。
「待たせたわね。買ってきた」
「早いな!」
ヘクターは素っ頓狂な声を上げた。
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