●20・小者発見
●20・小者発見
最後の通りを見回っていると、路地裏でなにやらもめているのが目についた。
「あれはなんだ?」
三人の男性が、一人の若い女性に迫っている。
「あれは学園の紋章じゃないか、うちの生徒だ!」
すぐに介入しようとするフレデリカ。
「待ってくれ。僕たち二人で、三人の不良に勝てるか?」
尋ねると返答。
「勝てる。この戦力分析の魔道具が勝てると判断している」
懐中時計のようなものを見せた。
「これは……!」
「つい先日、魔道具店で安売りしていたので買ったんだ。……無駄口を叩いている暇はない、行こう!」
二人は現場へ急行する。
アルトより先にフレデリカが口を開く。
「そこまでだよ狼藉者、いったい何をしているんだい」
完全に意表を突かれた不良の一人が反応する。
「あぁ? うるさいぞ木っ端貴族」
「このお方を誰だと思っている!」
ただの狼藉者だろう……。
アルトは思ったが、とりあえず観察等に徹する。
「このお方こそ、かつての王家にも連なる公爵家のご令息、レオン様だ!」
ふんぞり返っていたレオンが、取り巻きの紹介で前に出る。
「で、俺に何をしようというのだね、俺はただ、その女性に交際の名誉を与えようとしていただけなのだがねえ?」
絵に描いたような嫌味貴族。
しかし、それを「絵に描いたような」と表現できるのは、アルトというか平里が、あまり高位の貴族を知らず、代わりにこの手の創作物を少なからず知っているからかもしれない。
きっと、この世界にとってはこの貴族の態度は普通なのだろう。
……言い過ぎた。フレデリカが苦々しい顔をしているが、ということは、混じり気ない異世界現地人である彼女にとっても、普通の範囲からはやや外れているのかもしれない。
「お嬢さん、その言い分は間違いないですか?」
「いいえ、乱暴をされそうになりました」
「だろうね。男性三人で若い女性を取り囲んでいる時点で、言い訳が通るとは思えない」
アルトはレオンたちに強く迫る。
「風紀委員会への出頭を要求する。この要求に反すれば、貴殿らは義務の怠りとして不利益を受ける場合がある」
「誰が木っ端委員に連行されるものか、行くぞ子分ども!」
被害者以外の全員が武器を構えた。
あっという間に制圧した。
「ゲホ、ゲホ」
「止血を……」
取り巻き二人は戦闘継続ができない状態にあり、レオンに至ってはすでに逃げ出している。
総大将が仲間を置いて逃げ出すのか。
アルトは静かに怒りを飲み込み、腹に溜めた。
「フレデリカ、風紀委員会本部に連絡に行ってほしい」
「了解だよ!」
彼女は駆け出していった。
「お怪我はありませんか?」
彼は念のためレオンの子分たちを警戒しつつも、被害者に声をかける。
「あ、ありがとうございます。怪我は特に無いです」
「それはよかった。うちの学園の生徒がご迷惑をおかけしました。後始末の人たちがじきに来ますので、恐れ入りますがここでお待ちいただけますか」
「分かりました」
彼女の身体は、まだかすかに震えている。
アルトは勝利の余韻に浸る前に、申し訳なさを強く感じた。
その後、レオンは応援で呼ばれた風紀委員の手により拘束され、学園内の風紀教育室に放り込まれた。
風紀委員会には、生徒の問題であるという限度において、学内にその生徒を拘束して取り調べ、場合によっては教官会議や理事会に懲罰の判断を仰ぐ権限がある。
平里の記憶をたどる限り、普通の日本の中学、高校では、風紀委員会にはそのような強力な権限はない。当たり前である。
しかし学園は位置づけが特殊である。連合王国で唯一の、貴族向けの公立学校であることから、ある程度の自治権、懲罰権や実力行使が認められている。
その代わり、国家の非常時には軍の一部として動員されることがある。もっともこれは、仮に学校に通っていなかったとしても、結局は地方領から出陣し王都の軍団と合流するはずだから、動員制度があろうとなかろうと、実際上はあまり違いがない。
閑話休題。
風紀委員会は生徒会とともに、自治権の中心を担う委員会であり、それゆえ他の委員会と比較して特別の仕事がある。
だが、事が大きくなると話は別で、警備軍に事案を託すこともある。
「今回はちょっと複雑な話になった」
風紀委員長レスリーは、集合した風紀委員に対して口を開いた。
「どういうことです?」
「あの札付きのワルであるレオン殿は、どうやら犯罪組織とつながりがあったようだ。……というか、父親の暁原公がつながっているらしいんだ」
彼女は柄にもなく真剣な表情をしている。
「ということは、警備軍に送致するのですか?」
「ところがそこまで単純でもない。その犯罪組織『剛剣同盟』は、厄介なことに王都の政府にも浸透しかけているんだよ」
一同に一瞬の緊張が走った後、空気が徐々に重くなる。
単なる不良生徒との戦闘は、ゲームにもあった。しかしここまで大きなことになると、完全に未知の領域だった。
「政治の世界に巣食っていると……」
「さすがに政府も無能ではないから、いまのところ操られてはいない。しかしある程度は浸透しているようで、未だ討伐作戦は実行されていない」
沈黙。
「……というわけで、警備軍や司法はあてにならない……かもしれない。しかし、我々には口実がある」
「口実? まさか……」
「学園の生徒がつながっている以上、これは生徒の問題でもある。つまり風紀委員会をはじめとした学内の委員会、そして生徒会が動ける。そうは思わないかい?」
一同が、今度は驚きで沈黙した。
「まあ理屈は多少無茶だね。だけどこれは、風紀委員会が功を得て、さらなる飛躍をする好機だ。口実のために多少強引な論理を唱えるのも、まあ仕方がないんじゃないかな」
なんだかんだいってレスリーも風紀委員会である、理屈をつけてまで戦いを挑みに行く、見た目に合わない武闘派のようだ。
「まだ情報も充分でないから、生徒会ほか学内で連携して事に当たるよ。必要があればきみたちに個別に指示を出すよ。今回はそれを伝えるために集まってもらった。いまはこれで一度散会するよ。質問があれば個別に来てね。お疲れ様でした」
彼女が合図すると、一同は戦闘の予感に各々歓喜した。
血の気が多いな、とアルトは思うも、彼自身も実のところ戦闘の機会に打ち震えた。
順調に風紀委員会に染まっていた。
騒動がありつつも、学園はしばらくして、一年生の長期実習の時を迎えた。
実習前の最後の学級会で、担任教官はアルトらに、渡した資料を見るように指示する。
「概ねその資料を読んでもらえば分かるが、補足的な説明をする」
長期実習で想定されているのは、蒼天の大森林にせよ、環状洞窟や地底半球にせよ、基本的に自然驚異のごく浅い領域である。
念を押すが、長期実習の目的は、冒険者の綱渡り的な行路を忠実に体験することではない。多少の障害に挑みつつ、実習の中で親交を育み、将来にわたっての強い絆を作ることが主な趣旨である。強力な獣と全身全霊をかけて戦ったり、周到な準備を行って完全踏破を達成することではない。
そのため、学園の指定した範囲以上の領域に飛び込む場合、学園としては面倒を見切れないことがある、というより、ほぼ支援は期待できない。
……深部への立ち入りを校則等で禁止しているわけではない。これが肝要である。実際、アルトも調べてみて分かったのだが、完全踏破とはいわずとも、深部まで攻略した生徒も過去にはいなくもないのだ。
なお、ゲームでもこれは同じで、深い場所へ立ち入ること自体は、プレイヤーも可能だった。もっとも状況はどんどん苛酷になっていくので、成果を挙げるには、序盤からよく考えてプレイングを計画しなければならなかったが。
しかしいまのアルトには、ゲームの知識、魔道具への習熟、そして頼れる仲間がいる。主にゲーム知識をもとに専用の対策を打ち、短さと安全性をよく考えて進路を選べば、最深部にある勇者の剣を手に入れるのは決して不可能ではない。
そもそも勇者の剣の入手はミッションであるので、芋を引いて逃げるという選択肢はない。
彼に許されているのは、ひたすら前向きに、準備をこれ以上なく整え、慎重さと大胆さの双方をもってこの驚異に挑むことのみ。
……彼は覚悟を決める。が、一方で教官はアルトの耳には決して届かない説明をする。
「まあ、特段成果を挙げることは要求されていないし、気楽にやればいい。各学年ごとに異なる日程でやるから、部活動とか委員会には大きな影響もない。最低限、真面目に探索と戦いと宝探しを、仲間同士の連携を学びつつやってくれればいいんだ。繰り返し述べるが、成果は要求されていないしそれだけでは評価もしない」
アルトは記憶をもとに進路を思い描く。教官の声は耳を素通りする。
「では一週間の休日、もとい準備期間を過ごせ、以上で放課とする!」
生徒たちは半ば浮かれ調子で席を立った。
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