●19・ああ伝説よ

●19・ああ伝説よ


 二度目の呑み会。

 だが、カトリーナもソフィアも、酒は飲まないという。

「貴族の品位を保つために、私は酒類には一切口をつけないことにしている。すまない」

 姫騎士はひどく恐縮した声でそう言う。

「まあ、貴族うんぬんはいまさらだけど、品位を保つためってのは分かる気がするよ」

「おお!」

「実際は『貴族としての』品位というより、『姫騎士と呼ばれる者としての』品位というような気がするけどね」

 アルトの指摘。そして図星だったようで。

「うう……その通りだ」

 高貴なる姫騎士は顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で答えた。

「へえ、姫騎士様、ご自身の二つ名にそんなにこだわりがあったとはねえぇ。自尊心ばかり高いと、アルトに嫌われちゃうんじゃないかなあぁ?」

 ロナの追撃。えぐい。

「なんでそこで煽るんだ……」

 一方で呆れるアルト。

「えっ、お前そこで煽る意味も分からないのか?」

 そんなアルトに呆れるヘクター。

「いやそりゃあ、誰だって分からないよ。ロナはなぜそこで煽ったんだ?」

「それ聞くの?」

「ああもう、この宴はだいぶ無茶苦茶になってきたぞ」

 ヘクターは頭を抱えた。

 と、そこへソフィア。

「ちなみに私が呑まない理由、聞く?」

「少なくとも僕には、だいたい予想がつくよ。酒で知性とか知力を害されるのが嫌なんだろう、僕も主に魔道具に必要な集中のことではあるけど、同じような理由だからね」

「へえ、分かっているじゃない」

 ソフィアは通ぶった感じでニヤリと笑った……つもりなのだろうが、実際はニマニマ、ニヤニヤ気持ち悪い笑顔だった。

 顔の造形はいいのに、笑い方のせいで台無しである。

「顔の造形はいいのに、笑い方のせいで台無しだなあ」

「ふぇ……!」

「あっとごめんよ、口に出てしまった」

 ソフィアの顔まで赤くなる。

「こ、この女たらし、まさか私まで口説くなんて、は、恥を知りなさい」

「いや、実際、顔はきれいだと思うよ。もっと愛嬌があれば、学級の人気者とか、男子に好感を抱かれることもあるんじゃないかな」

「ううぅうぅ!」

 まるでゆでだこのような様子。

「ソフィア嬢がおかしくなったね。僕はごく真っ当なことしか言っていないはずだけども」

「アルト、それ本気で言っているのか?」

 ヘクターが若干引き気味に尋ねると、彼は自信満々で答える。

「女性相手に遊びでこんなこと言うはずないじゃないか」

「もういい、もういいんだ、頼むから女子にも普通に接してくれ」

「これが女性に対する僕の普通なんだけども」

「ああぁ、収拾がつかねえ」

 アルトの親友は頭を抱える。

「ボクにもその接し方の十分の一ぐらい回してくれるとありがたいなっ!」

「ロナは可愛いよ。頭の悪いものって可愛いよね」

「もう、ふざけやがって!」

「貴族がそんな口を利くものじゃないよ、ロナ」

「俺はどうするかな……」

 収拾をあきらめられたのだった。


 ひとしきり歓談……のようなことをしたのち、アルトは改めて長期実習の方針を話した。

 蒼天の大森林に挑みたいこと。その深部にあるという勇者の剣を継承して、有効に活用したいということ。

「勇者の剣以外の財宝については、僕も考えた。やっぱり僕が勇者の剣を望む以上、ほかの財宝は僕以外の五人で分けたほうが公平かなって」

「私は財宝にはあまり興味がないが……」

「というより、この場の全員、財宝には特段の興味はないように、俺には思えるぞ」

「全く同意だよ。何か書物が見つかれば、ソフィア嬢は興味を示しそうだけど、ほかはボクも含めて、あまりそうは見えないよ」

「私も書物には……まあ興味はあるけど、どうしても手に入れたいってほどじゃないわね」

 ソフィアまで同調する。

「意外だなあ。賢者殿、僕には書物を欲しがりそうな印象だけど」

「いまは活版印刷術が広まりつつあるおかげで、書籍はたくさんあるから。すでに流通しているものを追いかけるだけでも精一杯」

「なるほど。筋が通ってはいるね」

 アルトは思わず納得した。

「それに知というものは書物が全てではないわ。体験とか実践でしか得られないものもある」

「ソフィア嬢、思ったよりガリ勉じゃないんだな」

「私はその辺のガリ勉よりは知に向き合っているつもりよ」

 ソフィアは得意顔でニヤつく。

 彼女、アルトが思っているよりずっと表情豊かであるようだ。

 成績云々とか、表面的なことだけを見て、彼女の感情が薄いと思い込んでいたアルトは、自分の態度を改めなければならないと深く反省した。

 同時に、ソフィアが実践を決して軽視していない点にも着目した。

 たとえば害獣退治の際、戦術学や害獣論を深く学んでいるはずの上級生が、簡単な編制の組み立てもできなかったことには、彼も少なからず失望した。

 しかしどうも目の前の賢者は、もし同じ状況に陥ったら、少なくとも試験のためだけに勉強している上級生よりは、ずっとまともな作戦立案をするように思える。

 もっとも、現に彼女はあの場にいなかったため、あくまで想像でしかないが。

 ともかく。

「まあ、みんな同意してくれてありがたいけど、勇者の剣だけは僕に譲ってほしいんだ。それさえしてくれれば、基本的に皆への協力と配慮は惜しまないつもりだよ」

 ヘクターが「おぉ、男前だな」と茶化した。


 数日後。アルトはレスリーの指示で、校外協力者の抜き打ち調査という名目で、フレデリカと見回りをすることになった。

「そういえばフレデリカ嬢、きみは先日の呑み会で無口だったね」

「いや、皆があまりに面白……個性をいかんなく発揮していて、常識人の私が口を出す隙が見当たらなかっただけだよ」

「きみが常識人とか面白い冗談だね」

「だんだんアルト殿が毒舌になってきたね……」

 彼女は気を取り直して、辺りを見回す。

「しかし、学園の周りは、概して立派な邸宅ばかりだねえ。何か理由があるのかい?」

「ああ、知らなかったのか、そもそも学園の周りには、名士とか豪商の自宅が多いんだ」

 どうやら治安を考慮したようで、学園建築の際には、いわゆる上流階級の多いこの地区に建てるのが妥当と判断されたらしい。

 学園が治安や富を呼び込んでいたわけではなく、因果関係としてその逆をたどったとのことを聞いた。実際、ゲームではそうなっていた。

「なるほど。とすると、この辺は警備軍としても、風紀委員会としても、狼藉者は速やかに拘束するなり、無力化するなりしなければならないというわけだね」

「そうなる。決して気を抜いていい巡察じゃない」

 ゲームの知識で仲間を諭すアルト。

 愉快な構図だな!

 彼は自虐なのか単に愉快がっているのか、自分でもよく分からなかった。


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