●18・長期実習のお知らせ

●18・長期実習のお知らせ


 その後、アルトは帰宅した。

「ただいま」

「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

 満面の笑みでミーシャが出迎えた。

「坊ちゃま、今日は何かいいことがありましたか?」

「いいことか、まああったといえばあったよ」

 アルトはあらましを話した。

「それは、まあまあ、野戦部に助太刀して勝ったと!」

「大変だったよ。相手も戦術研究部、兵学を弁えている人間だったからね。ただの突撃馬鹿ではないし、生半可な手では見破られていたに違いないよ」

 彼は淡々と述べる。

「まあ。私は軍学のことはよく分かりませんが、坊ちゃまが幸せなら私も幸せです」

 微妙に会話になっていなかったが、ミーシャの、美しさと愛嬌を両立させた笑みを見たら、彼はそのようなささいなことはどうでもよくなった。


 部屋にて。

◆やあ、ミッション達成おめでとう。今回は頑張ったね◆

◆何かといえば神様ですか◆

 アルトは伸びをして通信する。

◆ところで疑問があるのですが◆

◆なんだい?◆

◆ミッション、本当に吟味して決めていますか、いまのところきわめて場当たり的に課されているような気がするんですけども。下される状況といい、内容といい◆

 投げかけられた質問。神は真面目に答える。

◆吟味はもちろんしているよ。一見場当たり的にみえるのは、相手が運命だからだ◆

◆どういうことですか?◆

◆運命というのは、ざっくり、語弊を恐れずに言い換えれば、状況を設定する力ともいえる。その設定された状況に応じて、運命への反攻の内容が決まるのは、自然なこと、というかこちらとしてもそうせざるをえない◆

◆なるほど◆

 意外なことに理由があった。

 とはいえきわめて抽象的な話だったが、なんとか理解する。

◆もう一つよろしいですか。ミッションの内容をみるに、この先の状況がある程度定まっているかのようなものもありますが、それは既定路線……のようなものと理解してもよろしいですか?◆

◆ある程度はそうだね。たとえば『定期試験でソフィアより上位の成績を挙げろ』とか『なんらかの武芸の試合でカトリーナに勝利せよ』というのは、定期試験があったり、武芸の試合が無事に約束されたりする蓋然性が高い、とこちらの予知班が判断したものだ◆

◆蓋然性? つまりわずかな確率ではあるが、その通りにいかないこともありうる、ということですか?◆

◆まあ、その通りだよ◆

 声の調子で、痛いところを突かれたという様子が伝わってくる。

 まあ、だからといってこの神をいじめることは、アルトはしないが。

◆その場合、ミッションは取り下げになるという理解でよいですか◆

◆そうだね。失敗には勘定しないよ。そこは確約する◆

◆なるほど◆

 アルトはあくびをした。

◆疲れているようだね。通信は適度にして、ゆっくり休みなよ◆

◆そうさせてもらいます。おやすみなさい◆

◆ほいよ◆

 彼は灯りを消し、就寝した。


 翌日、アルトは冴え渡る兵法であの戦術研究部に勝利したことについて、同級生から質問攻めに……遭わなかった。常と同じ、特に変わった動きはなかった。

 どうやら、アルトが活躍するのはいつものことだとみられているようで、いまさら一つや二つの功では、もう同級生は動じなくなっていた。

 寂しいといえば寂しい。アルトとて人間であり、功績を挙げたらちやほやして、というかせめて寄り集まってきてほしかった。


 放課前の学級会で、学園の連絡役から告げられた。

「近々、長期実習があるから、とりあえず最大六人で組んでおくように」

 来たか、と彼は思った。

 とはいえ六人のうち、四人はほぼ決まっている。

 アルト、ロナ、ヘクター、フレデリカ。この四人が、なんだかんだいって気心も知れているし、一党を組んで自然驚異に挑むほどの連携も可能だと思われた。

 問題は残り二人をどうするかだ。

 放課後、すぐに作戦会議をするいつもの面々。

「あと二人、どうする、適当な女子をたらし込むとかなんとか、以前はふざけたからかいをされたけども」

 言うと、別の学級から話にやってきたフレデリカが真面目な顔で。

「確かに、残り二人には悩むね。いっそ四人で組んでも問題はないはずだけどね」

 定員は最大六人だが、それより少ない人数で届出をしても、手続き上、差し支えはない。

 しかし。

「だけども、最大人数の三分の二で、自然驚異に挑むのは幾分心細いな」

 アルトがつぶやくと、全員が無言でうなずく。

「それはその通りだな。……この際、気心が多少知れていなくてもいいから、強いとか、頼れる技術を持っているとか、そういう人材が欲しいと俺は思う。問題はそんな人材がそうそう簡単に見つかるとは思えないところだが」

「『無敵の姫騎士』カトリーナ嬢とか、『賢者』ソフィア嬢とかが一番かな」

「無理でしょ、いや本当にそれは無理でしょ」

 アルトはため息をついた。


 本当にやってきた。

「カトリーナ嬢とソフィア嬢が、僕たちの班に?」

「その通りだ」

 二人がうなずく。

 彼女たち、とりあえず長期実習のために、さして仲もよくはないのを承知の上で組んではみたものの、残り四人の枠が空いたままで困っているという。

「班長にしてほしいとは言わない。私たちのほうが少数だし、むしろアルト殿が班の指揮をしてくれたほうが、何かと安心だ。実績があるからな」

「集団を率いる総大将としての実績ではない気がするけどね……」

「それでもきみの力は、誰もが認めるところだ。剣術馬鹿の私などよりずっと、主導者に向いているはず」

 彼女は事もなげに言うと、ソフィアも同調する。

「私からもお願いするわ。姫騎士殿が一番推していたからね」

「えっ本当ですか」

「貴殿の話をするときのカトリーナ嬢は、ずいぶんと熱が入っていたし。まるで将来の伴侶――」

「オホン!」

 姫騎士は心なしか顔を赤くしている。

「これは嫉妬の匂いがするよ!」

 そして唐突にロナ。

「何が?」

「ただでさえアルトは競争率が激しいのに、これ以上来られたら面倒!」

「だから何が」

「フレデリカのほかに姫騎士もとか!」

「オホン!」

「オホンオホン!」

 なぜか巻き込まれたフレデリカも、カトリーナと一緒に咳払い。

「風邪引きが多いなあ」

「アルト、お前も大概だぞ」

「え?」

「ああもう、面倒だな。……とりあえず、二人を歓迎してもいいんじゃないか」

 ヘクターが腕組みしながら助言してきた。

「うぅん、まあ別にいいけど。二人とも、集団での振る舞いが特段下手ってわけでもなさそうだし」

「よし決まったな。じゃあ班結成記念として、『鋼鉄の孔雀』亭で一席、お互いを知るためにも親睦会をしようぜ!」

 俄然、元気になるヘクター。

 しかしアルトには反対する理由もない。

「そうだね。お互いがどういう人物か知ることは、集団行動の助けにもなるだろうし」

「『鋼鉄の孔雀』亭? 構わないけど、なぜそこなんだ?」

「ヘクターの知人、というかヘクターの親御さんのご友人が切り盛りしてるんだってさ」

「へえ、それはいいわね、人脈があるとはヘクター殿もなかなか」

 二人も乗り気のようだった。

「よし、そうと決まればさっそく行こうぜ、予約はしてないけど頼めば個室もいける!」

「えっ、それで本当に大丈夫か?」

「あの親爺さんは、俺の頼みなら多少の無茶もなんとかしてくれる、気にするな!」

 ハッハッハ、と彼は豪快に笑った。


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