●17・地味に行われる初陣

●17・地味に行われる初陣


 そして戦いは始まった。

 しばらくして、戦術研究部側に、さっそく斥候兵が報せを持ってくる。

「申し上げます、野戦部軍が騎兵をもって、全速力で進攻中!」

「来たか、工兵の陣普請は?」

「上々です。川の手前の陣は余裕をもって間に合いますし、質も充分です」

「よろしい、そのまま普請を、限界まで続けよ、ひたすら固めよ、射撃兵は?」

「戦意充分であります!」

「打ち合わせ通り、配置に着かせろ!」

 騎兵を残らず平らげるという意思が、そこにはあった。


 だが、奇妙なことが起きる。

「もう少しで弩の間合いに……入るはずだが……」

 峡谷を抜ける直前あたりで、野戦部の騎兵は、馬を降りた。

 そして歩兵や工兵とともに、設営の普請を始める。

「どういうことだ?」

 困惑する戦術研究部をよそに、創られた兵士たちは木を組み、土塁と堀をなし、ついでに簡易の雨避け屋根を築く。

「あれはどう考えても、防御陣、こちらが来るのを待ち構える?」

「しかし部長、にらみ合いなら峡谷でもできたはずでは」

 青ヒゲの質問に、部長は困惑しつつも。

「その通りだ。なぜ抜けてきた、川に細工をするのか、水攻めか、いや、むむ」

 混乱する部長に、青ヒゲは報せる。

「念のため川の上流付近に斥候を伏せていますが、特に報告はありません、工作の危険はないと思われます」

「ならなぜ……」

 不思議な采配に、部長だけでなく誰もが首をひねった。


 駆ける。薄暗い中を、わずかな灯りを手にしつつ、勝利のために。

 枝が皮膚をこする。少しの傷。

「隊長、そのお怪我は」

「かすり傷だ、このまま行こう」

 実際、それは怪我とさえいえるか疑問なものであった。

 ならば選択肢は一つ。多少、木の枝なんぞに擦られても、勝利のために全力で前進しなければならない。

 稼いでいる時間は、いつまで続くか分からない。それまでに急襲し、この戦いを迅速に決着しなければならない。

 うっすらとした、不気味でさえある闇の中を、ひたすらに駆ける。

 ひたすらに勝利の栄誉を――誰かからもらうのではなく、自力で栄誉を、その手中に収めるために。


 一方、戦術研究部は野戦部とひたすらにらみ合いをしていた。

「何も動きがないな」

「不気味ですね」

 部長と青ヒゲは陣にこもった野戦部を見ながら、険しい表情で話す。

「もしかしたら、ですが」

「なんだ」

「あの部隊が、注目を集めるための陽動だとしたら……」

 目の前の、防御設備まで構えたあの軍が、何かから目をそらさせ、警戒心を釘付けにするための陽動部隊だとしたら。

「それはないだろう。仮にあの本陣が陽動であるとして、本命の部隊はどこにいるんだ?」

「それは……、しかし偵察兵の報告によれば、あの本営にはどうやら一部の部隊がいないらしいとのこと」

「そうなのか? しかし水攻めするわけでもなく、目の前のほかに進軍路はないぞ」

「それは、そうですが……」

 二人に限らず、本営にいた諸将は首をひねる。


 そのとき、にわかに声が上がった。

 本営の右側からである。

「申し上げます、敵襲です、軽歩兵が攻め込んできました!」

「なんだと!」

 部長は取り乱したような声を上げる。

「いったいどこから……!」

「分かりません、いきなり湧いて出てきたようです!」

「いや、これは敵の計略、または味方の内通、いや混乱を演出する偽計……」

「部長、落ち着いてください。敵はおそらく獣道を通ってきたのでしょう。先ほど野生の動物が歩いているのを見ました、ということは獣道もこの仮想世界に設定されているのでしょう」

「……それもそうだな」

 部長は現実を直視し、少し落ち着いたようだ。

「まず混乱が広まる前に、兵を引きましょう。奇襲を受けた部隊には犠牲になってもらい、まだ被害を受けていない部隊で軍を立て直します。きっと奇襲部隊は寡兵、隊を整えて真正面から挑めば、まずは倒せるでしょう。奇襲部隊と本隊の各個撃破で何とかなります……なればいいのですが」

「そうだな。よし、転進する、伝令はすぐに命じろ!」

 部長は落ち着きを取り戻したようだった。


 しかし。

「申し上げます、野戦部の本隊が迫ってきております!」

 早い。青ヒゲは思った。

 多分ではあるが、陽動部隊と密に連携を取り、あらかじめ本陣から打って出る準備を整えていたのだろう。

 そして戦術研究部本隊が転進するのを見るや否や、渡河する時間まで計算に入れた上で、迅速に本隊を動かし、追撃にまわったと思われる。

「むむむ、やむをえない、部隊を割いて殿軍に……」

 言いかけて、部長は力なくため息。

「いや、もうこれは敗勢だ、兵士たちもこの命令の速度についていけないだろうし」

「最後まで戦うべきです、といいたいところですが、まあ敗勢は確定ですね」

 青ヒゲもうなずく。

「しかし部長、我々には戦術研究部の誇りがあります、最後まで戦うべきです!」

「勇ましいですね、ですが誇りだの栄光だのを背負って戦うのは悪手です。貴殿も兵法家の端くれなら、この言葉の意味を充分に理解できるはずです」

 青ヒゲが諭す。

「負けか……」

「大損害になる前に降伏しましょう。審判の心証が少しでもましになるように」

 判定に勝つために、ではない。この状況なら、どうせ審判が決着を宣言する。

 この心証とは、広く学園生活のためのものである。

「……審判と敵軍に降伏を宣言する、軍使は動け」

 どこか落ち込んだ声で、部長は言った。

 青ヒゲは思う。

 ――確か、敵の本営から離れて奇襲に従事したのは、アルトの部隊だったな。

 やはりアルトか、とだけ、腹の中でつぶやいた。


 その後、この戦いを通じて野戦部の存在意義は立証され、この部活動は存続を許された。

「アルト殿、本当にありがとうございました。私から厚く礼を言うよ」

 部室。晴れやかな顔で、野戦部部長から謝意を告げられた。

「いえ、困っている人を助けるのは、学園の校則にも一応ありますので」

 その条文は漠然としすぎていて、いまひとつ存在意義の分からない校則だったが、とりあえず学園の精神には合致するのだろう。

「どうだろうか、アルト殿、貴殿さえよければ、野戦部に転入しないか」

 勧誘。自分の実力をきちんと認めてのお誘いである。

 入りたいのはやまやまだったが、彼は言った。

「せっかくのお誘いではありますが、僕は風紀委員を続けます」

 野戦部で趣味に走るのも一つの道ではある。しかし忘れてはならないが、アルトには今後も様々な、というか、野戦の知見では解決できないミッションもたびたび下されるはず。野戦に特化した専門家でいるのが得策だとは思えない。

「そうか……気分が変わったらいつでも来てくれ。きみは有望だ、歓迎する」

「お心遣い痛み入ります。大変心苦しくはありますが」

 部長は聞くと、「とりあえず甘いものでも摂るといい」と傍らの焼き菓子を勧めた。

「ついでにロナ殿もどうだい、あまり活躍していない気がするけど」

「もう! ありがたくいただきます!」

 ゲームの主人公は、大した活躍もせず差し入れにがっつく、まるで菓子泥棒だった。


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