●15・仮想空間

●15・仮想空間


 数日後、学園理事、教官の代表、当事者の部活動二つ、そして生徒会とアルトを交えた話し合いが始まった。

 風紀委員会全体がこの話し合いに参加しない理由は、直接には部活動の存廃に関係がないからである。もっとも、レスリーの事前の提案により、学園内の秩序にかかわる事柄がないか精査する、という建前で、生徒会とのつなぎ役でもあるアルトが出席を許された。

 風紀委員長レスリーは、一目では昼行灯に見えるが、本気になればこういう策も打てる。さすがは委員長の座にある人間だ、とアルトは若干上から目線で感心した。

「さて、戦術研究部の言い分を聞こうか」

 理事が言うと、戦術研究部の部長は話し出す。

「軍学系は、確かに生徒に人気ではありますが、これだけ多いといささか無駄を感じます」


 ――そもそも、戦術研究部は野戦、水戦、そして拠点での攻防や各種兵器の機構、運用に至るまで、広く手掛けており、本来はこの部活動一つで軍学的な部活動は充分のはずである。

 それにもかかわらず、水戦部や広域防衛研究部など、いくつかの専門的な兵学部が認められているのは、半分はそのきわめて異色な特殊性、もう半分は将来について専門性をもつ生徒たちの受け皿になっているからだ。

 一方、野戦部は特殊性が薄い。野戦自体は合戦の華ではあるが、戦術研究部も注力している分野の一つであり、また広域防衛研究部や山岳戦部なども、副次的にだが取り扱い、戦地工作部や兵站研究部なども、必要な限度でその基本は学ぶものである。

 また将来につながる専門性の観点からいっても、王都付の貴族、地方領主いずれにとっても重要となる拠点攻防の采配術を、専門外としてあえて研究しないことから、娯楽や趣味としての需要はともかく、生徒たちの未来への重要性は少ないと思われる。

 なお、野戦部は将校自身が戦うこともあることから、剣術をはじめとした武芸も鍛錬しているとのことである。しかしそれらに関しては、剣術部、槍術部ほか武芸の専門の部活動があり、そもそも軍学という視点に立つなら、指揮官や軍師には要求されない技能である。

 以上の理由から、戦術研究部としては野戦部の廃部を進言する。


 親族の政争にも、戦術研究部の予算絡みの不正にも、そして野戦部との部活単位の因縁にも全く言及しない、「素晴らしい」申述だった。

 本当に、吐き気がするほど素晴らしすぎる。弁論部にでも行けばどうか。

 アルトは思ったが、それを言い始めては何かと面倒なので、申述の終わりまでは沈黙した。

「さて……野戦部には特殊性が薄く、籠城戦などにも触れない、とのことだが」

 要するに、表向きの理由を短くまとめるなら、特殊な軍学でもないのに範囲が狭すぎる、ということにでもなろうか。

「野戦は戦いの基本です、拠点の戦いを否定するわけではありませんが、基本的には時間稼ぎである籠城戦や、切り口が多すぎる攻城戦と違って、野戦は適度に分かりやすく、かつ奥の深い研究分野であることには違いがありません」

 野戦部の部長が、廃部を防ぐため、そして単純に自分の誇りでもあるためか、熱く語る。

「むしろ戦術研究部のほうが、何もかもあまりにも広く取り扱うばかりで、野戦の理解は進まないのではありませんか?」

 ここまできて、アルトはなんとなくだが野戦部部長のやりたいことを察した。

「……なんだと?」

「分野が広ければいいというわけではありません、なにもかも中途半端にするより、野戦は野戦、拠点戦は拠点戦で、その専門家を中心に戦いを展開すべきです。実際、歴史上、大きな戦はそうしています。戦術研究部に、野戦研究において劣るとは到底思えません」

 ここで野戦部部長の腹は完全に理解した。さすがは軍学系研究部、敵の挑発まで上手いとは思わなかった。よく考えれば舌戦も野戦の一環であるため、理屈として当然だが。

 しかし戦術研究部はそれに気づかず、みるみるうちに顔を紅潮させていく。

「ふざけるな、愚弄するか、いいだろう、存廃を懸けて模擬演習で勝負だ!」

 これがミッションである以上、そうこなくては。アルトは思った。


 後日、風紀委員長レスリーの強い進言で、アルトと、ついでにロナは野戦部側に付くことになった。アルトはともかく、ロナは完全にオマケ扱いである。

 もっとも、それ以上の肩入れは、さすがにレスリーでも無茶だと感じたようだった。

「すまないねアルト殿。本来ならもっと戦術に造詣の深い人も付けたかったところだけど」

「いえ、とんでもありません。そもそも僕を入れることも結構な骨だったと思います」

 彼女は頭をボリボリと。

「あるいはロナ殿がもっと熟練していれば、助けになっただろうけども……まあ、それを言い始めたら仕方がないことではあるし、そもそも失礼だったね、すまない」

 ここにもしロナがいたら「ひどいです!」などと異議を差し挟んでいたに違いない。

「まあ、彼女は伸びしろがすごいですから、きっと将来は僕も超えますよ」

 お世辞ではない。ゲームと同じスペックなら、最終的にロック、というかロナは、プレイングによっては、多方面にわたって、学園屈指の傑物にもなる。……いまは頼りないが。

「へえ、そうなのか。あのおどけた女の子がねえ」

「おどけた女の子って……」

 失礼の極みだが、しかし外形的には事実ではある。彼はただ沈黙した。

「そういうわけで、本当にすまないけれども、あと……四日後か、よろしく頼むよ」

「承知しました」

「無理して勝つ必要はない。勝ってほしくはあるけど、私はそこまで強い思い入れはないからね。単に黒い不正とその動機が許せないし、ついでにきみの実績にもなるからさ」

 彼女は「落ち着いて、楽しむように頑張れ」とだけ言った。


 数日後、アルトは野戦部などとともに、審判役の教官たち三名に連れられ、とある部屋に入った。普通の一年生はまだ入ることもない部屋である。

「さあ、特に一年生はようこそ、戦術演習室へ!」

 言うと、教官たちはてきぱきと水晶玉のようなものを台座に設置していく。

「戦術演習室……ここがですか?」

 アルト以外の一年生は、意表を突かれたような表情をする。

 無理もない。戦術演習室、と称されたその部屋は、魔道具の灯りがともされているだけで、ほかには台座しかない、とてもではないが部隊を展開したりする部屋ではないからだ。

 しかしアルトには分かる。ここは戦術の演習をする部屋である。

「一年生諸君はやはり戸惑っているようだな。この部屋、というか設備を用いる授業がまだないからな。知っている。だから私から説明する」

 教官は少し咳払いをする。


 おおかたの一年生の予想したであろうとおり、この部屋自体で演習を行うのではない。

 演習用の空間は、水晶玉の形をした魔道具「空間創造の玉」を用いて、仮想的な次元に展開する。その広さは軍団戦をするのに充分であり、この部屋は、その一室全体が、その魔道具の効果を補助するだけの、一種の媒介となっている。

 そして、その現実世界とは隔絶した仮想世界に生徒たちは跳躍し、主に審判役によって両軍の兵士、装備、下士官、その他の必要な人やものが生成され、生徒たちはそれを指揮、運用して演習を行う。

 参加する生身の生徒は、自分自身ではこの空間のものに作戦上、戦闘上の干渉ができず、また干渉されない。もっぱら軍に命令を下したり、移動したり、偵察に出たりできるだけである。もっとも、偵察、だけでなく全ての作戦行動は、もちろんのことだが、偵察などの役割を振られた兵のみならず、一般の兵士に命じることもできる。

 なお、兵士は一定の思考力に従って、敵前逃亡したり、裏切ったり、調子に乗ったりおびえたりもする。ほぼ人間と同様の、獣ではない、人格を持ったような挙動をする。

 この仮想空間、そしてそれを展開する魔道具は、連合王国が誇る最新鋭の教育、訓練用の設備である。


 アルトは知らなかったふりをして聞いていたが、内心思う。

 ほとんど、フルダイブ型のVRゲームだな。

 一般的なVRゲームと異なり、こちらはあくまでも教育、訓練用であるところが、なんとも「学園」の設備らしいものである。

 もっとも、彼はゲーム「アスレディア立志伝」を通して設定を覚えていたため、特に驚くことはなかった。

 一通り説明が終わった後、教官は指示する。

「よし、では諸君、水晶玉に手で触れよ!」

 一年生はおっかなびっくり、ほかは慣れたように水晶玉に手を伸ばす。

「準備はよいか、では行くぞ!」

 教官の一人は空間創造の玉の効果を発動させた。


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