●14・部活に行こうぜ

●14・部活に行こうぜ


 宴会から数日。

 貴族は、王宮内にあっては政治と軍事、地方領にあっては領地経営が仕事であり使命である。

 間違っても王宮で踊り明かしている人々ではない。少なくともこの世界では。

 そして、その使命の一つ、軍事について研究する部活動がある。……のだが。

「えぇと、西側が戦術研究部で、東側が野戦部かな?」

 アルトとロナは、紛らわしい戦術関連の部室を探してうろうろしていた。

 この学園、戦術関連の部活動が乱立……もとい充実している。

 主なものを挙げるだけでも、戦術研究部、広域防衛研究部、野戦部、水戦部、山岳戦部、戦地工作部、兵站研究部……などなど、枚挙に暇がない。

 もっとも、アルトはこれが部活の無駄だとは思っていない。事前に目を通した資料により、概ねそれぞれに特化した兵法を研究していること、および、その分化の必要性が理解できているからだ。

 戦術研究部は概論的に戦術全般を見渡し、広域防衛研究部はさらに外交や築城の理論も学んでいる、兵法版何でも屋のようだが、ほかは専門的に特定の戦闘の分野を掘り下げている。有事の際は、それぞれが連携をとって軍事計画に関与するのだろう。……もっとも、学園に青年部隊のような制度はなく、実戦に投入されうるのは卒業後のことだろうが。

 とはいえ、アルトとロナは抜き打ち服装検査のため、野戦部の部室を探している。

 と、目の前に戦術系部活動の生徒と思しき者が通った。

「あ、すみません、お尋ねしたいことがありまして」

「おや、なにか?」

 生徒は振り向く。そのシャツの胸元には、簡素ながら存在感のある紋章。

 戦術研究部、だったはず。

「あの、野戦部の部室はどこでしょうか」

 聞くと、戦術研究部の生徒は、苦々しげな顔で答える。

「それなら、この通路を進んで、突き当たりの右側にある。黒い扉が目印だ」

「なるほど、ありがとうございます」

 二人が一礼して目的地へ行こうとすると、その生徒が話を続ける。

「きみたち、一年生か、なら野戦部なんか放っておいて、うちの戦術研究部にいまからでも入らないか、色々と総合的にできて面白いぞ」

 正直、アルトは興味を持っていたが、いまは風紀委員会の仕事をすべきである。

「申し訳ありません、いまは服装検査の最中ですので、せっかくではありますが」

「そうか、委員会活動は将来にあまり役立たないはずだけど……まあ仕方ない」

 生徒はそれだけ言うと、またどこかへと向かっていった。


 やがて、案内の通りに野戦部に着いた。

「ごきげんよう、風紀委員会です」

 やや不安ではあったものの、アルトは努めて堂々と入口をくぐる。

「おや、もしや、あなたはあの有名なアルト殿ですか?」

 部員の一人、やせた男子が聞いてくる。

「え、ああ、はい、おっしゃる通り風紀委員のアルトです。で、こちらは」

「生徒会のロナです、よろしくお願いします!」

 やせた部員はロナには興味をあまり示さず、アルトへ一礼する。

「で、アルト殿、ロナ嬢、いかなる御用ですか?」

「ボクたちは抜き打ちの服装検査をしていまして」

「失礼とは思いますが、服装を検分させていただけませんか?」

 ざっと見た限り、改造制服のおそれはなさそうだが、仕事は仕事、丁重にお願いする。

「ああ、別にいいですよ、私たちの品行方正ぶりを、じっくり検分してください」

 許可を得た二人は、「失礼します」と確認を始めた。


 当たり前ではあるが、問題は特に見当たらなかった。

「はい、服装に問題は見当たりませんでした。ご協力ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

 やせた部員は、おそらく部長なのだろう、代表して「お疲れ様です」と言った。

「……ところで……」

「うん? どうしましたアルト殿」

 先ほど感じた雰囲気からいって、少し嫌な予感がした。が、生徒会のロナや風紀委員のアルトとしては、きっと聞いておかなければならないだろうと彼は直感した。

「先ほど、戦術研究部の方に道をうかがったところ、嫌そうな顔をしていました。この戦術関連の部活動の間で、なにか、仲違いみたいなものが起こっているんですか?」

「ああ……」

 部長は短くうなると、静かにうなずいた。

「あるといえばあるね。……戦術研究部が、兵法系の部活動の多さを問題にしていてね」


 いわく。

 戦術研究部は、概論的、俯瞰的に戦術全体を追求する部活であるため、さらに細分化、専門化された軍学系の部活が存在感を増していくのを、ずいぶん昔から苦々しく思っていた。

 特に現在の部長になってからはその思いを強め、なんとかして軍学系の部活を削減、つまり廃部にすることをたくらんでいる。物騒な話である。

 ともあれ、それはこの野戦部も例外ではないらしく、戦術研究部は特に野戦部に対して、裏で不穏な動きをしていると、このあたりの部活間では盛んに噂されている。

 野戦部部長としては、戦術研究部になくて野戦部にある固有の要素――たとえば武芸の鍛錬や築陣の実務の修習、武器に対する知見などを強力に宣伝し、差異を知らしめることによって廃部の危険を遠ざけようと、日々頑張っている。


 アルトが一言。

「物騒な話ですね」

 ゲームにはなかったイベントである。この世界の独自要素というものか。独自要素はこれまでも見てきた。

 それはともかく。

「はい、実に物騒な話です」

 部長はため息をつく。

「いまの段階で生徒会や、ましてや風紀委員会にご迷惑をおかけする気は全くありません。ですが戦術研究部が、もし一線を越えてきた際には、その危害を退けるため、なにかお世話になることもあるかもしれません。そのときにはどうか、お願いします」

「うむむ」

 アルトが考え始めたそのとき。

◆ミッション・戦術研究部による野戦部への廃部の挑戦を退けろ◆

 これもミッションか……。

 ともあれ、まだ一方の言い分しか聞いていないが、ここで野戦部への恩を売っておくのも一つの手である。特に卒業後、貴族としての仕事を部員の一部または全部と、協力して行うことも、決してなくはないだろう。

 特にこの部活、王都付の武官の家を出身とする生徒が少なくない。そういった立場の者に恩を着せ、お近づきになっておけば、有事の際に何かと融通してもらえるように思える。

 ともあれ。

「まだ表立っては何も起きていませんので、少なくとも風紀委員会としては何もできませんし、生徒会としてはなおさらそうだと思います。そうじゃないかな、ロナ」

「まあ、その通りだよ。部長殿、ボクたちはまだ何もないので動けません」

「ただ、そうはいっても、不穏な話ではありますので、ひとまず上に話を通しておきます」

「おお、ありがとう、それだけでもだいぶ助かります」

 部長は頭をかきながら、盛んに感謝をしていた。


 以上のことを報告しに、アルトとロナが風紀室に帰ると、レスリー委員長と「剣豪」副委員長が、なにやら難しい顔をしていた。

「あの、どうされましたか」

 問うと、レスリーが柄にもなく、若干動揺した声で返す。

「実は、戦術研究部が野戦部の廃部の動議を発した」

「それは……!」

 どうやら、アルトたちは少し悠長に構えていたようだ。まさか、これほど早いとは。

「その反応をみるに、軍学系部活動のあれこれは、もしかして知っているのかな?」

「つい先ほど、服装検査に行った野戦部で、だいたいのことを聞きました」

 正直に答える。

「そうか……私たちはただの風紀委員で、本来は中立でなければならない、ところだが、今回は少しばかり事情が違う」

「どういうことです?」

 いわく。

 戦術研究部には部費要求について、不正に高額に見積もった疑いがあり、それを情報部――要するに壁新聞部が密かに追っていた。

 その中で、野戦部の一部が情報を壁新聞部に渡した疑いがある、と戦術研究部は推測したらしい。そして彼らは工作を積み重ね、逆に野戦部のささいな不行き届きを過大に脚色し、それを理由とした動議を発した。

 なお、このいさかいには戦術研究部所属の、形ばかりの「有望な部員」の父と、野戦部部長の叔父との政争も大いに関連しているらしい。

「野戦部の……ええと」

「野戦部が壁新聞部の取材源になったかどうかは、正直よく分からない。新聞に携わる者にとって、取材源の秘匿は重大な責任だからね。法的にはともかく、実際上として」

「ささいな不行き届きとは?」

「野戦部はかつて、戦術研究部の備品を、誤って使ってしまったらしいんだ。これは記録を見る限り、本当にちょっとした誤りだったみたいだね。常ならとがめるまでもない」

 つまり、大人たちの政争と、戦術研究部が野戦部に嫌悪を向けるきっかけはそろっており、備品うんぬんがあろうとなかろうと、いずれいつかはこうなった、ということが分かる。

 ともあれ、これはつまり。

「言いがかり……動議権の濫用に近い嫌がらせではないですか?」

「全くもってそのとおり。だけど、相手は『様々な手段』を使って、少なくとも権利濫用扱いは防いでくるだろうね。それでいて親族の政治力を使う気は満々とみえる」

「ひどい……!」

 学園の闇とはまさにこのことだ。

 すると。

◆これは確かにひどい。ミッションはすでに下っているはずだね◆

◆はい。廃部の挑戦を退ける一件ですね。改めて、謹んでお引き受けいたします◆

 通信を閉じると、彼はレスリーに頼み込んだ。

「どうか、僕だけでもいいので野戦部に助力させてください」

「中立性が……といいたいところだけど、そもそも風紀委員会は規則の秩序をも司る委員会だから、動議を発した側に不正があれば、被害者に救いの手を差し伸べることも、やぶさかではないし使命ですらある」

 彼女は珍しく、真面目な、険しささえ感じさせる表情で続ける。

「私たちは使命に際して必要なことを惜しまないつもりだ。もちろんきみにも働いてもらうよ、有無を言わせず、自発的か否かなど全く関係なく、ね」

「ありがとうございます!」

 アルトは頭を下げた。


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