●13・伝説の剣が欲しい

●13・伝説の剣が欲しい


 最初の飲み物の注文。定番を踏襲するなら酒でガッと酔い始めるものだが。

「すまない皆、私は酒類を家訓で呑まないことにしているんだ」

 などとフレデリカ。

「家訓? ……ああ、そういうことか」

 アルトは、平里のゲーム知識もあり、彼女の言うことが理解できた。

 彼女の家は叔父の放蕩癖で家計が崩れかけている、とは前に彼が思い出した通りである。そして叔父が大酒呑みであることも家計を苦しめる一因であるようだ。

 またフレデリカの生まれる以前にも、彼女の家には、先祖の時代、当主等の酒豪ぶりゆえに少なからぬ金銭を失うことが、何回かあったと聞く。

 などと考えていると、同様のことをフレデリカが説明した。

「というわけで、申し訳ないけども家訓で、呑むことは禁じられているんだ」

 うなずくアルト。

「なるほど、かなり真面目な理由があるんだね。僕はフレデリカ嬢の家訓を尊重すべきだと思うけど、どうだろう」

 言うと、ヘクターも自分の事情を語り出す。

「いやあ、実は俺も呑めないから、フレデリカ嬢のついでに配慮してもらえると助かる」

「お? どうしたの」

「単純に体質が合わないんだ」

 いわく、昔、貴族の子息として宴席に出席したことが何度かあるが、いずれも酒の匂いだけで体調が悪くなったという。

 さすがに宴席が多少盛り上がるだけでは平気だが、宴が深まり、酒の匂いが強くなると、それだけで調子を崩すとのこと。

「呑んで試したことはないんだが、きっとすぐに酔っぱらったり体調を悪くして、アルトたちに迷惑をかけると思う。俺は引き際は心得ているつもりだから、まず辞退させてくれ!」

「それなら仕方がないね。実は僕も、魔道具使いの信条として、あまり酒を飲みたくはないんだけども、この流れなら許されそうだね、いやまあ、本当に頼むよ」

 魔道具を行使するには、一瞬だが高度かつ特殊な集中が必要になる。そして日常的に酒を飲んでいると、その集中が鈍るという話がある。

 そうでなくても、酩酊状態や二日酔いになれば、その集中力は一時的にではあるがだいぶ鈍るだろう。常に充分に戦える体調を維持するのも、魔道具使いの心得である。

「で、ロナは」

「この流れだと私も辞退しなければならないじゃない!」

「いや別にいいと思うけど」

「それにアルトには負けたくないし」

「え?」

「もういい! 私も呑まない、牛乳でもなんでもどんとこいや!」

 明らかにやけくそ気味。まあ無理もない。少なくとも、自分以外呑まないのだから。

「牛乳もいいけど、ここ、生姜飲料とかもあるらしいよ?」

 アルトは壁に張られているお品書きを指差す。

「もうどうでもいいし!」

「全く、ロナは変なお嬢様だなあ」

「アルトに言われたくないし!」

 彼女は「料理料理!」などといいつつ、腹の虫を鳴かせた。


 やがて飲み物と料理が到着し、ささやかな宴会は始まった。

「うむむ、美味いな」

 全員が「呑むより食べる」選択をしたため、割と早く食べ物は胃に消えてゆく。

「ところで」

 そこそこ盛り上がってきたところで、アルトは話を切り出す。

「長期実習、どうする?」

「ああ、話に聞くあれか……」

 ヘクターが腕組みする。

 長期実習とは、学園側の触れ込みによれば、国内の自然驚異――要するに自然のダンジョンに、班を組んで一定程度の長期で挑戦する野外実習であり、学習の一環である。

 自然驚異は、国内の主なものとしては、「蒼天の大森林」、「環状洞窟」、「地底半球」が挙げられ、学園の慣例としてもこの三つが定番となる。

 班として別のものを選んでもよいが、アルトは別段、その必要性を感じない。

 なお、なぜ貴族や武官、文官を育成する学園で、冒険者の経験を積ませるような行事を、時間を掛けて行うのか、という疑問が生まれるかと思われる。

 これに関しては学園側の説明があり、なんでも、冒険者の技術を体得するというより、ある程度の危険と大いなる探索をともに行うことによって、将来にもつながる貴族同士の親睦を深めることになり、未来の政治等に良い影響が及ぼされるから、とのこと。

 要はコネ作りが主眼であり、せいぜい将来の役に立つのは戦闘経験ぐらいなもので、かつそれでいい、という考えなのだろう。

 やらされるほうにとってはたまったものではないが。

「アルト、ひとまず俺たち四人で班を組めばいいんじゃないか」

「定員は六人だけど、確か少ない人数でも一向に構わないはずだよ!」

「それにあの実習はいますぐというわけでもない、あまり先のことを考えても仕方がないのではないかね。残り二人はきみのたらし込み技術で、適当な女子二人を誘えばいいね」

「失礼な物言いがあった気がするなあ」

 彼はしかし、話を続ける。

「いや、それについてちょっと大事な話があるんだ。結論からいうと、蒼天の大森林の深部にあるという『勇者の剣』が欲しい」


 勇者の剣。財産的価値を有する宝物でもあるが、強力な魔道具でもあり、一振りの剣としても充分に実用に堪える――とゲームでは設定されていた。もちろんゲーム中で手に入れることもできる。

 この世界に特別な地位としての「勇者」は存在しない。何か大きな武功を挙げた人物が俗に「勇者」と呼ばれるのみである。

 そして勇者の剣は、俗に勇者の一人とされる「ミモザ」という女性が使っていた剣である。

 片手剣、魔道具の一つで、念動力、つまりサイコキネシスとかテレキネシスの力が込められたもの。

 もっとも、動かせる対象は矢や小剣、石など比較的軽いものに限定され、しかも直接動かせる範囲は狭い。具体的には、地球世界の単位で、行使者から二メートル強であるようだ。

 だが、それで充分とアルトは思う。行使者の周囲で加速させ、範囲外に射出することでレールガンのような使い方ができる。

 しかしそれだけでなく、至近距離での戦いで複数武器による攻勢、牽制ができるのも非常に助かるものである。特に姫騎士と戦うことを考えるならば。

 なお、この剣は手入れなしに最高の状態を保つという。

 ただし、切れ味自体はちょっと良い剣、程度でしかない。切れ味がこの魔道具の中心ではないから、仕方がないといえば仕方がない。

 この剣はミモザの死後、紆余曲折を経て「蒼天の大森林」のほこらに安置されている。

 ミッション達成だけでなく、後々役に立つであろう魔道具のため、アルトとしてはぜひ入手し、自分の戦い方に組み込みたいと思っている。


 アルトの説得に、一同は。

「まあ、アルトが欲しいっていうならいいけど。長期実習で収集したものは、その人のものになるのが大原則らしいから、きっと誰からも文句は言われないだろうし」

「勇者の剣を探すのは結構な事業だが、アルトがわざわざ提案するってことは、きっと腹の中に勝算があるんだろうしな」

「私は恋い慕……大事な友人への手助けを惜しむつもりなど全くないね。きみが協力してほしいなら、私は必ず協力し、役に立つと誓うよ」

 特に異議はないようだ。

「みんな、ありがとう。とはいえ言うとおり、まだ少し先のことだから、慌てる必要はないんだろうけども」

「そうだな。まずは目の前の料理を楽しもうぜ!」

◆ミッション・蒼天の大森林にある勇者の剣を入手せよ◆

 どういう決定過程かは分からないが、まるでオマケのようにミッションが課せられる。もっとも、アルトにはこれに異議を呈するつもりはない。

 ヘクターが自分の小皿の料理を口にし、「くぁー、この肉、旨味も出てるし魚醤が利いていて美味いな!」などと言って、宴会は再開された。

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