●12・獣狩り

●12・獣狩り


 害獣の根拠地はレスリーが事前に調べていたようだ。

 彼女と数名の斥候の案内で、アルトたちはそれと思しき地点にたどり着いた。

 山地と森がいくつかある。

「よし、索敵魔道具は持ったね、じゃあ愉快な山狩りとしようか。火計は今回は使わない。残念ながら許可が出なかった、まあ仕方がないね、ここで使ったら王都に火が向かいかねない」

 索敵器は、あらかじめ全員に貸与されている。アルトの提案からは漏れていたが、レスリーが自己の判断で調達したようだ。

 正直、これがなければ駆除は難しいものとなっていただろう。

「だいたいの根拠地はこのあたりだけど、しらみつぶしだ、草の根を分けて徹底的に頑張れ、ここで功績を挙げれば、きっと教官たちの心証もよくなるぞ!」

 アルトは教官の心証などどうでもよく、また真面目に授業を受けていたのでこれ以上改善する余地もあまりないが、それを口に出すのは野暮というもの。

 彼は他の面々と一緒に「オォーッ!」と声を上げた。


 山を分け入る。索敵器――懐中時計型のものであるが、実際は三六〇度、ぐるりと気配を感知し、波として表示するもの――をあちこちに向け、その作用で方向と距離を把握する。ただし相手の姿を目視で警戒することも欠かせない。魔道具は万能ではない。

 ともあれ。

「あちらに反応があるな!」

 スプリットの声に、面々が目を凝らす。

「あの影ですかな?」

「あ、動いた!」

「近づいて確かめましょう。幸い、あの影はどうもこちらに気づいていないようです」

「慎重に接近するというわけだね! アルト殿、閃光の指輪の準備はよいかな?」

「もちろんです。いつでも発射できます」

 一同は気配を殺し、忍び足を用い、物音に細心の注意を払いながら影に近づく。

「決まりだ、あれは狼です」

 ある程度近づいたところで、ヘクターが小声で知らせる。確かにその姿が確認できた。

「ドロップ殿の弩、アルト殿の閃光の指輪、ヘクター殿の呼び戻しの手槍で、この距離から一斉に攻撃を加える。各々方、準備はよろしいかな」

「万端です。あとはあの狼に魔道具が通じることを祈るのみです」

「当然のように命中する前提で話すのが、いかにも猛者らしいね、アルト殿!」

 ともあれ、三人が武器を構える。

「よし、……三、二、一、始め!」


 弩の矢が狼をえぐり、幾筋もの光線が襲い掛かり、手槍が風を切り裂く!

 狼が派手に苦悶の声を上げる。どうやら初手の攻撃はだいぶ通じたようだ。

「歩兵、行くんだ!」

 ヘクターが手槍を呼び戻すと、狼の弱ったところを多数人で一気に畳みかける。

 なお、アルトとヘクターは射撃兵と歩兵を兼ねる。装備の性質上、どちらもこなせるのだ。

 斬撃と刺突が至上の暴力となって、狼に食らいつく。

「グエァ……!」

 なすすべもなく、一匹の哀れな害獣は、まだ青年にも満たない戦士たちの手柄となった。

「よし、次の獲物を探すぞ!」

 スプリットは号令をかける。


 猪。アルトが十歳のときに対峙したものよりはずいぶんと小柄。

 今回は勝てる。ギリギリではなく、むしろ余裕をもって、射撃だけで仕留められる!

「射撃兵、撃て!」

 一斉射撃。

 どうも一同は勢いに乗ってきたようで、索敵と忍び足は板に着き、魔道具への集中力は上がり、動く的へ当てる狙撃性も少しずつ向上している。

 その本調子となった射撃を嫌というほど浴び、猪は力尽きる。

「ブモッ……!」

 この地道な害獣退治が、王都の農地へ平穏をもたらすと信じて、彼らは狩りを続ける。


 狩りを続ける一行は野犬の巣を発見した。大きな穴のようになっている。

「これは、また」

 幸い、巣の主は出払っているようだ。

「埋めましょう」

 アルトが当然の提案をするが、そこへフレデリカが一言。

「アルト殿、この巣を埋めたところで、野犬は新たな巣を作るだけじゃないかな」

 もっともである。しかしそうも言っていられない。

「だからといって無視するわけにもいきません。野犬本体は他の班が狩ってくれていることを信じて、この巣をふさぐべきです。……そうでなかったとしても、帰るところをつぶすのは無駄ではないはずです」

「まあ……それもそうだね」

「よし、じゃあ配るね」

 ロナが貸与の「ワーベル」――つまり強化スコップを手に取る。

 この強化スコップ、魔道具ではないが、戦闘にも使えるように作られている。実際、純粋な歩兵であるロナ、フレデリカ、スプリットは、害獣相手にすでに使っている。

 まるで第一次大戦のようである。

 アルトの脳裏に、平里の教養知識が浮かぶ。まさか異世界で第一次大戦を、こんなものがきっかけで思い浮かべることになるとは、彼も思わなかった。

 ともあれ、彼は巣を埋める。


 夕刻。本部から狼煙が上がり、若い戦士たちは山林から徐々に帰還してきた。

「あぁ疲れた。おいトローデン、終わったら『赤い騎馬』亭にでも行こうぜ」

「いいね。ザパンとパロットも呼んでみるよ」

 集結を待つ動員者たちは、気安くいっときの雑談を楽しむ。

 アルトはいつものメンバーで固まっていた。スプリットとドロップは報告など雑務があるらしく、彼らのもとを一時的に離れている。

「そういえばボクたちも、終わったら打ち上げをするんだったね。楽しみ!」

 ロナが思い出したように言う。

 すると。

「それについてなんだが」

 ヘクターが手を軽く上げる。

「俺の家の知り合い、というかオヤジの古い友達が『鋼鉄の孔雀』亭というところの店主をしている。今夜はそこで二階の一室を貸し切って歓談しないか。すでに打診はしているから、断られることもないはず」

「ほう」

「それに俺たちはまだ十二歳だ、店側と見知った仲でないと、色々見とがめられることもあるかもしれない。学園の生徒ってのはそういうもんだと聞いた」

「なるほど。むしろ顔見知りのお店なら安心できるね。私は異議なし!」

 ロナが答える。

「他の諸君は?」

「全く異議なし。同じ意見だよ、店側と知り合いってのは、むしろ歓迎すべきだ」

「よし、じゃあ終わり次第、そこへ向かおう」

 言うと、ヘクターは「人脈大事だな、人脈」などと分かったようなことを言っていた。


 その日の夜。

 アルトは自宅のミーシャに「仲間と打ち上げに行くから、夕飯は要らないよ。置いていくのはごめんね」と断って、すがるミーシャをなんとかなだめ、「鋼鉄の孔雀」亭へ来た。

 なお、ミーシャは最終的に泣きそうな表情で「行ってらっしゃいませ」とだけ言った。

 罪悪感。本来、主人が使用人の意思一つに拘束されるいわれはないのだが、それはそれ、というもの。彼もきれいな女性の悲しい表情には心も痛むものだ。

 とはいえ、この打ち上げで彼は、害獣退治の功をねぎらい合うだけでなく、「次の課題」に向けた相談も大いに行いたいと思っていた。

 つらつら考えているうちに店に着き、「貴殿がアルト殿ですか、よくぞ参られました」と主人に部屋を案内された。

 着くと、すでに三人は到着していた。

「みんな早いね。……いや、僕がミーシャの説得に時間をかけすぎたのか」

「ミー……誰?」

 首をかしげるヘクターに説明する。

「王都で身の回りの世話をするために、僕に随行してくれた使用人だよ。すごくきれいで優しい人だ。家事も達者だし、あの人がいてくれたのはまさに天運だろうね」

 若干自慢げに話すアルトと、対照的に表情を曇らせる女子二人。

「家事が達者なのは、使用人なら当然というものだね。貴族は立ち入るべきではないよ」

「アルト、ボクは勉強も戦いも頑張るから、そうしたらボクのことも絶対に自慢してね!」

 やたら冷淡な反応に首をかしげるアルト。

「いやはや、アルトは女性を魅了するのがだいぶ得意なようだな」

 唯一嫌味のないヘクターだが、アルトからみれば、彼もおかしなことを言っている。

「うん? いったいどういうこと?」

「まあそのうち分かるだろう。俺がいちいち説明するのが野暮だってのは承知している。俺は武骨で粋を知らないが、かといってあまりにも野暮な真似はしないぞ、貴族だから」

「うぅん、全然分からない」

 考え込むアルトに、ヘクターは「まあ座れよ。ここの飯は美味いぞ」とだけ告げた。


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