●11・害獣対策会議

●11・害獣対策会議


 しばらくして、風紀委員会、生徒会、ほか協力者の面々が、大会議室に集結した。

「さて、いまから害獣対策会議を開こう」

 レスリーの言葉に、全員の表情が引き締まる。

「……とはいっても、正直、農地を荒らしているのが本当に害獣なのか……いや、これはたぶん、野盗とかは目撃されていないから本当だと思うけど、害獣の規模、個体の強さとか大きさ、習性、種の数、まあ色々、調査中の段階だ」

 一同の顔に、やや陰りが生まれた気がした。

「とはいえ基本的には、猪、狼、鹿、野犬、狐狸、鳥といった害獣が想定される。このうち農業者だけで駆除できるものを除けば、当面の脅威、私たちが戦うべき敵は猪、狼、野犬あたりだろうね。特に体格の大きいものや群れは手強い。そこで」

 彼女はいたずらっっぽい笑みを浮かべる。

「十歳の頃、大猪とほぼ一対一で勝ったアルト君、案はなにかないかな」

「ふぁ!」

 突然の指名に、彼は大変驚いた。

「ほら、さっき私になにか言ったじゃないか。あれを話したまえ」

 ご丁寧にも退路を塞ぐ風紀委員長。

「そうですね、えぇと」

 腹案を話す。

「相手は人ではなく獣です。とすると、こちらとしては人ならではの集団戦法を旨とすべきではないかと考えます」

「ほうほう、それでそれで?」

 レスリーの、絶妙にいらつく合いの手。

「獣に対しては、あくまで少数のものについて、こちらは班を組んで、数をたのんで一気に畳みかけるやり方で、それを獣の各個に対して繰り返し試みるのがよいのではないでしょうか。群れている状態では、こちらは身を潜めて待ち、群れがほどかれて各々が散ったときに、迅速に仕掛けて駆除する。敵の分散に乗じた、いわゆる各個撃破です。」

「うぅん、とはいえ、集団でもってしても獣に突っ込むのは勇気が要るなあ」

「ええ、ですのでこちらは、戦いの間合いでも優位をとるべきです」

「へえ、そういう考え方があるんだね」

 先ほどから延々と後輩に作戦を考えさせているこの先輩女子、なかなかひどい性格である。

 ともあれ、乗り掛かった舟、アルトは続ける。

「具体的には弓、弩、射程の長い魔道具、投げて使う武器や魔道具、印地などを使います」

 印地とは、投石である。相手は獣ゆえ致命傷は難しいが、ひるませることぐらいはできる。

 また、火縄銃は省いた。開発自体はされているものの、いまだ定着も改良も不十分。

「弓とか弩か。弩はまあ、少しの訓練で使えるけど、弓はそうもいかないんじゃないかい?」

「はい。そもそもこの作戦は、飛び道具を主力としつつも、白兵戦の歩兵も用意すべきです」

「おお、そこまで」

「もとより射撃兵は、間合いを詰められると一気に不利になります。そこで歩兵、できれば重装備だったり、防御、足止めなどの魔道具を持っている人が、守りを担うべきでしょう。万一乱戦となった場合にも、歩兵が近距離で獣を討つといった立ち回りになると思われます」

「ほぇー、いいねいいね」

「他には……巣を見つけたら潰したりなどは必須ですね。地形によっては、火を使うことでまとめて獣を一網打尽に……できますが山火事などには注意が必要ですね。火計については風紀委員長や生徒会長のご判断にゆだねるべきです」

 責任を投げた。

 まあやむをえない、こればかりは危険を伴うので、新人の、尻の青い一年生が軽率に決められることではない。

「そうだね……一応、教官会議や理事会にも相談しておくか。作戦決行までまだ時間はある」

「私からも話をしておきましょう」

 風紀委員長レスター、生徒会長ジャネットがうなずいた。


 最初の対策会議がお開きになった後、ロナとヘクターが寄ってきた。

「アルト、やはりなかなかな男だな。よかったぞ」

「ボクと一緒に大猪と戦った経験が役に立ったね!」

「一緒に? ほとんど僕一人だったはずじゃ?」

「もう!」

 事実だから仕方がない。むしろアルトにとって、ケガをさせられないロナを守りながら戦うのは、むしろ骨だった。

「いつかボクだって将軍にでも、最強の武官にでもなるんだから!」

「あの無敵の姫騎士を超えて?」

「ヒエッ」

 和やかな会話。

 しかしアルトは思う。

 学園の生徒は、あの程度の戦術立案もできないのか?

 レスターは途中で半ば道筋を見つけたようだったが、それ以外の生徒は、生徒会長ジャネットを含め、全くアルトの提案を先読みできなかったようだ。

 戦術学概論が泣くぞ。いや、上級生は概論に留まらない戦術学や農学の害獣論もやっているはずなのに、このありさまだ。試験のための勉強ばかりやっているからこうなるのか?

 彼は珍しく、学園生徒のふがいなさにため息をつく。

「どうしたアルト、腹でも減ったのか?」

 そしてヘクターはお気楽である。

「きみの明るさがうらやましいよ」

「あ、これはわかるぞ、皮肉を言ったんだな!」

「もういいや」

 アルトが目頭を揉むと、ヘクターとロナはどこ吹く風で、きたるべき戦いの準備を兼ねて、学園内の魔道具屋に寄る算段をつけていた。


 魔道具屋に寄ると、先客がいた。

「やあ、これはアルト殿ではないかね」

 フレデリカ。

 先日、アルトがミッションのため「仕方なく」無茶苦茶な理由付けで憤激の演技をし、勢いで決闘に持ち込み、袋叩きにした相手の女子。

 改めて振り返るとひどい所業である。

「ごきげんよう、フレデリカ殿」

 アルトは内心、少し彼女の反応が怖かった。

 しかし彼女は、少なくとも第一声については彼の危惧とは全く違った様子だった。

「いやあ、きみも狩りにあたって魔道具の必要性を感じたのかい、いやはや私を破った男子たるもの、なかなか心得ているね」

 皮肉や揶揄の類か?

 彼は緊張のまま、ひとまず受け答えする。

「風紀委員や生徒会の予算による魔道具調達には、限界もあると感じて、来た次第です」

「委員会の業務に持ち出しで臨むのか、なるほど、貴殿らはしっかり者だなあ。しかしあまり持ち出しが多いと、色々窮するのではないかな」

 最近、アルトはやたら褒められているような気がしている。

 どこかの無双系の物語じゃないんだから、あまり褒められると逆に居心地が悪いな。

 とはいえ、持ち出しが多いのは確かに問題ではある。

「そうですね。私費を仕事に投じるのは、避けたいところではあります。ただ……」

「ただ?」

「魔道具は仕事以外にも大いに役立ちうるものでありますし、突然のごたごたに対応するためにも、貸与ではないものは必要でしょう。それに僕たちは学生の身、日頃から魔道具を扱って、その腕前を磨くのは、決して学園生の本分から外れたものではないと信じます」

 大変に利口ぶったことを言ってやったぞ!

 アルトは知らず、フンスと鼻を鳴らした。

「なるほど、一理あるねえ」

 簡単に丸め込まれるフレデリカ。彼女といい、素直すぎるヘクターといい、アルトの周りの人々は、アルトとしても頭の中身が少し心配なところである。

 そこへロナが首を突っ込む。

「フレデリカ殿は、アルトが口添えしたおかげで、外部風紀委員として稼いでいるんですよね。ここで買い物できるのもアルトのおかげです。その『第一の』友人である私にも、感謝と尊敬の念を忘れないように!」

 なにやら面倒な話になりそうだ。アルトは感じた。

「しかしロナ殿、私が一番に感謝すべきは、口添えをしてくれたアルト殿と考える。ついてはお礼に、アルト殿、二人だけで街に出ないかね?」

「これはこれは、何言ってんですかフレデリカ殿、アルトは私が一番の親友です、二人きりで街をほっつき歩くとか駄目ですよ本当に!」

 ロナはたちまちふくれ面になる。

「何が起きているんだ?」

 ヘクターは目をぱちくり。

 ああ、もう、本当に面倒なことになったな。アルトはため息。

「フレデリカ殿、一つ提案ですが」

「なんだいアルト殿。私はぜひ貴殿と親交を深め、その快男児ぶりを間近で見たいのだが」

 ロナがますますふくれるが、構わず彼は続ける。

「害獣退治が終わった後で、ロナやヘクター殿も含めて、四人で遊びに歩くというのはどうでしょうか。楽しみは一仕事終わったときのほうが大きいですし、退治への貢献度やら苦労話、互いの技の語り合いなどで話が盛り上がることは間違いないと思います。いかがですか」

 先送りである。が、実際、打ち上げ方式のほうが、四人全員で一緒に楽しむという体裁に持っていきやすいのは確かである。

 特にフレデリカとロナは、仲良くしてもらわないと、いざというときに連携しにくい。

 幸いにも二人は丸め込まれてくれたようで――

「それはいいね。ロナ殿、いい打ち上げにするためにも、互いの功を競おうではないかね」

「望むところですフレデリカ殿。審判はアルトね!」

「えっ……うぅん、まあ、仕方がないかな、話の流れとして」

 アルトの計算の外で、二人の士気は上がった。

 空はのんきに晴れていた。


 しばらくして、害獣対策会議に情報が届き、再びの作戦会議に入った。

「概ね、敵に関しては見込み通りの情報だった。そこで先にアルト殿が立てた作戦に沿って戦い、そのために班分けをすることを提案する。どうかな」

 全員が口々に「異議なし」などと答える。

「そして注意事項。相手は野生の動物だ、相手の持っているかもしれない病気などには十分注意が必要だ、農業部や衛生部の検査を要するというわけだな。だから狩った害獣には、不用意に触ったりしないように。耳や角を切り取りしなくとも、頑張りは還元する」

「異議なし!」

「よし。弓を使える人間は事前に把握している。飛び道具を主たる火力として、それを歩兵が守ったり、接近してきた獣を迎撃することを前提に班分けをする」

 風紀委員長レスリーは、たまには委員長らしく、作戦の編制を主導する。

「名前を呼ぶよ。まずは第一班、班長から……」

 レスリーは事前にまとめたであろう一覧表を読み上げる。


 結局、アルトはロナ、ヘクター、フレデリカと同じ班になった。

 もっとも、班員は他に二人いる。

「よろしく!」

「よろしくお願いする次第」

 上級生のスプリットとドロップというらしい。スプリットはこの班の班長に任ぜられた。

 アルトらは一年生。この二人は年長である分、戦いにも、普通の一年生よりは長けていると予想される。

「よろしくお願いします」

「いやあ、アルト殿と同じ班か! ぜひその戦術眼を見習いたいところだ!」

 僕がすごいんじゃなくて、せっかくの知見をみんなが活かせていないんだと思うけども。

 彼はその言葉をのどで遊ばせ、飲み込んだ。なんやかんや言って、スプリットは下級生のアルトからも学びを得たがるのだから、きっと性格には問題あるまい。

「それがしは戦うしか能がありませぬゆえ、この作戦で少しでも家名を上げたいところであります。……ああ、それがしは考陵伯家の出身であります、没落しかかっている家ですな」

 ドロップも、ひとまず性格面で問題はなさそうである。

 なぜ性格を気にするか。……今回の害獣狩りで最も重要なカギとなるのは、個々の力量ではなく、おそらく協力、連携の技である。それが必要ないなら、各自が勝手に狩る方式になっていただろう。

 一個人としての性格がそのまま集団連携と直結しているわけではないが、一定の相関はある、と少なくともアルトは信じている。

 ともあれ、班員の配分には恵まれたようである。

「アルトと申します。今回はよろしくお願いします。あわせて諸々学ばせていただきます」

 彼は素直に頭を下げた。


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