●10・手強い畑荒らし
●10・手強い畑荒らし
話を持っていったところ、風紀委員長レスリーもフレデリカの学外協力を歓迎した。
「いいね、こちらとしても人選に困っていたところだ。学外になかなか信頼のおける人が見つからなくてね。この学園の生徒が一番信用できる。校則とか学園の秩序に服しているからね」
「ありがとうございます」
アルトが頭を下げると、フレデリカも優雅に一礼する。
突然のアルトの憤激、罵倒、そして決闘と怒涛の展開にあっても、礼節をしっかり守る。おそらく、骨の髄まで染みた貴族の所作が、そうさせたのだろう。
アルトも同じことが起きたら、こうも貴族の体面を保つのは難しいだろう。
「しかし……それを希望するとは、フレデリカ殿は金策に困っているのかな?」
フレデリカの肩がぴくりと動く。アルトは彼女が何か言う前に答えた。
「どうもそうではないようです。僕が正義を教え諭したところ、感銘を受けたらしく、風紀委員会への協力を通じて正義の一翼を担いたいということだそうです」
かなり無理のある弁。
「ふぅん、そうか」
レスリーも何か察したらしく、それ以上何も言わなかった。
「まあいいや、これからよろしく、フレデリカ嬢」
レスリーは満面の笑みで答えた。
彼女は風紀室から出ると、おそるおそるといった体でアルトに尋ねた。
「アルト殿、一つ質問があります」
「なに?」
「私の家庭環境と家計の状況を、なぜご存知だったのですか」
ゲームの知識です。……などとアルトが言うはずもない。
「決闘まで一週間ぐらいあったからね。調べることぐらいするさ」
あらかじめ用意していた回答を、彼はスルッと述べる。
「戦いにおいて相手を知るというのは基本中の基本だ。戦術学概論でもやっていたことさ」
「そうだけど……もう少し華とか色のある理由ではなかったのかな」
「え?」
謎の返答である。
要するにロマンスが足りないと言いたかったのか?
なぜそんなものを?
アルトが困惑していると、彼女は「まあいいか。アルト殿にそれを望んでも無駄だろうからね」などと失礼千万なことを言いつつ、不意に笑顔を見せた。
「アルト殿、本当にありがとう。感謝の至りだよ」
元々の造形が整っていることもあってか、まるで、およそ美しさとはこうであるとさえ言いうるほど、華麗な笑み。
思わずアルトの心臓が跳ねた。
「もしよければ、私はきみと友人になりたい。取り巻きではなく純粋な友人だ。どうかな」
「どうもこうも、別に構いませんけども」
知らず、ぶっきらぼうになるアルト。正直なところ照れ隠しである。
「ありがとう。これからよろしく、アルト」
彼女はふわりと優しく微笑んだ。
のちにこのことを聞いたロナがどう思ったかは、語る必要もない。
フレデリカとの一件から一日。
アルトはちょっとした有名人だった。
「アルト殿、フレデリカを決闘で打ち倒したんだって?」
「しかも終始圧倒していたらしいじゃないか」
「アルト殿は、風聞の限りでは、魔道具を組み合わせた戦いが得意みたいだな」
「そういえば十歳の頃、大猪を狩ったとかなんとか」
口々に彼の武勇を称える。
「きみなら『無敵の姫騎士』カトリーナにも勝てるんじゃないか」
同級生の一人が不用意な発言。
「いやいや、そんなわけないじゃないか。カトリーナ殿は別格だ。……あまりカトリーナ殿を馬鹿にするものじゃないよ、僕が言うのもなんだけど、軽口は適度なところでお願いする」
焦りながらアルトは打ち消す。
見やると、カトリーナは多少険しい表情をしていたが、すぐに教本に目を落とした。
冗談じゃない。いまの実力でカトリーナと決闘とか、無茶だ。
彼はぶるりと震えた。
……とはいえ、ミッションのため、いずれは機を見て挑戦し、勝たなければならないのも、まごうことなき事実。
幸い、魔道具の扱いにかけては、アルトのほうが少し上である。なにか大きな変化が起きない限り、このまま鍛えれば、試合とやらでも魔道具についてはこちらの優勢であろう。
その優位点を活かすには、戦略を立て、戦術を練る必要がある。
様々で雑多な魔道具から、何をどのように使い、そのためにどの程度まで習熟し、戦術的効果を高めるか、充分に検討する必要がある。
いずれにしても、いまのまま、無策でカトリーナに挑んでも、敗北は必至。
「はいはい、みんな、アルトが困ってるから、次の授業の準備でもしようぜ」
ヘクターが助け舟を出すと、野次馬たちは割と素直に戻っていった。
放課後、アルトとヘクターは風紀室に入った。
「やあアルト殿、ヘクター殿」
レスリーがさわやかに笑った。
横にはもう一人。
「副委員長殿、ですか?」
「そうだ。おれが『剣豪』ロクボートだ。剣豪と呼んでよいぞ」
想像以上に変な人だった。
「うん、まあ、剣豪は変な人だけど、これでも戦闘以外にも才能がある人だから、大いに見て学ぶといいよ」
レスリーが苦笑しながら補足した。
「ともあれ……きみたちに先に話すかな。ほかの面々は時間がかかりそうだし」
「何かあったのですか?」
「結論からいうと、農業部からの依頼だ」
いわく。最近にわかに多くなってきた害獣の退治を手伝ってほしい。
ゲームには存在しなかったイベントである。
やはりこの世界とアスレディア立志伝の舞台とは、似て非なるものなのだ。
ともあれ。
「害獣……それは農業部が自分たちでなんとかすべき範囲ではないですか?」
確かに、真っ当な農業には害獣への対処が含まれる以上、主には農業部が自力で解決する課題である。
だが。
「農業部に限らず、最近は王都郊外の農作物への被害が多いんだ」
農業部や豪農の有する農地は、基本的には王都の周辺、都市城壁の外に広がっている。
それら農地も防御設備の内側ではあるため、城郭の外にある、とは断言しがたいのだが、それはともかく。
害獣の被害で困っているのは、農業部だけではなく、また農業部が単独で解決できる規模を明らかに超えている。
「では逆に、王都の警備軍が出動すべき案件ではないでしょうか」
もちろん筋としてはそうである。
「でも、それを学園が、特に風紀委員会が中心となって解決すれば、武名も上がるってもんではないかな」
とレスリー。
そのとき。
◆ミッション・王都農地の害獣騒動を解決せよ◆
またミッションか!
アルトは頭を抱えた。
「どうしたんだい?」
「いえ……、いや、しかし、そんなに大規模なら、生徒会とか教官にも出てきてもらうのはどうでしょうか」
「生徒会にはロナ殿を通じて交渉中だ。おそらく共闘は成立するだろう。しかし教官様方が出てくるかは……」
「望みは薄いと」
「そうだね。あくまで教官は授業が本務だ。あの方々が出てくるなら、その前に警備軍が出動しなければおかしい」
分かったような分からないような話。ともあれ、ものの筋道というのはあるのだろう。
「あと、今回の作戦には風紀委員会の校外協力者も参加するよ。フレデリカ殿は貴殿と一緒にいられることに、さぞ喜ぶだろうなあ」
「そうですか?」
「あぁ鈍感。あと、当然だけどロナ殿も生徒会の一員として参加するよ。争奪戦だね、面白い面白い」
「なにがですか?」
「はぁ、本当に鈍感だ。しかしそれがアルト殿の長所でもあるだろう。そう思わないかヘクター殿」
「委員長、適当におっしゃってませんか」
「お、分かったかい、ハハハ」
そこでアルト。
「しかし害獣ですか……大猪なら、昔、ほぼ一騎討ちで仕留めましたけども」
「今回は集団戦だ。こちらも大勢だけど、相手もきっと一匹ではない」
「しかしながら、相手は知恵を持たぬ獣と思われます。ばらばらのうちに、少数の獣の組を、大勢で各個撃破すれば、勝ち目はあると見えます」
「お、アルト殿、戦術の基本か。戦術学概論が活きているね。いいよいいよ!」
レスリーは軽薄な合いの手を入れた。
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