●09・決闘の時
●09・決闘の時
学園内での決闘は少し特殊で、学園での手続だけで正当な決闘は成立する。
アルトが決闘申請書を提出したころには、すでにフレデリカが自分の分を提出していたようで、生徒会長ジャネットがそれを告げた。
「これで両者の意思は確認できました」
なお、学園内の決闘において、生徒会長はほぼ申請を受領するだけの役回りで、その審議はもっと上の教官会議や、場合によっては理事会に付託される。
「しかし……いいのですか?」
「なにがです?」
いぶかるアルトに、生徒会長ジャネットは「ふう」とため息。
「私の聞いた限りでは、フレデリカ嬢はあなたへ、不器用ながらも親善の意を表そうとした……ようにしか思えないのですが。ああ、いや、彼女ののたまった価値観があなたに、絶望的に合わなかったというなら、それもまあ、決闘の理由にはなるのでしょうけども」
「これは僕の誇りを懸けた戦いです。いかに相手が親善の意をもっていたとしても、貴族としてあってはならない価値観を有しているなら、速やかに矯正されなければなりません」
「……そうですか……」
どうやらジャネットは、正義にこだわる気質ではないようだ。どちらかというと、正義より和気を重んじる気性なのだろう。そうでなければ、きっと学園の生徒会長は務まらない。
しかし、それはそれ。アルトはどうあってもミッションを達成しなければならない。そしてそれは、余人に話したところで、決して理解されるものではない。
女の子を泣かせてもなお、果たすべき正義がそこにはある。
「では、失礼いたします」
「アルト殿……もしよろしければ、決闘の後、彼女との仲直りの手助けを私がしますよ」
「心配はご無用です。僕は僕の正しさをひたすら貫き通すのみです」
「そうですか……」
彼は一礼し、生徒会室を去った。
一週間後の放課後、訓練場で、決闘のため二人は相対した。
立会人たちが遠くから見てる。
だというのに、フレデリカはいまにも涙の出そうな表情をしていた。
一方、アルトは特に何の感情も帯びていない。口では貴族の矜持とか、使用人や郎党への感謝と言い、内心ではミッションを確実にこなすことを考えてはいるものの、この決闘への意気込みなどといったものは、それほど大きなものではなかった。もちろん勝つつもりではいるが、信念やら何やらを懸けて一大勝負といった意気では、全くもってなかった。
もっとも勝算はある。この時期のフレデリカ、というかゲームの「フリック」は、「ロック」をわずかに上回る能力である。
フリックは初期値もやや高めだが、成長率はロックに準じる領域にあり、終盤では味方であれば頼れる存在ではある。しかし現時点では、フレデリカが「フリック」とだいたい同じ存在であれば、入学前からの積み重ねがあるアルトが全力を出して負ける相手ではない。
それに、アルトは大猪の一件から、「閃光の指輪」を手中に収め、二年にわたってその扱いに習熟してきた。
この閃光の指輪を初手から嵐のように撃つ。それでも向かってきたら、最近仕送りで買った小型炸裂槌と、奇襲の剣技を組み合わせて一気に勝負を決める。
万全の態勢。
「アルト、フレデリカ、万事用意はいいか」
審判の教官の言葉に、二人ともうなずく。
「では、この硬貨に運命をゆだねる!」
言って、審判は硬貨を指ではじき、空へと飛ばす。
着地の瞬間、戦いは始まった。
勝負は一方的だった。
「はあぁ!」
始まるや否や、アルトが閃光の指輪を連射する。
「うわぁ!」
幾筋もの光線が、フレデリカを襲う。被弾し、「形勢の腕輪」にひびが入る。
それでも接近し、踏み込もうとする彼女。
「炸裂槌よ!」
アルトが素早く、大猪戦でも役に立った魔道具の小型版を投げつける。
熱と光の拡散。
「うっ……!」
華麗なる侯爵家令嬢の形勢の腕輪に、大きなひびが入る。
そして体勢を崩した彼女に、猛然と刃が迫る。
「そこだっ!」
なぎ払い、そして抜け突き。
その傷をも肩代わりした、令嬢の形勢の腕輪は、ついに粉々に砕け散った。
「勝負あった、アルトの勝ち!」
彼が剣を納めると、神からの通信が入った。
◆ミッションクリアだよ。おめでとう◆
◆おめでとうじゃないですよ。この後始末も大事な責務です◆
◆殊勝なことを言うね。散々煽って涙目にさせたのはきみじゃないか◆
◆ならば今後のミッションもそうなるかもしれないので、拒否していいですか?◆
◆……すまない。少し軽口が過ぎたようだ。とはいえ、後始末ってどうするんだい?◆
◆もう一度お尋ねしますが、フレデリカの家庭事情は、フリックと変わらないんですね?◆
◆ああ。それは自信を持って言うよ。……なるほど、そういうことか◆
◆まあ見ていてください。しっかり後始末をしてみせます◆
彼が言うと、通信は閉じられた。
負けて呆然としているフレデリカに、彼は話しかける。
「フレデリカ嬢」
彼女は涙を浮かべながら、彼をにらむ。
「……いや、これは悪い話じゃないですよ」
「なにが?」
「貴殿は実のところ、金策に汲々としているのではありませんか?」
彼女の目が見開かれる。
「素行のよろしくない親戚により、金を食いつぶされ、貴殿はその中でもくじけずに鍛錬、学業の傍ら、日雇いの治安請負によって扶持を稼いでいる。そうだね?」
な、なぜ、と彼女はわずかに漏らす。
ゲームと同じであれば、叔父の放蕩癖で彼女の家の金周りは火の車であり、彼女は劣悪な環境でせっせと学業、鍛錬、そして治安請負――つまり日雇いの、安い扶持の下っ引きに励む真面目な、きわめてけなげな性格の、立派な人物である。
立派な、とは言い過ぎた。彼女が家格を振りかざして高飛車な振る舞いをしているのは、誰にも否定しがたい事実である。
しかし。
「きみが少しばかり不心得になってしまったのは、ひとえにその金銭面や時間の余裕のなさによるものではないかと、僕は思うんだ。だからそこを改善すれば、きみの運も開かれる」
「それは……」
いつの間にか気安い言い方になっているアルト。これは話術かその場の空気によるものか。
「ところで僕は風紀委員だ。風紀委員会の仕事は学外に及ぶこともある、らしい。ところが風紀委員会はあくまで学内の組織で、ご存知のとおり学外はこの学園内よりずっと広くて開けているから、手の及ばないところもある」
そこで、とアルト。
「風紀委員会は、学外で活動できる『有償の』協力者を探しているらしい。なんせ僕も委員会に入ってから日が浅いから、よくは知らない。だけど、その報償金は、ちらっと調べた限りでは、一般の治安請負よりはずっと高いみたいだ」
フレデリカは涙を止め、静かに聞いている。
「それに拘束の度合いも、いわゆる治安請負よりも軽いようにみえる。勉学と鍛錬に、より時間を割けるほどに」
「それは……」
「フレデリカ嬢、もしきみが乗り気なら、僕が風紀委員長に口添えして、その仕事を回してもらうようお願いする用意がある。どうする?」
彼女は考えるまでもなかったようだ。
「ぜひ、ぜひお願いするよ」
かくして、アルトはフレデリカを一筋の道へといざなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます