●08・へっぽこなライバル

●08・へっぽこなライバル


 その翌日、アルトがロナとともに教室に入ると、どこか鼻につく女子生徒が、取り巻きと思しき女子たちを連れてやってきた。

「やあ朱紐一号の諸君、アルト殿はおられるかな?」

 いきなりの指名に戸惑いつつも、多少警戒しつつ彼が答える。

「アルトは僕ですが、何か御用ですか?」

 言うと、鼻につく女子生徒はなぜか何かを語り始めた。

「いやあアルト殿、実力測定では、伯爵家のくせに結構な成績を出したそうじゃないかね」

「言っても武芸はカトリーナ殿がはるかに上ですし、学力もソフィア殿が……」

 名前を出された無敵の姫騎士と賢者は、どちらも迷惑そうにしている。

 そんな彼女たちを意に介さず、鼻につく女子生徒は続ける。

「謙遜はどうでもいいのだよ。私のみる限り、全分野にわたって均衡と高水準を両立していたのは、貴殿だ。実際、風紀委員にも鳴り物入りで入ったと聞くからね」

「僕の成績はどうでもいいですが、買いかぶりすぎではありませんか」

「問題はそこではない。侯爵家の私を差し置いて、ずいぶん調子が良さそうじゃないかな」

 そこで取り巻きも「おっしゃる通りですわ!」とか「家格を弁えなさい」などとうるさい。

 身分で人を黙らせるのは感心しないな、とアルトは思ったが、説得できる様子ではない。

 実際、アルト以外の生徒も、きっと同じことを思っている。寮内などでは身分の違いが摩擦を生むこともあると聞くが、概ね学園では、爵位の差を振りかざすことはあまりされない。

 つまりこの鼻につく女子生徒は、貴族学校の中でも「心得ていない」部類のようだ。

「侯爵家の……寡聞ながら貴殿の名を存じ上げず、ぜひそのご芳名をお教え願いたく」

 実際、彼女が何者であるかは想像がつく。ゲームにも登場していたからだ。

 彼女はおそらく、ゲーム内では男子だった「フリック」。侯爵家の息子で、鼻持ちならない性格と、家柄を笠に着る悪癖を持っている。ゲームでは主人公のライバルにあたる立ち位置……なのだが、実は彼はある秘密を持っている。

「まあ、この方のお名前をご存知ないと!」

「ひどい無知ですね!」

「まあまあ。落ち着きなさい。しかしよくぞ聞いた、私の名はフレデリカ。その辺の下級貴族よりよほど高貴な存在だよ」

◆神様、どういうことですか。フリックが女性化していますよ◆

◆どうやら運命と転生術式の混線が、ここにも影響していたようだね。正直すまなかった、こんなところにまで目がいかなかった。申し訳なかった◆

◆性別以外は概ね、フリックと同じという理解で差し支えありませんか?◆

◆ちょっと調べるよ。……うん、それで間違いなさそうだ。取り巻きも女子中心になるみたいだけど、それ以外はほぼゲームの「フリック」と同じ。家庭環境まで含めて◆

 神の態度は真面目だった。そもそもこのライバルキャラ、本人の性格ととある事情から、それほど主人公の邪魔をする人間性ではないから、役柄の割に重要性は高くない。

「アルト殿、聞いているのかね」

「あっと失礼しました。その豊かで輝く金髪、深みと貴さのある碧眼、よく通った鼻筋、整った口元などに見入ってしまい、お話をうかがい損ねてしまいました」

 自分は女たらしの才能があるのだろうか、とアルトは思う。

 しかしそれは違う。このフレデリカが役柄ほどの脅威にはなりえず、彼女の実態をゲームを通じて知っているため、邪魔者として半端でかつ根は良い子であると判断したからだ。

 ともあれ、すらすらとお世辞を言うと、貴い者にしては大層恥じ入った声で。

「……ふ、ふん、その口は女性を口説くことだけは得意なようだね、要点を嫌味なほど的確に押さえている」

 取り巻きたちも「まあ……!」などと言葉にならない様子。

「本心ですよ。あなたは侯爵家の血にふさわしい、華麗で可憐なお姿でいらっしゃる」

 ひたすら褒め立てると、彼女は「もう!」とだけ言って、すごすごと退散していった。

 何をしに来たのか、途中で忘れ去ってしまったようだ。

 そして、横でロナがふくれており、いつの間にか来たヘクターが「さすがアルト、勉強になるなあ。器用な男とはこうもたやすく……」などと勝手に尊敬していた。


 その日の夜、アルトが狭い自室でのんびりしていると。

◆ミッション・フレデリカと決闘して勝利せよ◆

「うわあぁ」

 あまりにも突然示されたミッションに、彼は変な声を出す。

◆決闘? どういうことですか◆

◆そのままの意味だよ。アルト君も、この国の決闘制度は知っているだろう◆

 この連合王国には、決闘という制度がある。何らかの要求を懸けて戦う……ことは基本的には認められず、ほとんどはその勝敗自体によって自らの正しさを喧伝するのみに留まる。ゆえにこの制度は積極的には使われない。

◆いや、知ってはいますが……それは運命へ反攻することに必要なのですか?◆

◆必要だね。天命を決定する手続は、神でないと理解しがたいけれど、とにかく必要だ◆

 口ぶりから察するに、天命、つまりミッションをどのようなものとし、いつアルトに下知するかなどの、ミッションの決定過程は、人類には理解できないものなのだろう。

◆分かりました。きっとそのあたりは聞いても仕方がないことなのでしょう◆

◆分かってもらえて助かるよ◆

 神がうなずく光景が見えるかのような声だった。

 ともあれ、決闘に際しては両者の合意と、戦っても両者が安全でいられる措置が必要となる。

 安全の措置については、学園ならば訓練場で特殊な魔道具を着けて行えば充分だが、問題は両者の合意……つまり、どうやってフレデリカをアルトと戦う気にさせるかである。

 現状、戦いに至る理由が全く見当たらない。どうにかしてひねり出す必要がある。

◆フレデリカと決闘する口実をどうするか、悩みますね……◆

◆ほのめかしても助言はできないよ◆

 つれない態度である。

 もちろん、以前も言われた「助言をすると運命への反攻が弱くなる」という理屈は、きわめて抽象的なものではあるが、アルトも覚えてはいる。

 しかし、だからといってフレデリカへの決闘申し込みを承諾させたり、相手から決闘を申し込ませるのに、いったい何をすればよいのか、現状、見当がつかない。

 ともあれ幸運にも、相手からこちらへの興味は、おそらく悪い意味でだが、あるようだ。

 とりあえず出方をうかがってみるしかない。なんせ今日が初対面の相手である。

◆まあ、助言なしでなんとかしてみます。神様のほうも色々事情があるでしょうし◆

◆そうしてくれると本当に助かるよ。これでも私はきみには感謝しているんだ◆

◆そうですか◆

 アルトはそれだけ伝えると、魔道具の灯りを消し、目を閉じて寝台に横たわった。


 翌日の昼休み。また侯爵家令嬢のフレデリカはやってきた。

 今回はなぜか、取り巻きもなく一人で。

「やあアルト殿、ずいぶん貧相なものを食べているようだねえ」

 アルトの昼食は、肉や野菜を薄いパンで挟んだ「ボルトナッチ」という食べ物である。

 ……平里に言わせれば、これはサンドイッチそのものである。それ以外の何物でもない。

「はあ、僕の好物で、使用人が毎日早起きして作ってくれるありがたい食事なのですが」

「駄目だ駄目だ、貴族の子女がそんなものに満足しては。……ど、どうだね、きみがよければ、私が選りすぐった一流の料理人に作らせた、この『ハリッツ』など食べてみないかい」

 自分が作ったものではないことが、彼女の性格をよく示しているだろう。

 そこで、ふとアルトは思った。

 基本的にフレデリカは単純な、直情径行の性格である。アルトが平里だったころの、特技の一つである煽り技術をもって挑発すれば、すぐに決闘を申し込むのではないか。

「フレデリカ嬢。貴殿はきらびやかな容姿をもっておられます」

「フヒ!」

 急な言葉に彼女は驚く。しかし驚くのはまだ早い。

「艶のある金髪。少し見るだけで吸い込まれそうな、深い碧の瞳。まるで名工による彫像のごとき造形。すらりとした四肢。容姿はまるで完璧です。国中探しても敵う者はいない」

 フレデリカは「そう、ウフ、フヘヘ」など困惑しつつも照れに照れている模様。

 ――しかし、ここからアルトの本領は発揮される。

「けれども、その内面は反吐よりも虫唾よりもなお汚い、泥と糞にまみれた何かとしか言いようがない!」

 彼女の顔面が、一気に蒼白となる。

「少しばかり成績において自分を超えるものを悪罵する。貴族として、いや人として恥ずかしいとは思ったことがないのですか!」

 彼女は絶句。

「しかも首席級に挑むならともかく、僕のような、ちょっと努力すれば勝てる相手に照準を定め、その少しの才能を否定しにかかる。やるならもっと上を目指せばどうか!」

 まだ彼の指弾は止まらない。

「おまけに、僕の大切な使用人に作ってもらったボルトナッチを、貧相だのそんなものなどと、あなたはものを作ってくれる人を何だと思っているのだ!」

 若干、平里の記憶が影響しているかもしれないが、まあどうでもよかった。

「あなたがその地位にいるのは、ご両親やご先祖の活躍もあるかもしれないけども、使用人や忠義を尽くす郎党が力を貸してくれたからでもあるだろう、その者たちをことさら見下し、その用意する食事をかくも下に見て、そんな人間に貴族の高貴さなど分かるものか!」

 いまにも泣きそうなフレデリカ。その様子を見て、彼は計略の大詰めを感じた。

 自分がミッションのために鬼畜のごとき言動をしていることは……とうに分かっている。

 しかし、彼にとってミッションとは半ば大義であり、半ば課せられた宿命である。

 一人の、ちょっと鼻につくだけの女の子を追い詰めてでも、やらなければならない!

「フレデリカ嬢、貴殿に少しでも貴族の心があるとすれば、やることは一つだろう!」

 彼女はもはや涙目である。

「決闘だ、僕と決闘をすべきではないか、その正しさをあくまでも信じるなら、もはや言葉は尽くした、あとは正しき者こそ勝つという天の定めを信じ、僕と戦え!」

 多少強引な流れだが、まあ、仕方がない。

 フレデリカは涙をこぼしつつも、ついに。

「私は、アルトとの決闘に、応じる、グスッ」

「よし言ったな、己の正義と、貴族としての品位を信じ、正々堂々と戦おうではないか!」

 彼は彼女の様子に少しだけ心を痛ませながらも、この時点でミッションが実質、すでに半分は成功したことに手ごたえを感じた。

 ロナとヘクターは、昼食をとることも忘れ、ただ圧倒されていた。


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