●07・ヘクターの友誼

●07・ヘクターの友誼


 翌日から授業は始まったが、アルトにとっては、すでにこれまでの学習で散々やってきたところ。さすがに居眠りはしなかったが、あまりにも余裕だった。

 そこで彼は、同級生の様子を、何気なしを装って注意深く観察した。

 あの「無敵の姫騎士」カトリーナ。そしてまたあの「賢者」ソフィア。

 二人とも彼と同じ、朱紐一号の学級である。昨日は色々ありすぎて、自己紹介もあまり聞かず、改めて驚く余裕がなかったが、ここにきて否応なく強烈に脅威を意識した。

 カトリーナはその美しい顔に似合わず、険しい表情で記帳を見ている。……と思ったが、そうではなく、巧みに居眠りをしていた。

 姫騎士の名が泣くぞ、とアルトは思った。

 一方、ソフィアは真剣に授業を聞いている。が、微動だにしない。

 どうやら彼女も居眠りしているようだ。きっとアルトと同じで、すでに散々勉強した内容だから、退屈……もとい、体力を節約しているのだろう。

 誰も彼も士気が低すぎる。

 そう思って他の生徒に目をやったところ、真面目に勉強に取り組んでいる男子生徒を発見した。

 おや、と注視する。

「ヘクター君、この経緯を簡潔に説明しなさい」

「はい、一礼と王族への敬意を失し、その挽回をするべく子爵は」

 彼の名前はヘクターというらしい。ゲームではおそらくモブの一人である。

 ただ真面目に授業を受けるだけでなく、事前の蓄積にものを言わせるでもない。

 いや、蓄積もあるし真面目でもあるのだろう。しかしそれ以上の美徳がある。

 なぜなら、彼が教官と対面の授業から、どうも蓄積にないものを能動的に探して、深く学ぶ姿勢を見せている……ように見えるからだ。

 これは結構な人物だ。

 彼はいたく興味を惹かれ、昼休みにロナと一緒にヘクターと話してみることにした。


 昼休み。

「ヘクター殿といいましたか」

 ロナを連れて声を掛けると。

「おお、ああ、貴殿はアルト殿!」

 満面の笑みで彼は答えた。

 あまりにうれしそうにしているものだから、アルトは質問した。

「……私のことを知っておいでで?」

「前から知っていたわけじゃないけど、大猪の話とか、風紀委員長の肝いりとか聞いてるぞ。実力測定の時も、武芸も割とできるし、魔道具の扱いも上手かったな。ついでに座学も結構な成績ときた」

 いつの間にかくだけた話し方。

 アルトもつい気軽に話す。

「ヘクターは……えーと」

「俺はそんな大したやつじゃないぞ。武芸だけならアルトより上だとは思うけどな」

「カトリーナとは?」

「ありゃあ無理だ。あの女子は正真正銘の天才だろ」

 男同士でキャッキャしている横で、ロナは少しふくれ面。

「ねえヘクター殿、私はすごくないの?」

「えっ、ロナ殿は……まあ……今後に期待だな」

「何それ失礼!」

 プンスカするロナだが、この言葉は実は間違っていない、可能性が高い。

 ロナは腐ってもゲームの主人公。推測ではあるが、ゲームと同じなら、高成長率のような素質を持っているはず。

 無意識にそこまで見抜いたとすれば、かなりのものだ。

「ところでアルト、お前は風紀委員会だったな」

「うん。僕はそうだ。生徒会との連絡役もすることになっている」

「そして私は生徒会で、風紀委員会とのつなぎ役をするんだ、すごいでしょ!」

 ふむ、とヘクターはうなずく。

「そうだな、アルトが風紀委員なら、俺もそっちに入るかな」

「えぇ、ヤダ」

 露骨に拒否するロナを無視して、アルトは答える。

「お、仲間になってくれるか。実は僕も、一人で風紀委員会に入ることに多少不安だったんだ」

「いいね。放課後にさっそく風紀室に行って、参加届に署名するかな。アルトは本当に面白いやつだから、きっと愉快な学園生活になるに違いねえ」

 言うと、ヘクターは豪快に笑った。


 放課後、二人は言ったとおり、風紀室へ向かった。

 しかし今日も多忙だったのか、風紀委員長レスリーと副委員長の男性しかいなかった。

 この副委員長、かつて彼と同期の学年一位と真剣勝負をして引き分けたらしい。そこで皆は半ば敬意を、半ば呆れを込めて「剣豪」と呼んでいるらしい。

 閑話休題。

 アルトはレスリーから活動の簡単な説明を受けた。


 風紀委員会は、抜き打ちを含む持ち物確認や、着衣などの検査をする。

 しかし、時には生徒同士のいざこざの仲裁や、学外に迷惑をかけた生徒の制圧と、その身柄の学校側への引き渡しも担当するという。……ある程度はゲーム知識で知っていた。

 もっとも、生徒の制圧の時点で、戦闘について劣勢が見込まれるか、風紀委員会が救援要請を発すれば、教官等が介入する。その救援班の教官は総じて達人であり、この段階になって取り逃すことはまずないという。

 また、教官が出てくるほどではない場合、生徒会との共同作戦になるという。これは以前説明を受けた通りだった。

 とはいえ、戦闘が見込まれたり、突発的に戦闘に突入することは、それほど多くはない、少なくとも主たる仕事ではないという。

 基本的にやることは、あくまで風紀の粛正。持ち物や着衣の検査、多少荒くてもせいぜいいざこざの仲裁で、しかも身分が高いなど難しい事情があれば、教官や学園長などの側へ案件を委ねることとなる。

 なお、風紀委員においてはその特殊性から、この委員会出身の卒業者の集まり「暁光の会」が大きな権威と一定の力を持つという。

「というわけで、なにか質問はあるかい?」

 レスリーがたずねるが、いまひとつ質問が思い浮かばない。経験したことがないのだから当然である。

「質問は、まだありませんが……私は精一杯頑張らせていただく所存です」

「私も全力で事にあたらせていただきます、ご指導よろしくお願い致します!」

「うん、いい気合いだ。まあやっていくうちに慣れるさ。力まず頑張れ」

 レスリーはへらっと笑った。


 ようやくアルトの学園生活が安定してきた。

 彼が家に帰ると、ミーシャが出迎えた。

「ただいま、ミーシャ」

「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

 ミーシャはぱあっと満面の笑み。

 王都に来てから、帰宅するということはこれが初めてではないが、アルトは準備やら学園に慣れることやらで、なにかと忙しかった。

 それも一段落し、ゆっくり、羽をうんと伸ばして自宅でのひとときを過ごせるのは、ここに到着してからは、今日が初めてかもしれない。

 彼は制服から着替えると、椅子に座って「うぅん」と伸びをした。

「今日の学園生活はどうでしたか?」

 そういえば彼女は、アルトが帰るたびに毎回、これを聞いてきたような気がする。

 しかしそれは不思議でも何でもない。なぜならミーシャは貴族ではないからだ。

 前述のとおり、学園は貴族の子女しか通えない。例外は、少なくともアルトの知る限り一例もなく、どんなに武芸や知に長けていても、平民は入学できない。

 平民向けの私塾はあるようだが、少なくとも学園の旗下ではないし、ミーシャも確か入ったことはないはず。

 つまり彼女にとって学園生活は、全く想像もつかない世界なのだろう。

 とすれば、アルトの語る学園生活は、貴重な、金にも勝る追体験に違いない。

「坊ちゃま、どうされましたか?」

 食卓に着くと、どうもアルトは難しい表情をしていたらしく、ミーシャがおそるおそる聞いてくる。

 貴族子女が使用人と食卓をともにしているのは、アルトが寂しいからである。

「いや……うん、学園でのことはなんでも僕に聞いてほしい。なるべく全部答える」

 言うと、ミーシャは喜び半分、戸惑い半分といった表情で。

「それはすごくうれしいのですが、いきなり、坊ちゃまはどうされたのですか?」

「ちょっとした心境の変化だよ。ミーシャはこれから六年間、ともに暮らす仲間だから」

 ミーシャはこの言葉にいたく感動したらしく、「フヒ、エッヘッヘッヘ」などと若干気持ち悪い笑い声を上げたが、どういうことかアルトにとってはあまり不快ではなかった。


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