●06・風紀委員長レスリー

●06・風紀委員長レスリー


 その後、学園内の各施設、寮制度、教本、移動教室、部活動と委員会と生徒会など、学園内の活動に必要な事項の説明、および諸々の準備がなされ、初日は放課となった。

 放課後ではあるが、生徒たちはまだやることがある。

「アルト君、部活とか委員会とか、どうする?」

 ロナがさっそく聞いてきた。

「そうだなあ。どうするか」

 特に考えていなかった。

 部活動と、生徒会を含む委員会は、基本的に同列の活動である。通例として、部活動と委員会を掛け持ちしている生徒はほとんどいない。例外的な生徒もあり、校則も特段禁止してはいないが、通常、それらはまとめて一択である。

 部活動。ここ貴族学校では、ざっとみて将来の領主としての仕事や、王都付の武官、文官の業務につながるものが多い。

 花形の戦術研究部、戦略研究部、街づくり部、貿易研究部などがまさにそうである。

 ほかにも農業部、野戦部、海戦部、治水研究部などがあり、また将来の稼業につながりにくいものも、剣術部、弁論部、魔道具研究部など充実している。

 なかにはゲームでは設定上しか存在しなかった部活動もある。

 ともあれ、では生徒会や委員会は将来を投げ捨てているのかというと、そうでもない。学校の自治を取り仕切る集団として、国の上層部となる人間を多く輩出しており、その派閥の力やつながりは、決して投げ捨てられるものではない。

 話がそれた。

 アルトは腕組みして言う。

「まあ、ぶらぶら見て回って決めようと思う」

「だったら、さ」

 ロナが不意にはにかみながら誘う。

「一緒に生徒会に入らない?」

「生徒会?」

 学生の自治の頂点。決して他の部活や委員会より偉ぶっていいわけではないが、学園の顔となるものである。

 もっとも、実際にする仕事は学校側の使い走りのようなものであり、特に一年生は、すぐに役員になれるわけでもなく、ヒラの身分で奔走するのだが。

「生徒会か……」

 生徒会長になれれば、確かに名誉であり、学園卒業後の社交や近隣との交流にもある程度優位に立ち回れる。歴代会長たちの派閥も殊に強力であると聞く。

 しかし。

「賢者ソフィア嬢とかと生徒会長の座を争奪して、勝てるとは思えないけどな」

 ソフィアが生徒会を志望しているかは、いまの段階では分からない。ゲームでも、ある程度の傾向はあるものの、誰がどの部活や委員会等に入るかは、一部を除いて、プレイのたびに変わりうるものだった。

 しかしロナはあきらめない。

「生徒会長にならなくても、べつにいいじゃない。卒業までヒラでも、『極星の会』の席に加われる。これはすごい名誉なことだよ」

 極星の会。要するに生徒会OBの会である。

「まあそうだけども、僕としては領主の仕事に関係のある部もいいと思っている……んだけど、どうするかな」

 そのとき。

「朱紐の一号教室はここか。アルト殿はおられるかな!」

 透き通った、しかし芯のある声が響いた。


 声の主は、風紀委員長だった。

「やあ、いきなりすまない。私は学園六年生、風紀委員長のレスリーという者だ」

 どこか気風の良さを感じさせるその女生徒は、にこやかにあいさつをする。

 ゲームと同じ性格である。

 もっとも、大人と子供の差だろうか、どこか圧を感じる。現在、アルトは十二歳で、レスリーはおそらく十七、八の年上である。

「怖がらなくていい。今日はアルト殿を風紀委員会に勧誘するために来た」

「風紀委員会に?」

「そうだ。貴殿こそ我々が求めていた人材だ」

 彼女のいうには。

「聞いたぞ、とてつもなく大きな猪を、十歳にして仕留めたのだったな」

「あれは、魔道具を総動員した結果で……」

「戦いに魔道具を使ってはいけないという法則はないぞ。実力測定でも才能が感じられたしな」

 なんでも、実力測定のうち、武芸と魔道具試験の様子を見て、剣術と魔道具の習熟の均衡が、高い水準でとれていると思ったという。

「しかし、強さなら『無敵の姫騎士』カトリーナ殿のほうが上ではないでしょうか。というか風紀委員会は戦いも業務なのですか」

 どうやら風紀委員は戦闘もこなすようだ。ゲームの知識で知ってはいたが、彼は念のため確認した。

「そうだよ。例外的にだけどね」

 その通りだった。

 ともあれ。カトリーナに対しては、魔道具を駆使するとしても、事前に綿密な戦略を立て、充分に魔道具を厳選した上で、その全てを効率よく叩き込まないと勝てないように思える。

「風紀委員は戦いもたまにするけど、強さばかりでは務まらないんだよ。我が委員会では、伝統的に『文武両道』の教えが受け継がれていてね。頭もそれなりに冴えていないと、教えに沿わないだけでなく、風紀委員として異変を発見することも満足にはできない」

「学力なら『賢者』ソフィア殿が」

 言いかけて、彼は口をつぐんだ。

 ソフィアに白兵戦は向いていない。魔道具込みでも強いとまでいえるかどうか。

「まあ、そういうわけで、きみさえよければ風紀委員にぜひ入ってほしい」

 レスリーはニコニコとして手を差し出す。

 だがしかし。

「僕の友人、ロナに生徒会に誘われていまして」

「ほう?」

「ボクが先に提案したんだよ!」

 アルトは経緯を話した。

「なるほど。しかしそれなら、どうにかできそうだぞ」

「えっ、どういう意味ですか」

「風紀委員会は、性質上、生徒会と共同の仕事や合同作戦をとることが多くてね」

 説明によると。

 風紀委員会と生徒会は、連絡と連携を密にするために、互いにつなぎ役を用意し、何かあった際には迅速に意思疎通をする。

 もちろん、つなぎ役もただつなぐだけでなく、普段は各々の事務をし、風紀委員会においては場合においては戦いに参加する。そして生徒会側のつなぎ役も、場合に応じて率先して助太刀をする。

 なお、ゲームでは省略されていた部分のようだ。

「生徒会長にはロナ殿がその任に当たるように、話を通しておく。それなら懸念は晴れるんじゃないか」

 完璧な説得だった。

 ロナも反論が出ないようだった。

 アルトは口を開く。

「むむ……しかしただ戦うのでは成長というものが上手くいかないかと。誰か強い方に稽古をつけていただければいいのですが。特に僕は、とある事情で、あとで手合わせでカトリーナ殿に勝たなければなりませんし」

 ミッションの核心に迫ることを彼は口にしたが、神は別段怒らないようだ。

 おそらく、神の存在や運命の脅威に言及しなければ、そのあたりは自由でいいのだろう。

「なるほど。それなら私が自ら稽古をつけよう。武術も魔道具も自信がある。これでいいかな?」

 とうとうアルトは反論の材料がなくなった。

 それに、乞われて登用されるのは、とても恵まれていることだと彼は思う。

 前世で社会人だった平里の知識が、そう思わせているのかもしれない。

「それなら……謹んで参加させていただきます。ロナもいいだろう?」

 問われたロナは、複雑な表情をしながら。

「まあ、うん……そうだね、うん、そうだ」

「よし、話は成立したな。さっそく風紀委員会の案内といきたいところだが、あいにく面子のほとんどはいまは各所へ散っている。今日のところは、そうだな、とりあえずこの委員会参加届に署名してくれ」

 言われるがまま、アルトはペンを走らせた。


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