●05・実力測定
●05・実力測定
それから入学前の「あること」の日まで、彼は荷解きや住居の掃除などをしつつ、ロナとも連絡を取り合い、たまに会うなどして過ごした。
忙しい日々だった。だが、本番はここからである。
「アルト君、実力測定の話は知ってるよね?」
ロナの問い。
「ああ」
学園は、貴族なら基本的に全員入らなければならない、いわば貴族の義務教育である。例外が認められるのは、よほど特殊な事情を持つ者のみである。
したがって入学試験はない。だが、かといって学園側が新入生の実力を何も把握せずに教育を施すのも無理がある。
そこで「実力測定」という名の試験がある。
領主や中央付きの武官、文官に必要な座学の知識のほかに、武芸の腕前、魔道具の心得なども試される。
もっとも、学級分けは身分や力関係などを考慮し、実力測定の前にすでに決まっているはず。つまり、実力測定は学級分けのための試験ではない。あくまで今後の学級運営の参考にするにすぎない。
ゆえに緊張する必要はない。本当にただの「測定」なのだから。
なお、ゲームには設定上しかなかった要素である。ほぼいつでも主要人物の能力値を見られる仕様だったから仕方がない。
「いい成績になるといいね」
「そうかな。気負わないでぼちぼちやればいいと思うけども」
実力測定に伴うミッションも特に下されていない。アルトが緊張する理由はどこにもなく、むしろ同級生となる生徒たちの力量が測れて好都合ですらある。
「もう、アルト君はやる気を出しなよ」
「はいはい。頑張る頑張る」
くだけた言い方で、彼はきわめて適当な相槌を打った。
アルトの実力測定の結果は、まあまあ良かった。
座学の試験は、採点に数日ほどかかるらしいが、手応えとしては上々、八割と少しはとれそうだ。
もっとも、ゲームにおけるヒロインの一人である高学力者「ソフィア」ほか、高学力層と思しき生徒の集団からは「九割いったか?」だとか「九割五分には少し届かなさそう」とかいう声が聞こえたので、おそらくアルトは頂点の層ではない。
武芸は試験官と一対一の試合形式だったが、これもやはり第一位には及ばないと思われた。
特に、ゲームにも出てきていた「無敵の姫騎士カトリーナ」は素晴らしい、というか恐ろしい実力で、試験官に対し終始優勢だった。もっとも、試験官はやはり単純な勝敗を見ているわけではないようで、途中で「試合終了、次!」と打ち止めにしていた。
魔道具はアルトもかなりいい成績を出したが、これもまた、上には上がいた。
アルトは早期からの事前の鍛錬によって力を伸ばしたのだが、どうやら同じことを考えていた貴族子女もいたようだ。入学前までの積み重ねなしでいきなりでは、おそらくアルトを上回ることはできなかっただろう。
アルトも精一杯準備をしたつもりだが、現実はそう簡単にはいかないらしかった。
なお、ロナは平々凡々な成績となりそうだった。
仕方がない。ゲームの主人公ロックの初期能力は、あまり高くない。最初から高いとゲームにならないからだと思われる。
とはいえゲームを快適にするために、ロックには最初からある程度の能力は備わっているし、なにより成長率が高い。そうでないとゲームが、ただの「凡人が普通に頑張る物語」になってしまうからだろう。
そして、ロナもそれは同じであるようで。
「試験官の動きとか勉強になったなあ」
勤勉なのかのんきなのかよく分からないことを漏らしていた。
一週間後。
校長のあいさつ、新入生代表ソフィアの「入学の辞」、その他何人かのお言葉を聞き流し、アルトは自分の教室に入った。
朱紐の一号教室。そこで新入生たちはあいさつをする。
アルトは周りを見渡し、しかしそこでこの学級が一筋縄ではいかないことを悟った。
高い学力で「賢者」などという仰々しい二つ名を、さっそく称され始めたソフィア。そして「無敵の姫騎士」、武芸においては同学年では並ぶ者のない、十二歳にしてとても怖い武人のカトリーナ。
どちらも、容姿まで優れているから始末が悪い。
……と思ったが、おそらく、存在感があり実力も有し、そして二つ名まで付いて何かと目立つこの二人が、学級の面倒ごとを一手に引き受けてくれる……ような気がするから、アルトは安心してミッションに取り組める。
それに幸いにも友人であるロナも同じ学級であり、何かと助け合える。
と思ったところ。
◆ミッション・定期試験で『賢者』ソフィアより上位の成績を挙げろ◆
◆ミッション・『無敵の姫騎士』カトリーナに武芸のなんらかの試合で勝利せよ◆
うわぁ……。
アルトは頭を抱えた。
定期試験は、ゲームと同じであれば、各学年の春夏の「前期」および秋冬の「後期」――この学園は二学期制である――に中間と期末のそれぞれ二回ずつ行われる座学の試験である。なお、実技要素の強い科目は試験を特段行わず、普段の平常点のみで成績を判断する。
◆嫌なミッションですが一応お聞きします。この定期試験とか、なんらかの試合……とか、いつのものですか?◆
◆いつでも。直近でもいいし、卒業直前でもいいよ。試合もきっかけや性質を選ばない。武芸が主たる中身の試合であれば、魔道具とかの使用もありだよ◆
◆むむ……◆
神の返答に、彼は考え込む。
きっと、後回しにしてはどんどん達成が難しくなっていくだろう。まだ学力や戦技が伸び始めの、直近の舞台でさっさと追い越す、短期決戦のほうが望みがあるように思える。
それに、カトリーナとの試合については、少なくとも神の宣言したミッションの内容としては、魔道具の使用が許されている。そしてアルトの魔道具の習熟度に関しては、幸いにも、実力測定を観ていた限り、無敵の姫騎士カトリーナより上の次元にある。
つまり、魔道具を厳選し戦略戦術を綿密に練れば、素の武芸で劣っていても、なんとか勝てるのではないか。
問題は賢者ソフィアのほうだが。
――盤外戦で体調を崩させるとか。
アルトは己の発想に……歓喜した。
手段は選んでいられない。まさに天啓。別に神が送ってきた助言ではないが、それはどうでもいい。
これしかない!
◆なかなか、こすいことを考えているみたいだね。まあそれでもいいよ。特にそういった禁止事項は導かれていないからね◆
神のお墨付きである。
一人で得心していたアルトは、ふと、関係のないことではあるが気づいた。
無敵の……「姫騎士」ってなんだ?
姫なのか騎士なのか。身分を表す言葉同士で、まともに衝突しているのではないか。
それに、カトリーナは王家の姫殿下でもなく、本人も親族も騎士の叙勲を受けていないはず。
姫でも騎士でもない、ただの貴族子女が、その矛盾する二つ名を背負っている。
不思議極まる。
そう思ったが、隣席のロナから「アルト君、自己紹介の出番だよ!」とつつかれて、まあ二つ名ならなんでもありか、と考え直し、無難に自己紹介をした。
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