●04・入学の時

●04・入学の時


 アルトが功安の領地に帰った次の日、父に呼び出された。

「アルトです、入ります」

 領主の部屋に入ると、父である功安伯テッドが、なにやら指輪を用意していた。

「アルト、改めて言わせてもらう。……先日のロナ嬢をお救いした件はご苦労だった。いや、お前を危険な目に遭わせたわしもうかつだった。申し訳なかった」

 唐突なあいさつだった。

「私は気にしておりません。それより、御用があるのでは……?」

「うむ、気にしていないならよいが」

 なんせミッションだから仕方がない。彼は心の中でひとりごちた。

「わしもこたびの活躍を聞いて考えた。お前は魔道具の使い方に長けている。大猪を打ち破るほどに。そこで今後の経験のため、あるいは戦いに入ったときのために、武具庫から魔道具を持ってきた」

「はあ」

「この指輪をお前に与える」

 トン、と机の上に魔道具の指輪を置いた。

「これは……」

「閃光の指輪。はめると指先から光線を撃てる代物だ」

 アルトが本で得た知識をたどる限り、一品ものではないが、かなり高価な代物のはず。

「ただし、この指輪の真価を発揮するには、魔道具の扱いに熟練する必要がある。全くの素人では、当たった部位にわずかな火傷を負わせられるだけと聞く」

 テッドは指輪を陽にかざす。

「だが、極めれば強力な魔道具にもなるという。わしはそこまで才がないから分からないが、お前はその極みを見る資格がきっとある」

「そうでしょうか?」

「そうだ。魔道具だけで大猪を退治するほどだからな。いまも鍛錬を続けているのだろう?」

「それは、おっしゃる通りです」

 それに、よく考えれば、経緯はどうあれ自前の魔道具を持てるのだから、素直に受け取るべきであろう。

「そうですね、分かりました、ありがたくちょうだいいたします」

「それでよい。きっと長きにわたって、その指輪は相棒ともなるだろう。ハッハッハ!」

 テッドが満足げに笑った。


 さっそくアルトは、閃光の指輪の、現在の威力を試してみた。

「閃光よ!」

 指先から光線が放たれ、鉄の的を撃つ!

 ……的に小さな穴が開いたが、それだけだった。

 アルトは考える。

 少なくとも現状、鎧武者には牽制程度の火力しか発揮できないことが分かった。

 しかし。

 鉄の的に穴を空けることができるのなら、軽装の敵や、相手の装甲に覆われていない急所を狙えば、それなりに傷を負わせることができるのではないか。

 それに、貴族学校に入学するまであと二年ある。

 その間にこの魔道具に習熟し、心身の修練に励めば、入学の時点でそれなりに強力な武器となるのではないか。

 現時点ではいま一つでも、まだ時間はある。先行きは必ずしも暗くはない。

 いまできることをやるだけだ。

 彼は穴の空いた的を見つつ、次の的へ、もっと集中して狙いを定めた。


 アルト、十二歳の春。

 とうとう貴族学校入学の季節がやってきた。

「アルト……」

 心配するテッド。

「父上、私はこれまで、立派な貴族になるために鍛錬を続けてまいりました。父上が心配がることは何もありません」

 早朝の陽を浴びながら、アルトは馬車から穏やかに話す。

「それに、ミーシャがついてきてくれますし、定期的にお手紙も差し上げます。長期休暇では領地へ帰ってきますし、そのときには学園の話を手土産に盛り上がりましょう」

 功安伯は、王都の中に小さな住宅を持っており、アルトは卒業までそこで寝泊まりする。それにあたって、専属で彼の世話をするのがミーシャというわけだ。

 なお、貴族学校――すなわち学園には寮もあるが、テッドの意向で寮は避けたようだ。もともと伯爵家以上の貴族は寮に住まないものも多く、また寮には黒い噂や身分等を理由としたいざこざがあるらしく、これを避けるのは賢明であろう。

「しかしアルト……」

 まだ父は名残惜しいようだ。

「父上、しっかりなさいませ。これが今生の別れというわけでもありません。私は大丈夫、私は大丈夫なのですから」

「うむ……そうだな」

 テッドの目に少しずつ光が戻る。

「腹を据えなければならないな。アルト、決して無理せず、平穏無事に学園での生活を送ることだ。分かったな?」

「分かりました」

 それはミッション次第ですね。

 彼はその言葉を呑み込んだ。

「さて、いつまでもこうしていても仕方がありません。御者が出発を待ちわびていますし、これ以上遅れると王都への入りに差し障りがあります」

「そうだな。よし、行ってこい。手紙はこまめに送ってくれ!」

「しばしお別れいたします。父上もお元気で!」

 言うと、馬車は動き出した。

 ここに、アルトと平里の戦いは、ようやく本当の始まりを告げたのだった。


 早朝に出発したので、なんとか夕暮れ時には王都の居宅に着いた。

 もっとも、入学式まではまだ日数がある。出発を早朝にしたのは、道の途中で夜になると色々支障があるからだ。

「ここが当面の拠点か」

 アルトはつぶやく。

「そうです。ここで私と坊ちゃまは二人で暮らすことになります。エッヘッヘ」

 最後の気持ち悪い笑みが気になったが、ともかく彼は中へ入り、家を一通り見て歩く。

 外からみても普通の住居だったが、中も至って平凡な造りだった。

 強いていえば堅牢そうな金庫がある。万一泥棒に入られても、ここに貴重品などを入れておけば、最低限の被害で済みそうだ。

 もっとも、出入り口の鍵も最新鋭のものであり、開けられることはめったにないだろう。

「坊ちゃま、私はこれから最低限の買い出しに行ってまいります。なにか召し上がりたいものとか、欲しいものとかはありますでしょうか」

「特に無いなあ。夕食はミーシャの食べたいものにするといい」

「ふふっ、背伸びして紳士ぶる坊ちゃまも可愛い」

「うん?」

「なんでもありません。では、坊ちゃまは入学の準備でもなさっていてください」

 言うと、彼女は鼻歌交じりで買い出しへ向かった。


 翌日、アルトがミーシャと二人で荷物の木箱を開けて整理していたところ、扉を叩く音があった。

「ごめんください。遼雲伯家のロナです」

 思わぬ来客。

「驚いた、ロナか……でもいまはまだ荷解きが終わっていないな」

「アルト様、ここは私に任せて、お昼も近いことですし、軽食のお店に行かれては」

「ミーシャはそれで大丈夫か?」

「もちろんです。アルト様、ここは使用人の仕事より貴族の交流を選ぶべき場面ですよ」

「それもまあ……そうだな」

 彼は頭をかいた。

「よし、ちょっと行ってきます。ミーシャ、頼んだよ」

「いってらっしゃいませ」

 彼は扉を開けると、ロナに事情を話した。


 軽食の店で、ロナは口を開く。

「いやぁ、きみも王都に引っ越していたんだね。ボクたち、最初に出会ったのは大猪の時だったかな?」

「そうだね。あの時は本当に、苦労した」

 苦労したのは本当である。予期していたので準備を尽くしてはいたが。

「改めて……久しぶり、アルト君」

 微笑み。

 もし人間を花にたとえるなら、きっと彼女はこれ以上なくそのたとえが似合うに違いない。

「どうしたの?」

 彼は我に返った。

「ああ、いや、そうだな」

 改めて彼女をよく見る。

 背丈は伸びている。それでいて身体全体は「やせぎす」ではなく、適度に肉がついている。

 ――特に胸部は、十二歳にしては実っている。

「ねえアルト君、さっきから上の空だよ?」

「はっ、おお、すまない」

 再びアルトは現実に戻った。

 自分は小児趣味では決してない。ただ、年齢不相応な部分につい目がいってしまっただけだ。

 ……などと、平里でもあるアルトは必死に言い聞かせた。

「ボクたちにとって、この二年間は空白だった。アルト君、その間の話を聞かせてよ」

「別に構わないけども、二年間、手紙を出すこともできたのではないか?」

 アルトは修業と勉強に忙しくて、手紙を出すことをすっかり忘れていた。

 しかしロナは必ずしも彼と同じではなかったのではないか。

「実は領内が荒れていてね……そんな余裕はなかったんだよ」

「荒れていた?」

 反乱や大規模な一揆が起きたという報せは来ていなかったはず。

「まあ、兵を起こすほどではなかったけど、領内の利害の調整がなかなか上手くいかなかったみたいでね。もちろんボクが直接動いたわけじゃないけど、のんきに文通ができる空気じゃなかったというか」

「なるほど」

 ゲームでいえば開始前の事情。アルトが知らなかったとしてもおかしくはない。

「それより、アルト君の話を聞きたいな」

「僕の話か。あまり起伏のある話ではないけども」

 言って、彼は主に自己鍛錬の話をした。


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