●03・大猪を倒せ
●03・大猪を倒せ
功安側と遼雲側、双方とも、少なくとも表面上穏やかでにこやかなあいさつを済ませ、早速狩りが始まった。
アルトとロナの班、もとい二人組も、小規模な森に入って獲物を探す。
ゲームでもこの森は、チュートリアルのステージだということもあって、それほど広くなかった。景色も現実のこの森とほぼ同じである。
とすると、遭遇地点はだいたい推測できる。
◆ミッション・森に棲む大猪を仕留めろ◆
「うお!」
アルトが初めてのミッション受信に、短く声を出す。
「どうしたの、アルト君」
「いえ、なんでもありません」
ミッションを受信したということは、この森に件の大猪がいることと、彼らがそれと遭遇することは確定したのだろう。
と、彼はとあることに気づいた。
「ロナ嬢、周りに気をつけてください。ここで待機し、待ち伏せの構えを取るのがよろしいかと」
この状況では、大猪と戦うのに、こちらから攻め入るよりは有利に展開できるだろう。
実際、アルトは罠など伏兵に有利な魔道具を持ってきている。
「そんな。狩りの旨味は、自分たちで獲物に先んじて仕掛けることじゃないの?」
「地面をご覧ください」
無数の、獣の足跡。
「この辺を通る獣たちは多いようで、中にはかなり大きい足跡もあります。やみくもに歩き回るより、ここで待ち伏せしたほうが実入りは大きいと思います」
足跡を見つつ、彼は考える。
大猪も獣である以上、絶えず移動しているようだ。ゲームの状況ばかり考えていたので盲点だった。
とすれば、一点で待機、罠や地形を準備して警戒の姿勢に入り、こちらから「後の先」を仕掛けたほうがよい。
「面倒だなあ。分かったけどさ。……あとボクのことは呼び捨て、敬語は無しでいいよ」
唐突に呑気なことを言うロナ。
とはいえ、貴族が異性の下の名前を呼び捨てするのは気が引ける。
「分かった。善処しよう、ロナ嬢」
「嬢もなしで!」
「それはできない。貴族として最低限の、高貴な敬意は捨てられないよ」
言いつつ、彼は地形を確かめ、どこに何を配置するか、どの魔道具をどう使うか、計算を始めた。
ロナは「石頭!」と不機嫌そうな言葉を投げるも、口元はニマニマしていた。
その能天気さは、果てしもなく不安だった。
アルトは、生命反応を探知する魔道具で、大猪と思われる存在を感知した。
「来た、まずはそこの大きな木の陰に隠れよう」
二人が隠れてほどなく、大猪が姿を現した。
歩くたびに、かすかに地が震えるほどの巨体。見るだけでも剛としているのが分かる体毛。暴風を内に秘めたかのような眼。
まともにやっては、並の人間では敵わないということを、その全てが教えている。忠告している。
だからまともな方法では挑まない。
「いまだ、結界よ!」
アルトがあらかじめ設置していた魔道具に意識を集中し、発動させる。
正方形の魔法陣が展開され、大猪の足、のみならず全身を何重にも拘束する。
「グゲッ!」
大猪は何かに自分が縛られているのを感じたようだ。
「次はこれだ!」
彼は火力の本命を取り出した。
炸裂槌。槌という名ではあるものの、飲み物のビンのような形をしている。
彼はそれを三つ、大猪の足元に転がす。
「グゲ……?」
「炸裂槌よ!」
一気に集中し、木に隠れつつ起爆!
轟音。光と熱の濁流。爆風が空間を震わせる。
「グゲエェ!」
使い捨て魔道具の中では屈指の威力。
それを三発も浴びた大猪は、しかし。
「グゲッ……!」
まだ生きていた。
「しぶといなあ。でも僕の手持ちもまだある」
木陰から出たアルトは、剣の形をした魔道具を発動させる。
「裁きの大剣よ!」
その剣はアルトの頭上でにわかに大きくなり、まるでおとぎ話の巨人が持つかのような大剣になった。
「行け!」
その剣は求めに応じ、大猪の首を落とした。
「グッ……!」
その首は宙を舞い、木に当たって地面を転がった。
十歳の精神力で立て続けに魔道具を使い、疲れたアルトへ神の通信。
◆初のミッションを達成したね。おめでとう◆
彼は木にもたれながら、その報せを聞く。
返信するのもおっくうだった。
「アルト君、大丈夫?」
ロナが問うと、彼は返した。
「……なんとか……」
戦いも危なかった。
足止めの結界と炸裂槌はともかく、裁きの大剣は高価な代物で、テッドから借りたものである。
足止めのあと、すぐに裁きの大剣を使えば、大猪をすぐに仕留められた。それにもかかわらず炸裂槌でどうにかしようとしたのは、価格の高さという事情があったためである。
出し惜しみ。そして敵の戦力、堅さを見誤った失態。
それにもかかわらずアルトが最終的に勝利したのは、ひとえに幸運によるものだろう。
反省しなければならない。
「お嬢様、アルト殿!」
声がした。
ゲームでは負けイベントのあと、非常に腕の立つ、遼雲の中隊長とその隊員がやってきて、大猪を倒す。
その筋書きのとおり、中隊長が兵を引き連れてやってきた。
「おお、お嬢様にアルト殿……そしてあれは……」
「大猪です」
アルトが答える。
「まさに、巨大な獣を見つけたので引き揚げることをお伝えしに参ったのですが……これをお嬢様と貴殿が……?」
「いや、ボクは見ているだけだった。アルト君がいてくれなければ、ボクは死んでいた」
ロナが、まだ恐怖が抜け切れていないのか、震えながら、しかし気丈に報告する。
死を間近に感じていたのに、十歳の幼さでも泣かないのは、さすが貴族の子女といったところだろうか。
「アルト殿が、そうか……。アルト殿、お嬢様を救っていただきありがとうございました。感謝の念に堪えません」
いえ、僕もミッションをこなしただけです。
……とは言えない。
「当然のことをしたまでです。困っている淑女をお助けするのは、貴族の使命の一つです」
そして、やらなければ僕もやられていました。
……とは言えない。言えないというか、言わなくてよい。
「おお、そうですな、アルト殿は立派な方です。――とりあえず戻りましょう。まだ危ない獣はいるかもしれませぬゆえ」
「分かりました」
いくぶん回復したアルトは、ロナに肩を貸しつつ、その場から撤退した。
その日の夜、アルトは遼雲伯家の夕食に呼ばれた。
席には遼雲伯の家族、功安伯テッド、アルト……だけでなく、今回お呼ばれした主要な貴族と子女全員の姿があった。
予定通りといえば予定通りなのだが、その内容は全くもって予定通りではなかった。
「さて、各々方、準備はよいかな」
貴族たちはうなずく。
「では……我が娘、ロナを窮地から救った小さき英雄、アルト殿のご健勝を祈って、一献!」
貴族たちが「一献!」と復唱し、木の盃を軽く打ち鳴らした。
一通り儀式を終えると、さっそく遼雲伯と数名の貴族がアルトのもとへやってくる。
「アルト殿、貴殿には大変感謝しております。ロナの窮地を救っていただき、衷心よりお礼申し上げますぞ」
深々と頭を下げる遼雲伯。
「どうか頭をお上げください。私はちょっとした危難を打ち払っただけです」
「いやいや、これでもわしは本当に感謝しているのです。……聞けば、様々な魔道具を華麗に使い分け、猪を仕留められたとのこと」
この発言、アルトの武技自体には触れていない。ということは、彼の武芸そのものはそこまで達者ではないと知れているのだろうか。
などと考えて、彼はその考えを振り払った。
十歳が武芸だけで大猪を圧倒できるとは、何も言わなくとも誰も思わない。それに中隊長が戦いの直後を見ており、それが純粋な武技によるものではないことは、中隊長も当然把握したはず。
そこまで考えつつ、彼は返答した。
「華麗に、かどうかは分かりませんけども、主として魔道具の力によることは確かです」
「おお、やはりそうでありましたか」
遼雲伯はニコニコと。
「これは将来が楽しみですな。時機をみて適切な魔道具を使い分ける、その優れた知力こそ難局を切り抜ける力となりましょう」
社交辞令の時か?
彼は適当に相槌を打ちながら、話を流した。
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