第44話:上総介

天文19年4月21日:駿河小山城:前田上総介利益18歳視点


「前田殿、殿からのお言葉を伝える。

 京の朝廷に奏上して上総介の官職を頂いた。

 都合の良い日に尾張に戻って来い、正式に授ける」


「はっ、有難き幸せでございます、殿には良しなにお伝えください」


 信長が朝廷に銭を積んで官職を手に入れてくれた。

 武功の多い者に与える領地がない時に、普通なら受領名を与えるのだが、今回は俺の武功があまりにも多いので、朝廷に奏上してくれたようだ。


 まあ、その銭も俺の御陰で稼げたのだから、有難がることもない。

 その気になれば、信長を通さなくても手に入れられる。


 ただ、信長も頑張っているし、義祖父殿に活躍の機会を与えてくれた。

 信長の軍師に取立てられ若返った義祖父殿を見れば、多少は信長を立ててやろうという気になる。


 それに、信長には少々運の悪い事があって、かわいそうに思っていたのだ。

 清州城を落とすのに活躍してくれた、優秀な叔父の1人が死んでしまった。

 事も有ろうに、奥方と不義密通していた家臣に殺されてしまった。


 稲葉地城を守ってくれていた、守山城主の織田信光を失った事は、これから美濃のマムシと織田伊勢守信安を打ち倒そうとしている、信長には手痛いできごとだった。


 織田信光殿の嫡男市介殿はまだ元服前で、織田信光殿の代わりは務まらない。

 だからと言って、あれだけの武功を挙げ忠義を尽くしてくれた織田信光殿の嫡男から、城も領地も取り上げられない。


 やれる事と言えば、信長も市介殿も納得できる後見人か陣代を立てる事だ。

 だが両家とも、戦国乱世で信頼できる家臣を数多く失っている。


 優秀な大将を失った家からは、足軽はもちろん家臣も逃げてしまう。

 誰だって死にたくないのだ、勝てる大将を求めて逃げて行く。

 織田信光の率いた勇猛果敢な軍勢はなくなってしまった。


 その元凶である、織田信光殿の奥方を誑かした坂井孫八郎には、美濃のマムシの陰があると、義祖父殿の手紙に書いてあった。


 美濃のマムシは本当に油断ならない。

 くれぐれも気を付けていただきたいと書いた手紙を義祖父殿に送った。

 同時に、百合の事を守ってくれるように頼んだ。


 だが、ここで攻め手を緩めないのが織田信長だ。

 手に入った莫大な銭を使って数多くの足軽を集めた。

 集めた足軽に自分が考えた新たな武器を持たせた。


 莫大な銭を使って雑賀と根来から集めた、鉄砲を貸し与える鉄砲足軽組。

 三間半という非常識に長い槍を持たせた長柄足軽組。

 敵個人を狙いうのではなく、面に矢を降らせる弓足軽組。


 これまでの戦とは全く違うやり方をするようだ。

 大河ドラマの知識程度しかないが、鉄砲の三段撃ちで武田騎馬隊を滅ぼす。

 長槍で敵の足軽を一方的に叩き、戦国乱世を駆け抜けるのだ。


 だが、義祖父殿の手紙では、鉄砲と長槍の足軽組を作った事で、これまで以上に譜代衆から嫌われたとあった、何故だ?


 信長が全戦全勝なので、表立って逆らう者はいない。

 だが裏では敵に寝返ろうとしていると言う。

 譜代の連中は信長の事を全く信用していない。


 いや、違うな、俺も職人だったから分かる。

 これまで命懸けでやってきた事を否定されて怒っているのだ。

 鉄砲や長槍を使った戦いなどやった事がないから、一から学ばなければならない。


 良い物を作ろうというだけの事でも、新しい技術を取り入れるのは怖い。

 まして命がかかっている戦だ、新しいやり方を押し付けられるのは耐えられない。

 これまで通りの戦のやり方で勝ち続けている、美濃のマムシを頼りたいのだろう。


 俺が尾張に戻って上総介の官職を授かって戻ってきたら、甲賀衆がとんでもない知らせを持ってきた。

 百合と幸せな刻を過ごした余韻が吹き飛んでしまった!


「殿、今川治部大輔が戦の準備をしております」


「……今川治部大輔は馬鹿なのか、俺に勝てないのがまだ分からないのか?」


 俺は一緒に報告を聞いていた奥村次右衛門にたずねた。

 以前に話した時には、東海一の弓取りとまで言われる今川義元は、俺との野戦を避けて籠城戦をするだろうという結論になった。


 籠城戦と言っても、並の大手門なら俺の剛力で叩き潰せる。

 急いで大手門を補強するとともに、大手門に近づいた俺を確実に殺せる策を考えているだろうから、うかつに大手門に近づけないと話していた。


 恐らくだが、大手門を左右や上から狙えるようにするのだろう。

 矢だけでは、俺の体を完全に覆う鎧は射貫けないから、信長が手に入れたのと同じ、鉄砲で狙うのだろうという結論になった。


 鉄砲にも色々あって、安い鉄砲が放つ小さな鉛玉程度なら、俺の鎧で防げる。

 だが、大きな鉛玉を放つ高価な鉄砲は、俺の鎧すら貫く。


 強者と力を尽くして戦い、敗れるのなら納得できるが、鉛玉に殺されるなんて、とてもじゃないが耐えられない!


 そう思ったから、今川館に攻め込むのを止めていたのに、わざわざ今川治部大輔から攻め寄せてくると言うのは……


「いえ、恐らくですが、違います」


「何かの罠、新しい戦の仕方を考えたのか?」


「いえ、今川治部大輔は上様の罠にかかったのです」


「殿の罠だと?」


「はい、殿が上様から授かった上総介の官職ですが、今川家の当主が祖先の武功にあやかろうとして、若い頃に1度は名乗る官職なのです。

 今川治部大輔とすれば、馬鹿にされたも同然。

 それでなくても国人地侍の離反が相次いでいます。

 ここで戦を挑まなければ取り返しのつかない事になると判断したのでしょう」


「信長の野郎、何も言わずに、そんな危険な官職を寄こしやがったのか!」


「上様も殿に話すほどの自信がなかったのでしょう。

 私と同じように、今川治部大輔が挑発に乗る確信がなかったのでしょう」


「奥村次右衛門がそう言うなら我慢してやる。

 だが、これは好機なのだよな?」


「はい、怒り狂った今川治部大輔は、冷静な判断ができなくなっているようです。

 ここで殿に勝って人質を解放できれば、一気に挽回できると思っているはず。

 鉄砲には気をつけなければいけませんが、一気に勝負をつけましょう」


「人質をここに連れて来るのに、そういう理由があるのなら、最初からそう言ってくれ、反対していた自分が恥ずかしくなる」


「申し訳ございません、成功する確信がなかったので黙っておりました。

 次からは成功するか失敗するか分からない策も伝えさせていただきます」


「頼むぞ、恥をかくのは嫌なのだ。

 今川治部大輔を迎え討つ策、任せるぞ!」

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