第45話:今川治部大輔義元と鉄砲
天文19年5月20日:尾張清洲城:織田三郎信長17歳視点
黒鬼がまたやってくれた!
攻め寄せて来た今川義元の軍勢を完膚なきまで叩いてくれた。
度重なる敗走で、今川義元の武名は地に落ちた。
ただ、今川義元も黒鬼には備えていたようだ。
大きな鉛玉を放つ高価な鉄砲を複数用意していた。
小さな鉛玉を放つ鉄砲も数十用意していた。
先鋒を叩きのめして今川義元の本陣に迫る黒鬼に、鉄砲を放った。
今川義元はともかく、鉄砲を持った武者は黒鬼を恐れた。
鉄砲の事が良く分からず、まだ黒鬼が遠い場所にいるのに玉を放ってしまった。
今川義元は、黒鬼を討ち取る唯一の機会を失ってしまった。
だが、ここで黒鬼がいったん兵を下げた!
あの勇猛果敢で天下無双と思われた黒鬼が、鉄砲を警戒して兵を引いたのだ!
やはり余は間違っていなかった!
あの黒鬼が警戒するくらい、鉄砲は強力な武器なのだ。
敵を十分に引き付けて放てば、一網打尽にできる!
問題は、一度放つと、次に放つ準備に時間がかかる事だ。
そこさえ改善できれば、足軽が強力な兵力になる!
鉄砲を警戒した黒鬼は無理な追撃をしなかった。
全く追撃しなかった訳ではないが、鉄砲の間合いまで近づかないようにした。
逃げ遅れた国人地侍や足軽を捕らえて人質にした。
矢の届く所まで追いかけたら、それ以上近づかずに矢を射かけた。
大きな声で降伏を呼び掛けて、今川義元の兵を切り崩した。
心の中で今川義元を見放していた者達は、態と遅れて黒鬼に降伏臣従した。
黒鬼は意外と慎重だった、慌てて駿河に攻め込まなかった。
軍師の奥村次右衛門が知恵を授けたのだろうが、じっくりと腰を据えて、駿河からではなく、三河と遠江の国人地侍から先に調略した。
今川義元自身が出陣して、黒鬼に大敗したのが止めだったのだろう。
余と今川義元のどちらを選ぶか迷っていた者だけでなく、義元に忠誠を誓っていた者も、黒鬼を通じて余に仕えると言ってきた。
余としても、黒鬼の面目を潰すような事はできない。
黒鬼が寄り子に加えると言ってきた者は、全員家臣に迎えた。
……これで遠江1国が、黒鬼の直轄領か、寄り子の領地になった。
1国の守護に匹敵する力を持ったことになる。
早々に黒鬼を従える権力を手に入れなければならないが……
斯波左兵衛佐様を弑逆するのは気が重い。
余とすれば、神輿として担ぎ、実権を握られれば良いのだが、どうしたものか?
今川義元を殺すか駿河から追放できれば、斯波左兵衛佐様に尾張、三河、遠江、駿河の四カ国守護に成って頂く事も不可能ではない。
だがそれでは、余が尾張と三河の守護代で、黒鬼が遠江と駿河の守護代となるが、余の武功が黒鬼の武功に見劣る。
黒鬼が不服を感じて、謀叛まではしなくても、独立するかもしれぬ。
どう考えても、斯波左兵衛佐様を弑逆して余が尾張、三河、遠江、駿河の守護と成り、黒鬼を遠江と駿河の守護代にする方が、治まりが良い。
分かっているのだが、気が進まぬ。
斯波左兵衛佐様を弑逆しないのなら、黒鬼を超える武功を立てるしかない。
岩倉城を落として織田伊勢守を討ち取り、尾張を平定する程度では話にならない。
そもそも父上が尾張を平定しかけていたのだ。
それを余の代で背かれこんな状態になってしまっている。
黒鬼以上の武功を立てようと思えば、美濃のマムシを討ち取って、父上も成し遂げられなかった、美濃1国の切り取りをなしてげなければ!
「殿、雑賀から鉄砲と火薬が届きました」
「なに、届いたか、見に行く、ついて参れ!」
「はっ!」
黒鬼の船大将が言っていたように、雑賀と根来で鉄砲を買う方が安かった。
しかも此方から取りに行かなくても持ち船で運んでくれる。
黒鬼に払う手数料がいらない分だけ多くの鉄砲が買えた。
とはいえ、黒鬼に干鰯、鰯油、塩鯨、鯨油を堺で売ってもらうのはこれまで通り。
余も堺で何か買わないと、売値を下げられてしまう。
そこで、領内の鍛冶に命じて造らせる以外は、どこの商人から買ってもそれほど値の変わらない、三軒半の長槍を大量に注文した。
三軒半もの長い槍は、普通に売っていない。
こちらから指示しなければ造られる事がない、特別な槍だ。
それを堺に大量に注文する事で、此方の商品をこれまで通り高値で買わせた。
「殿、実は、黒鬼殿も雑賀と根来から大量の鉄砲を買っているそうでございます。
長槍も堺商人に命じて造らせているそうです」
俺を雑賀衆の所に案内する近習が言ってきた。
黒鬼の奴、余の真似をする気か?
それとも、今川義元に鉄砲で撃たれて、役に立つと思ったのか?
「ふん、当然の事だ、鉄砲と長槍は優れているのだ。
黒鬼が見逃すはずが無かろう」
「はっ、余計な事を申しました」
あの天下無双の黒鬼が、余以上の鉄砲と長槍を持つのは脅威だ!
黒鬼の方が余よりも多くの銭を稼いでいる。
かといって、買うなとも言えぬ……どうしたものか?
主君が家臣の強大化を恐れるのは当然の事だ。
頭を叩いて力を弱めるのも当然の事だ。
前田蔵人なら、それくらいの事は分かるだろう。
「前田蔵人は何所だ?」
「体調を崩して屋敷で休まれておられます」
「なんだと、それを先に申せ、見舞いに行く!」
「御待ちを、殿、お待ちください、護衛が必要でございます!」
「遅い、御前らは後からついて参れ!」
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