第43話:堺商人

天文19年3月23日:尾張清州城:織田信長17歳視点


 また黒鬼がやってくれた!

 普通なら商いの事は商人に頼るのに、水軍の船を使って商いを始めた。

 1000石もの荷を積める大型関船を造って、堺にまで商品を運んだ!


 普通なら警護料と取ろうとする志摩水軍、熊野水軍、雑賀水軍も1000石を超える大型関船6隻と、護衛の小早船が10隻もの艦隊には何も言えないでいた!


 尾張や三河では大きく値を下げていた干鰯、鰯油、塩鯨、鯨油だが、戦乱の激しい京周辺では高値で売る事ができた。


 手広く商いしている堺商人は、高値で売れる取引相手を持っていた。

 だから尾張や三河よりもはるかに高い値で買ったのだろう。


 商品を持ってきたのは、自前の船を持ち自ら商品を売り込みに行ける前田水軍だ。

 安く買い叩いてしまったら、商売相手の所にまで行ってしまうかもしれない。

 邪魔をしたくても、少々の敵は粉砕できる強力な水軍だ。


 堺商人は、高値で買わないと商売敵になると思ったのだろう。

 黒鬼が堺にまで運ばせた商品を、全てかなりの高値で買い取った。


 黒鬼が手に入れた銭の半分で、武具甲冑を買ったのも高値で売れた理由だろう。

 兵糧も含めて、売買の両方を行ったから高く買ってもらえたのだろう。


 それに、黒鬼が考えたという新たな商品がとても評判となっていた!

 これまでの魚の塩漬けや酢漬けよりも遥かに長持ちして、しかも美味い!

 更に縁起まで良いとなったら、縁起をかつぐ武家に、高値で飛ぶように売れる。


 長い戦場で総大将が食べるにふさわしい、勝利につながる食べ物。

 鯛と鰤の塩釜焼が高値で売れて評判になっている。


 全部黒鬼が考えた事だとは思えない。

 奥村次右衛門という軍師を始めとした側近衆が知恵をつけたのだろう。

 良き側近に恵まれた黒鬼が羨ましい!


 しかも、黒鬼が始めた商いはそれだけではない!

 黒雲雀の子を産ませるために大量に買った牝馬を使って、馬借まで始めた。

 いや、諜報をする甲賀衆の足軽に馬を貸し与えて、馬借を偽装させたのだ!


 敵の情報を集めさせながら軍資金も稼がせるだと?!

 とても黒鬼の知恵とは思えない、奥村次右衛門、余の家臣に欲しい!

 欲しいが、今は黒鬼を怒らせてまで家臣を引き抜ける状態ではない。


 余の甲賀衆と伊賀衆にも馬借を演じさせようかと思ったが、流石にできない。

 鰯漁と鯨狩りを真似て売値を大きく下げてしまったばかりだ。

 余が商人を送って、また売値が下がったら、今度こそ黒鬼が離反する。


 余の水軍が、志摩水軍、熊野水軍、雑賀水軍を討ち破って堺まで行けるのなら、黒鬼のように大きな利を得られるだろう。


 だが、余の水軍は船すらそろっていない。

 佐治水軍では、とても他の海賊衆を蹴散らして堺まで行けない。

 臨時で雇っている志摩水軍に頼んでも、高い運び賃を取られる。


「誰かある、黒鬼に使いを送る、早馬と早船を用意せよ、誰かある!」


 結局、堺にまで荷を運ぶのに、黒鬼に頼らなければいけなかった。

 軍役と命ずる事もできるが、流石に気が引けた。


 東海一の弓取り、今川義元の相手を任せきりにしている。

 美濃のマムシに対抗するためだと言って、青鬼と1000兵を送らせている。

 黒鬼が1番頼りにしている前田蔵人まで余の側に置いている。


 その上に、何の見返りも無しに、海賊衆がひしめく海を越えて、堺にまで荷を運んで売って来いと言うのは気が引けた。


 だから、売値の1割を黒鬼に渡す事にした。

 定めた値ではなく1割としたのは、その方ができるだけ高値で売ろうとする、そう思ったからだ。


 小狡い奴なら、買い手と悪巧みをして、安値で売った事にして、本来の値との差額を自分の物にするだろう。


 黒鬼は、いたって正直な性格だ、余を騙すような事はない。

 黒鬼の家臣は、誰よりも黒鬼の強さ怖さを知っている。

 黒鬼の目を盗んで悪事を働けば、命がない事くらい分かっている。


「殿、前田慶次様の船大将が来られました、いかがいたしましょうか?」


「会う、直ぐにここに連れて来い」


 近習にそう命じると、余の荷を堺まで運んだ船大将がやってきた。

 前田蔵人が一瞬表情を崩したから、荒子時代からの譜代なのだろう。


「大儀であった、名は何と申す」


「金岩与次と申します」


「うむ、覚えておこう、それで、いくらで売れた?」


「細かく報告させて頂いた方が良いですか?

 総額を申し上げた方が良いですか?」


「総額で良い、細かな値は書付にしてよこせ」


「はっ、総額で80万4000貫文と成りました」


「なっ、80万4000貫文だと、そんな高値で売れたのか?!」


「はい、運賃を引かせて頂いて、72万3600貫文をお持ちしております」


「何も買わずに黒鬼の荷と同じ値で買ってくれたのか?」


「次は売り物のほぼ全てを買い物に使うと約束しております。

 できましたら、次は買い物もして頂きたいです」


「分かった、兵糧となる米を買って来てもらう。

 鉄砲と火薬も買って来てもらおう」


「鉄砲と火薬でしたら、堺で買うよりも、途中の雑賀と根来で買った方が、安くて良い物が手に入れられます。

 手間賃を頂けるのでしたら買って参ります。

 それとも、使者を送って雑賀衆と根来衆に運ばせますか?

 鉄砲と火薬を大量に何度か買われたら、雑賀水軍と根来水軍が味方に成り、殿様の水軍でも堺を往復できるようになるのではありませんか?」


「なに、まことか?!」


『織田信長が前田水軍に運ばせた商品と手に入れた銭』

 鰯油:1000石で26万0000貫文

 干鰯:2000石で8000貫文

 塩鯨:1000石で4000貫文

 鯨油:1000石で52万0000貫文

 雑品:1000石で1万2000貫文

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