第33話:沖村城の合戦

天文18年6月27日:尾張那古野城:織田信長16歳視点


 とても信じられない事だが、黒鬼が今川家の大軍を討ち破った!

 2万5000もの大軍を、寄せ集めの足軽ばかりの9000兵で破った。

 だが、我が家に兵を挙げたのは今川義元だけではなかった。


 沖村城の林秀貞、林通具兄弟も兵を挙げた。

 奴らの言い分は、余が父上を幽閉して織田弾正忠家の家政を私利私欲で行い、長年忠義を尽くす譜代を蔑ろにし、黒鬼のような新参者を寵愛しているという事だった。


 片腹痛い、織田弾正忠家の家政を私利私欲で壟断していたのは、他の誰でもない林秀貞だという事は、皆の知る所だと思っていたのだが……


 信じられない事に、少なくない譜代が林兄弟に味方した。

 林兄弟の与力同心に付けられていた連中が味方した。

 黒鬼の本家に当たる前田与十郎家までが、林兄弟に味方して兵を挙げた。


 勘十郎の傅役である、柴田権六郎勝家らが林兄弟に味方した。

 愚か者が、権六郎の所為で勘十郎を処分しなければいけない!


 林兄弟と刻を合わせて、尾張上四郡守護代の織田伊勢守信安も兵を挙げた。

 織田伊勢守の岩倉城と林兄弟の沖村城は近くにあり、連携して戦う気だった。


 更に尾張守護の斯波義統を傀儡としている、尾張下四郡守護代の織田大和守信友が、小守護である坂井大膳と協力して清州城を拠点に兵を挙げた。


 他にも岩崎城の丹羽氏識、丹羽氏勝親子などが兵を挙げた。

 余に不服の有る連中が兵を挙げて敵意を示した。


 最初は庄内川を挟んで睨み合いとなった。

 余に敵対した者の多くが、庄内川よりも美濃寄りだった、くそ、マムシめ!

 勘十郎一派、織田伊勢守勢、織田大和守勢は積極的に攻めてこなかった。


 今川義元が黒鬼を討ち破ったら、余の味方が裏切ると思っていたのだろう。

 日和見をしている連中が、雪崩を打って味方すると思っていたのだろう。

 余も少しは心配していたが、真逆となった!


 たった1度の野戦で、黒鬼が今川勢を大いに討ち破った!

 小豆坂の合戦に引き続き、太原雪斎を始めとした、今川勢の主だった武将を、全員生け捕りにした。


 その噂が尾張に伝わると、日和見していた連中が雪崩を打って味方に集まった。

 勘十郎一派、織田伊勢守勢、織田大和守勢の足軽達が一斉に逃げ出した。

 勘十郎一派を皆殺しにすべく軍勢を押しだそうとしたのだが……


「三郎殿、この度の件は、まだ幼い勘十郎は何も知らなかったのです。

 勘十郎は、私と一緒に那古野城に幽閉されていたのです。

 三郎殿に背く連中と手を結ぶ事など不可能だったのです!」


 母上は、余が勘十郎を殺すと本気で思っていた。

 余よりも勘十郎を可愛がっているのは分かっていたが、あんまりである!

 最初から弟を殺す気など毛頭ないのに……


「殿、ここで勘十郎様に罰を与えないと禍根を残しますぞ!

 兄弟なら謀叛を起こしても何の罰も与えられない。

 そんな前例を作ってしまったら、ご兄弟達が次々を謀叛を起こしますぞ!

 母を同じくするご兄弟であろうと、厳罰に処さなければなりません。

 この戦で殿が負けていたら、間違いなく命を奪われていたのですぞ!」


 黒鬼の義祖父、前田蔵人利春に厳しく諫言された。

 この度の謀叛が起きて直ぐに、那古野城に駆け付けてくれた。

 本家が林兄弟に味方したというのに、荒子城代の地位を捨てて駆けつけてくれた。


 まあ、200貫文の荒子城代職なんて、余から見れば陪臣でしかない。

 そんな地位にいるよりは、黒鬼の義祖父の方が身分が高い。


 余の側近達も、前田家の陪臣城代なら見下している。

 だが黒鬼の義祖父と名乗れば、もの凄く丁重に扱う。

 この諫言も黒鬼の祖父としての言葉だ、余といえども無視する事はできない。


「家臣の分際で主家の事に口出しするでない!」


 愚かな、蔵人にそんな言葉を吐くとは、それでも余の母か?


「愚か者、自分の息子達を殺し合わせたいのか?!

 それとも、愚かな弟が可愛くて、将才のある兄を殺す気ですか?!」


「無礼者、私を馬鹿にするのか、子を殺したい親が何所にいるのです?!」


「ここにおられます、先ほども申し上げたはずですぞ。

 謀叛を起こしても何の罰も受けないと分かれば、必ずまた兵を挙げられます。

 その時には、命を奪わなければなりません!

 そのような事も分からないのですか?!

 殿が軽い処分にしようとされても、家臣達が処刑を望みます。

 それでも庇われたら、殿の命に背いてでも黒鬼が勘十郎様の首を刎ねますぞ!」


「母上、蔵人の申す通りです、何の処分もしない訳にはいきません。

 ここで勘十郎を処分しなければ、私を甘く見て安祥城の三郎五郎兄上が謀叛するかもしれません。

 それに、今回の謀叛は今川、織田伊勢守、織田大和守といった敵に通じています。

 ただの家督争いではないのです、敵に通じた裏切りなのです。

 今なら勘十郎もまだ幼い、命までは奪わずにすみます」


「命を奪う、弟の命を奪うなどと、何と恐ろしい事を口にするのです!

 それでも貴男は人ですか、鬼じゃ、三郎殿は鬼じゃ!」


「家督に目が眩んで敵に通じて兄の命を狙う!

 弟として人にあらず!

 家臣として忠義を知らず!

 そのようなモノを庇うなど、犬畜生にも劣る!

 本当の鬼がどのような者か、黒鬼の祖父である私が見せて差し上げようか!」


 蔵人の迫力に母上が腰を抜かしてしまった。


「蔵人、これでも余の実の母じゃ、それくらいで許してやってくれ」


「はっ、主命ならば黙りましょう。

 ですが、最後に一言言わせてください」


「なんじゃ?」


「主君の手を穢さないように、汚れ役をこなすのも家臣の務めでございます。

 必要ならば、勘十郎様と御母堂の御命を奪うのも、家臣の務めと心得ております」


「ひぃ!」


「よい、そこまでしなくてもよい。

 勘十郎は僧にする、誰にも利用されないように、新たな寺を立てて入れる。

 母上にはこのまま那古野で父上の世話をしてもらう、それで良いな?」


「主命なれば、謹んで従わせていただきます」


 余のために嫌われ役をしてくれる、このような者は初めてじゃ。

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