第34話:寄り親

天文18年7月11日:三河渥美半島田原城:前田慶次利益17歳視点


 信長が獅子奮迅の戦いで林兄弟の首を取った。

 万夫不当の武者と言われた、信行の傅役である柴田勝家の首も取った。

 背いた者達の一族一門を奴隷として売り払った。


 兄弟を担いで謀叛する者は絶対に許さないという、信長の強い意思表示だ。

 兄弟を自分の手で殺したくないという、信長の本心が透けて見える。

 ああ見えて情に厚い性格をしているのだ、知らんけど。


 信行を殺したくない、もう誰にも利用させない、そういう信長の気持ちは分かるが、痛いほどわかるが、何で俺を巻き込む?!


 どこの寺に入れても、誘い出す者がいれば意味がないのは分かる。

 だからといって、俺の領内に寺を立てて入れるなよ! 

 信行が逃げたら、俺が責任を取らなければいけなくなるだろうが!


 面倒事を押し付けるからか、今川を破ったからか、褒美はくれた。

 林兄弟に味方して謀叛した、前田本家の領地を全てくれた。

 史実では荒子周辺の2000貫だったが、全部くれた。


 荒子城、前田城、下之一色城を含む6000貫文だが、この程度で信行を預かる面倒に見合うのか?


 まあ、義祖父殿や義父殿に城と領地を渡せたから、孝行はできた。

 それは良いのだが、三輪青馬を城代にしろと命じるのはどうなのだ?

 俺の右腕とまではいわないが、かけがえのない先駆けだぞ!


「殿、殿に仕えたいとう者が参っております」


 奥村次右衛門たちが、俺の事を若ではなく殿と呼ぶようになった。

 義祖父と義父を前田城と荒子城の城代としたからだろう。

 

「会おう、謁見の間に案内してくれ」


「はっ」


 高師原で今川勢を破ってから、毎日のように仕官希望者が押しかけて来る。

 いや、仕官希望者だけでなく、寄り親になって欲しいという者まで現れるようになってしまった。


 奥村次右衛門の話では、このまま今川に仕えていたら、俺に攻め滅ぼされて城地を奪われるから、信長の家臣に鞍替えしようという事らしい。


 そしてどうせ信長の家臣になるなら、俺の寄り子に成りたいのだそうだ。

 常勝無敗の俺の寄り子に成れば、おこぼれに預かれると考えているらしい。

 戦国乱世に生きる者なら、負ける人間に仕えたくないのは当然だ。


「遠江井伊谷の領主、井伊次郎直盛の祖父、井伊信濃守直平と申します。

 この度は次郎が慶次様に刃を向けた事、幾重にも御詫びさせていただきます」


「構わぬ、互いに仕える主がいて、戦場で槍を交えるのは武士の定め。

 たとえ討ち取られても、恨み辛みを言わぬのが武士の心構えであろう。

 ただ、井伊家はまだ次郎殿の身代金を支払っていなかったはず。

 殿に仕えたいと言われても、俺も利を捨てる訳にはいかん。

 殿もそのような身勝手な事を命じられないだろう」


「お恥ずかしい事ながら、井伊家には身代金を払う余裕がありません。

 今川家からの度重なる軍役を命じられ、蓄えがございません。

 今川家に通じた家臣の讒言で、事あるごとに軍役を命じられ、銭がないのです。

 だからといって、何時までも当主を捕らえられたままにはできません。

 慶次様にお仕えして、武功で身代金に代えたいのです」


「おい、おい、おい、勝手に遠江の国人を調略して俺の家臣にはできない。

 そのような事をしたら、殿から謀叛を疑われる。

 今川に無理難題を吹っ掛けられていたのには同情するが、いくらなんでも俺の家臣にするのは無理だ、諦めろ」


「よろしいでしょうか?」


 奥村次右衛門が何か策を考えてくれたようだ。


「申してみよ」


「1度那古野の殿に相談されてみてはどうでしょうか?

 井伊家を直臣に加えたいと思われるなら、身代金を立て替えられるでしょう。

 陪臣でも良いと思われたら、殿の家臣にする事を認められるでしょう。

 ここで考えているよりは、直接話された方が確実でございます」


「そうだな、その方が良いな。

 信濃守殿、案内の者をつけるから、このまま尾張に向かわれよ。

 海が穏やかだから、船で行けば直ぐだ。

 井伊谷の事が心配だろうが、俺が必ず守るから安心されよ。

 頼ってきた者を見捨てる事だけは絶対にない」


「格別なご配慮を賜り、感謝の言葉もございません」


「殿の申される通り、何の心配もありません。

 那古野の殿は癖のある方ですが、情の厚い方です。

 先に裏切らない限り、無理難題を申される事はありません。

 ただ、生まれながらの当主なので、無闇に恩賞を与える事はありません。

 津島や熱田を支配されておられるので、損得にうるさい所があります。

 この度の事も、信濃守様を殿の家臣にしたりはされませんが、身代金の立て替えもしてくださらないでしょう。

 恐らくですが、信濃守様は殿の寄り子にされ、そこで身代金分の武功を立てろと申されるはずです」


 奥村次右衛門には遠慮というモノがないのか?

 上様と言わなければならない、自分が仕える主君の主君をそこまで言うか?

 井伊信濃守が驚いて目を丸くしているぞ。

 

 まあ、だが、奥村次右衛門の言う通りではある。

 俺も領主になったから分かるが、家臣に対する恩賞には頭を悩ませる。

 ついつい、できるだけ少なくしたいと思ってしまう。


 干鰯と鰯油があるから平気で大きな褒美を与えられるが、そうでなければ十分な足軽も集められなかったし、1番大切な甲賀衆も召し抱えられなかった。


「次右衛門の言う通りだと思うが、それも行ってみなければ分からぬ。

 まずは那古野に行って殿に会う事だ。

 次右衛門は信濃守殿を那古野に送る船の準備をしろ。

 俺は井伊谷に行く準備をする」


 ★★★★★★


「電撃大賞」用に書いている「転生 前田慶次:養父を隠居させた信長を見返して、利家を家臣にしてやる!」ですが、締め切り期日の4月10日までに完結させるため、1日2回投稿になりました。


 4月9日には残りをまとめて全部投稿します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る