第32話:高師原の合戦

天文18年4月23日:三河渥美郡高師原:前田慶次利益17歳視点


「我こそは三河大浜の黒鬼前田慶次利益なり!

 命の惜しくない者は掛かって来い!」


 俺は今川義元が送ってきた2万5000の大軍を前に見栄を切った。

 2万5000は圧倒的な大軍に思うかもしれないが、多くは荷駄兵だ。

 更に駿河遠江三河の土豪が三々五々集まる烏合の衆でしかない。


 9000兵とはいえ全て俺個人の兵士で、纏まりのある軍勢とは比較にならない。

 ろくな調練ができていない足軽ばかりだが、不利になったからといって裏切る事はない、単に逃げ散るだけだ!


「一騎打ちなど時代遅れ、今の合戦は兵の数で決まるのだ!

 鶴翼の陣で押し包め、敵は足軽ばかり、黒鬼さえ避ければ何の心配もない!」


 小豆坂で俺に負けて人質となった連中が、名誉を回復しようと張り切っている。

 確かに俺の軍勢の多くは、ろくに戦えない足軽が多い。

 多いが、全員が足軽ではないし、俺に匹敵する万夫不当の武者もいる!


 鶴翼の真ん中には、太原雪斎が多くの騎馬武者と共に本陣を構えている。

 俺との戦いを避けて先に足軽を叩き、数の力と兵の質を生かそうとしている。


 今川勢の左翼から、小豆坂の復讐に燃える朝比奈泰能が配下と与力を率いて突っ込んできたが、此方にも頼りになる家臣がいる。


「我こそは大浜前田家にこの人ありと言われる青鬼、三輪青馬なり!

 命の惜しくない者は掛かって来い!」


 騎馬武者だけは青一色に染め上げる事ができた、三輪青馬の部隊がいる。

 100の騎馬武者を率いて、朝比奈泰能だけを目掛けて突っ込んでいく。


「我こそは大浜前田家にこの人ありと言われる、弓の不破五右衛門!

 お前達は黒鬼前田慶次利益の罠に嵌ったのだ、首を置いていけ」


 数多く集まった足軽の中から気に入った者を近習に取立てた。

 御祖父殿が送ってくれた荒子譜代に次ぐ、信用できる者達だ。

 その中の1人に、1000兵を預けて弓だけを鍛錬させた部隊が左翼にいる。


 今川勢の右翼は瀬名氏俊が大将を務めている。

 井伊直盛や飯尾乗連といった遠江勢を集めて軍勢としている。

 駿河勢よりは戦意が乏しく、盾足軽に守らせながら矢を放てば近づいて来ない。


「太原雪斎、今度は手加減なしだ、その首置いて行け!」


 家臣達を信じて敵本陣に突っ込む!

 太原雪斎を殺して本陣を叩き潰せば、烏合の衆でしかない今川軍は壊乱する。

 奥村次右衛門が言っていたから間違いない!


「軍師殿を守れ、敵はたった独りだぞ!」

「黒鬼さえ討ち取れば我らの勝ちだ、押し包んで討ち取れ!」

「軍師殿を守れ、徒士武者は馬の脚を斬れ!」

「矢だ、遠矢を射かけて殺してしまえ!」


 酷い事を言う、俺の周りを守ってくれている者達はちゃんと戦えるぞ。

 俺が直々に鍛えている連中だから、今川の武将程度なら討ち取れるぞ。


「愚かな連中の首を取って武勇を証明してやれ」

「「「「「おう!」」」」」


 今川勢の矢が雨あられと降り注ぐが、馬鎧の御陰で黒雲雀は無事だ。

 もし黒雲雀が傷ついたりしたら、手加減できなくなる。

 前回の身代金が美味しかったから、できれば生け捕りにしたい!


「敵将、朝比奈備中守泰能を生け捕ったり!

 大将を殺されたくなかったら、今直ぐ降伏しろ!」


 青鬼に先を越されてしまった!


「逃げるな、それでも今川義元の軍師か?!」


 馬首を返して逃げようとする太原雪斎を追った。

 近習の騎馬武者が邪魔をするが、金砕棒を軽く振って頭を砕いてやる。

 金になる馬は、できるだけ殺さないように気を付けて金砕棒を振るう!


「総大将、太原雪斎を生け捕ったり!

 総大将を殺されたくなかったら、今直ぐ降伏しろ!

 武器を捨てない者は殺す、死にたくなければ、今直ぐ武器を捨てろ!」


 それなりの立場にある武士や領主は、武器を捨てて降伏したりはしない。

 敵の言い成りになって武器を捨て、討ち取られるような愚者はいない。

 武器を持ったまま、何としてでも逃げようとしている。


 だが、無理矢理戦場に連れてこられた百姓兵は、武器を捨てて降伏する。

 命さえ助かれば良いと思っている足軽も、武器を捨てて降伏する。


 不利になれば簡単に寝返る連中だが、勝っている間は家臣として戦う連中でもあり、命を奪わずに前田家の利になるように働かせる。


「我こそは松平家にこの人ありと言われる、本多平八郎忠高なり!

 主君松平次郎三郎広忠を謀殺した今川に復讐する、首を置いていけ」


 総大将と副将を生け捕りにされた今川勢が大崩れする状況で、今川勢の背後に丸に立ち葵の旗が立ち、矢を射かけ攻め立てる。


 最初から仕込んでいた伏兵の甲賀衆が、今川勢が崩れてから現れた。

 今川勢が精強で、互角の戦いや苦戦している時には、勝負を決する伏兵になるはずだったのだが、結果は敗勢の今川勢に止めを刺す事になった。


 まだ必死で戦っていた今川勢の右翼が、生き残るために逃げ出した。

 副将の瀬名氏俊が声を嗄らして将兵を励ましているが、全く効果がない。

 名の知れた武将はできるだけ生きたまま捕らえたい。


「命は助けるから降伏しろ、身代金さえもらえれば解放してやる。

 もう勝敗は決した、首を取っても褒美は与えん!

 生け捕りにした者には身代金の半分を与える、生きたまま捕らえよ!」


 敵に降伏するように呼び掛けると同時に、家臣達にも殺さないように言う。

 前回俺が得た身代金の額は、足軽を含めた家臣全員に話してある。


 武士を辞めても一生遊んで暮らせるだけの大金なのを、家臣全員が知っている。

 今川の将兵を生け捕りにしようと目の色を変えて追い出した。

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