第21話:閑居

天文17年4月1日:三河大浜城:前田慶次16歳視点

 

「何の利もない手伝い戦などもうごめんだ。

 領地を切り取る戦がやりたいぞ!」


「本宿の戦いは何の利もありませんでしたが、若の武名は上がりましたぞ」


 俺の文句に村井又兵衛が答えてくれる。

 日に日にお腹が大きくなる百合の側にいられない苛立ちを分かってくれている。


「武名が上がっても領地は増えない、これでは良き武者を召し抱えられない」


「そのような嘘を申されるな、甲賀から腕利きを集められたではありませんか。

 それもこれも、井ノ口、大浜、梅坪、本宿と武名を高められたからですぞ。 

 飯を目当てに集まった雑兵共も、日に日に逞しくなっております。

 直ぐに尾張一の軍勢になりますぞ」


「だったら良いのだが、尾張兵は弱いと聞く。

 実際三河の者に比べてとても弱い、もう少し何とかならんか?」


「弱い兵には弓の練習をさせましょう。

 長柄の叩き合いでは三河の者と勝負になりませんが、弓なら根性もいりません」


「そうだな、印地の鍛錬だけでなく弓もやらせよう。

 弓矢を買う銭はあるのか?」


「はい、若が追い込み漁を考えてくださったので、銭の心配をせずに武具や兵糧を買い集める事ができます」


「追い込み漁など悪天候が続けば駄目になる。

 舟を焼かれてしまってもお終いだ、領地を切り取る戦がしたい!」


「そうは申されましても、大殿が決められた事には逆らえません。

 油ケ淵に向こうにある西条吉良家とは同盟を結びました。

 以前夜討ちを仕掛けた東条吉良家とも同盟を結びました。

 夜ケ浦の向こうは、若よりも前から織田弾正忠家に味方する方々。

 美濃の斉藤家とは、三郎様の縁組を機に同盟を結びました。

 戦を仕掛けて切り取れるような家は、近隣のどこにもありません」


「あのまま本宿に残って近隣の城を切り取れば良かったか?」


「奥方様を放り出されてですか?」


「それだけは絶対に嫌だから、こうしてここにいるのだ。

 愚痴くらい、そうですねと言って聞け」


「分かりました、これからはそうですねと言わせていただきます」


「今の話はなしだ、ちゃんと答えてくれ。

 大浜と高浜の足軽組は合わせて何組だった?」


「昨日も新しい30人足軽組が1つできましたから、50人足軽組が20組。

 30人足軽組が30組でございます」


「足軽組だけで軍役の倍以上か、随分と増えているのだな」


「軍役で出陣する事になっても城を守れるようにしろ。

 若が申された通りにしているだけです」


「分かっている、旗本は何人になっていた?」


「250貫文の甲賀衆が19騎、200貫文の荒子衆が8騎、50貫文の尾張衆が10騎、同じく50貫文の三河衆が16騎です」


「良く覚えているな」


「若の譜代ですから、当然です」


「足軽組頭を兼ねる徒士は何人だ?」


「扶持までは即答できませんが、10貫文から45貫文の者が50人です」


 いつの間にか軍役の4倍近い兵を召し抱えていた。

 集まって来る者を全て召し抱えていたらこうなった。


 負担が増えるだけで利がないのなら、ここまで召し抱えていない。

 兵が増えた分だけ追い込み漁の獲物が多くなるのだ。


 泳げる者、素潜りができる者に海士の真似事をさせたら、唐に売れる鮑がたくさん獲れたから、危機感無く召し抱えてしまっていた。


「又兵衛、冗談抜きに聞くが、勝手に松平や今川の城を落として領地を切り取ったら、処罰されるか?」


「若、勝手にやらなくても三郎様に認めて頂いたら宜しいのです。

 ですが、大浜から離れすぎている地を切り取っても守るのが大変です。

 安祥城は大殿が攻め取られた城です。

 その周囲の城を落としても、領有を認めてもらえるとは思えません。

 以前から大殿と結んでいる松平与十郎様や松平三左衛門様の近くも同じです。

 領有を認めてもらえる城と成りますと、どうしても遠く離れた城になりますが、それでもやられますか?」


「領地を切り取るのが厳しいのなら、船を奪えないか?

 松平や今川の船を奪えたら、水軍がもっと強くなる」


「若の軍資金は、水軍衆が漁をする事で得られています。

 船を奪えるなら少々の危険は覚悟のうえでやるべきでしょうが、先にできるだけ詳しい情報が欲しいです。

 鳥羽を襲われた時には、殿が率先して情報を集められたのでしょう?

 奥方様が心配なのは分かりますが、今の若は平静ではありません。

 無理に領地を切り取ろうとしたり、船を手に入れようとしたりして、不覚を取られるような事があってはなりませんぞ!」


「……そうだな、今の状態で戦など始めたら、思わぬ不覚を取るかもしれないな。

 よく言ってくれた、百合が無事に子供を生むまで大人しくしている」


「若、兵の調練ならいくらやってくださっても大丈夫です。

 先ほども尾張の者達が弱いと言っておられたではありませんか」


「分かった、分かった、分かった、今から調練してくる」


 そう言って身体を思いっきり動かして発散しようとしたら。


「殿、ただいま戻りました」


 今川家を調べに駿河に潜入していた竹島十兵衛が戻って来た。

 よほどの重大事が起こらない限り家臣を知らせに寄こすのに、本人が戻ってきた!


「何があった?!」


「大殿に味方していた松平又七郎様の形原城が攻め落とされました」


「ほう、形原は天然の良港だったな」


「はい」


「船の置き場所や網の置き場所は分かるか?」


「新たな城主が入れば、置き場所を替えるかもしれません。

 鳥羽の時のように、我らと息を合わせて朝駆けすべきです。

 ですがそれどころではありません、今川がそのまま西に進んでいます」


「なに、尾張に攻め込む気か?!」


「尾張まで攻め込む気なのか、織田家に味方する三河衆を攻め滅ぼす気なのは分かりませんが、兵を進めているのは確かです」


「那古野城に知らせる、ついて来い!」


「はっ!」

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