第22話:閑話・奇襲と横槍

天文17年3月19日:三河小豆坂:織田信広21歳視点


 父上の命で先陣を承ったが、正直厳しい戦いだと思っていた。

 三郎が父上に今川の動きを知らせてくれたから、奇襲を受けずにすんだ。

 だが、織田大和守が挙兵した事で、尾張全体で三河に侵攻できなかった。


 三郎が那古野城に残って、清州城の織田大和守に備えなければならなかった。

 ただ、三郎が誇る大浜の黒鬼は、父上の命でこちらに加わった。

 おかげで5000だった兵が6000となった。


 松平次郎三郎は、我らの素早い出陣に対応できず、岡崎城に籠った。

 私達は岡崎城の城門前に備えの兵を置いて出陣出来ないようにした。

 小豆坂の頂上を確保できたので、攻め登って来る今川勢を叩けた。


 だが、今川勢は此方の倍近い兵がいるようだった。

 叩いても叩いても、新しい敵が攻め登って来る。

 配下の兵に疲れが見えた頃、敵の背後で火の手が上がった!


「我こそは三河大浜の黒鬼、前田慶次利益なり!

 我と思わん者は掛かって来い、叩き殺してやる!」


 三郎が父上に強く言って遊軍となっていた前田勢が、私達の右側を通り抜けて今川勢に攻めかかった!


「我こそは三河岡崎城の主、松平次郎三郎広忠なり!

 主家の吉良家を下剋上する今川治部大輔を討って、足利の天下を正す!

 太原雪斎、朝比奈弥次郎、首を置いていけ!」


 岡崎城に封じ込めたはずの松平次郎三郎が、今川勢の背後を襲った?!

 松平次郎三郎が今川を裏切って此方についたのか?

 父上は何も言っていなかったぞ!


「松平次郎三郎が裏切ったぞ!」


 私達の直ぐ近くまで迫っていた今川勢が大混乱となった!

 背後が気になって私達に向かって来られない。

 いや、黒鬼の人間とは思えない戦いぶりに、逃げる事も忘れて固まっている!


 今川勢の背後に三つ葉葵の紋を描いた旗が上げられた。

 それを見た今川勢は一気に崩れた。

 命懸けで助けようとした味方に裏切られたのだ、戦う気を失くして当然だ!


 坂の上から見ていると、今川勢が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 大将が立て直そうと声を嗄らしているが、もうどうしようもない。

 いかん、今川勢を壊滅させる絶好の機会だった!


「うわぁぁぁぁぁぁぁ、敵だ、今川だ!」


 背後から、先ほど今川勢が出していたのと同じ悲鳴が聞こえた!

 馬首を返して振り返ると……味方が、味方が総崩れになっている!

 父上が、父上が横槍を受けたのか?!


 尾張の虎と畏れられ、常勝無敗だった父上が、また負けるのか?!

 無策に、奇襲の備えもせずに本陣を構えていたのか?

 そもそも、横槍を喰らうまで敵を見つけられないような場所に本陣を置いた?


 どうする、今川勢を壊滅させるために黒鬼を追って突撃するか?

 父上を助けるために、黒鬼1人に戦わせるか?

 正面の敵は7000、逆撃されたら黒鬼が死ぬかもしれない……


「父上を助ける、我に続け!」

「「「「「おう!」」」」」


 血で血を洗うような激しい戦いだった!

 今川勢は、父上を討ち取る横槍に3000もの兵を向けていた。


 不意を突かれた逃げ腰の5000兵と、敵の総大将を討ち取って恩賞を手に入れようと猛る3000兵。


 私が坂を駆け下りる勢いで今川勢を叩かなかったら、父上は討ち取られていたかもしれない、それほどの危機だった。


 横槍を仕掛けて来た今川勢を何とか追い返した。

 今川勢の本軍を討ち破った前田勢も帰って来た。

 勝利の後の首実検を行ったのだが……


「前田慶次利益、この度の働き天晴であった!

 褒美として捕らえた者を好きにして良い」


 父上、それは余りにも吝嗇すぎます!

 そう言いたかった、言いたかったが、妾腹の私には言えない。

 井ノ口に戦いで父上に諫言した叔父上が、厳しく叱責されたと聞いている。


「有り難き幸せでございます」


 今川勢の横槍に逃げようとしていた譜代衆がにやにやと笑っている!

 手柄を挙げたのに、ろくな褒美を与えられない前田慶次を見下している。

 見るに堪えない、恥ずかしくて顔から火がでそうだ!


 前田慶次がいなければ、この戦いは負けていた。

 父上は今川勢に討ち取られていたかもしれないのに、酷過ぎる。


 これほどの手柄を立てた者に、こんな褒美とも言えない物しか与えないという噂が広まったら、誰も父上に味方しようとは思わなくなる。


「お言葉通り、人質の身代金を今川と交渉させていただきます。

 これで陣を離れさせていただきますが、ご容赦願います」


「好きにいたせ」


 前田慶次が一度も顔を上げることなく本陣を出て行った。

 慶次がいなくなって大丈夫なのだろうか?


 今川勢の総大将、太原雪斎と朝比奈泰能は前田慶次が生け捕りにした。

 他の主だった武将も前田慶次が生け捕りにした。

 この状況で今川勢が反撃して来る事はないと思うが……


 いや、前田慶次が太原雪斎や朝比奈泰能と交渉したらどうだ?

 もし、もし今川義元がこの負け戦の恨みを水に流して、大きな恩賞を前田慶次に渡したら、あの黒鬼が今川勢を率いて襲ってくるのだぞ!


 あれだけの武勇を誇る前田慶次だ、千金を出してでも召し抱える者はいる。

 慶次が三郎から与えられた領地は大浜だ。

 大浜は油ケ淵を挟んで西条吉良家と領地を接している。


 吉良家は、分家の分際で領地を奪った今川家を敵視している。

 今川家を叩ける前田慶次を家臣にできるなら、褒美は惜しまないだろう。

 そしてここで父上を討ち取る事ができたら、尾張は麻のように乱れる!


「父上、父上、前田慶次への恩賞が少な過ぎます!

 今直ぐ慶次を追いかけて、働きに相応しい恩賞をお与えください!

 このままでは、今川や吉良に慶次を調略されてしまいますぞ!」

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