第20話:閑話・援軍

天文16年11月9日:三河本宿城:松平権兵衛重弘視点


 松平広忠には先がないと思った。

 このまま仕えていても、碌な事のならないと分かっていた。

 広忠が仕えた今川義元は冷酷非情で、外様にとても厳しい。


 本家である吉良家から領地を奪い、無理難題の言い掛かりを度々つけて、吉良家から手を出すように仕向けては叩いている。


 松平家に関しても、最初は松平蔵人佐殿に味方して、宗家を潰そうとしていた。

 尾張の織田弾正忠家と手を結び、三河を分け取ろうとしていた。


 松平家の分家に過ぎない我が家程度では、何時言い掛かりをつけられて潰されるか分からない。


 今川家との約定を平気で破る織田弾正忠も信用できないが、戦上手だ。

 嫡男の織田三郎も、初陣で大浜城を落とし、つい先ごろも梅坪城を落としている。

 後継者が戦上手と分かっているから、織田弾正忠家の方を頼ると決めた。


 だが、松平家を裏切った事は、直ぐに広忠に知られてしまった。

 大久保忠勝、酒井正親、石川数正などの武功確かな者達が、400余騎の軍勢を率いて我が城を囲んだ。


 織田家には援軍を願う使者を送ったが、間に合うかどうか分からない。

 一族一門や家臣だけでなく、領民も城に入れて守りを固めたが、敵の数が多過ぎて何時まで耐えられるか分からない。


 何より、本当に織田が援軍を送ってくれるかも分からない。

 織田弾正忠には、今川家との約定を破った前例がある。

 我が家との約定を破って見殺しにする事もありえる。


 松平広忠勢は昨晩遅く城を囲んだ。

 日の出とともに火のような勢いで攻め立てて来た。


 城の周りの山々は、朝日を受けて紅葉が美しかった。

 これが最後に見る風景かと思いつつ、必死で防戦した。


 酒井正親が率いる軍勢は、水濠代わりの鉢地川を渡って攻めかかって来るが、橋を落としたので、冷たい川の水を渡らなければ大手門を攻められない。


 弓矢で攻撃してきたが、高い城壁の上から弓矢を射る我らの方が勢いがある。

 散々矢を喰らった酒井正親が逃げて行った。


 だが敵は酒井正親勢だけではない。

 東側から大久保忠勝勢が攻め寄せて来た。

 

 大久保忠勝勢も激しく攻め立ててきたが、東側には高い城壁と曲がりくねった袋小路の道がいくつもある。

 大久保忠勝勢は多くの将兵を失って逃げて行った。


 城の西側からは石川数正が攻め寄せて来た。

 だが西側は湿地帯で、城に取り付く事もできないうちに、酒井正親勢と大久保忠勝勢が我が軍勢に叩かれて逃げて行った。


 大久保忠勝、石川数正、酒井正親の3将は、昼になって裏門から攻めて来た。

 裏門は山に通じていて、我が軍勢は何所に潜めば奇襲できるか良く知っていた。

 再び散々に叩いたら、這う這うの体で逃げて行った。


「兄上、我らには勢いがあり地の利もあります、討って出ましょう」


 長弟の親成が強く言う。


「その通りです、討って出ましょう、城に籠っていても助けなど来ません!

 我らは安祥城の捨て石にされたのです」


 次弟の忠就が言う通りかもしれない。

 今川の属将となる事で力を得た広忠は、安祥城を取り返そうと何度も攻めている。


 織田弾正忠は、岡崎城の東にある我らに謀叛させる事で、一時的に安祥城の攻撃を止めさせて、その間に守りを固めようとしたのかもしれない。


「兄上、このまま日暮れまで何もしなければ、敵に援軍が来るかもしれません。

 敵に援軍が来なくても、休んだ敵が元気を取り戻してしまいます。

 敵が負け戦に消沈している今こそ好機です」


「そうです兄上、今が勝つ最後の機会です。

 織田家が援軍を送る気だったとしても、途中には岡崎城を始めとした多くの城があり、そう簡単のここまで来られるとも思えません!」


 親成と忠就の言う通りだ、多くの城を抜けて援軍を送るのは難しい。

 追い詰められてそんな事も分からなくなっていた。


「分かった、討って出よう!」


 城に籠っていた兵の大半を率いて討って出たものの……


「逃げろ、逃げてくれ、俺が愚かだった!

 この命に代えて、兄者だけは逃がして見せる!」


 私は最後の最後まで愚かだった!

 1度織田家を信じたのなら、最後まで織田家を信じて籠城すべきだった。

 信じ切れずに討って出て、待ち伏せされてしまった!


 自分が先に待ち伏せで戦果を挙げたのに、自分が同じように待ち伏せされる事を、全く考えていなかった。


 ああ、親成が討たれてしまう!

 私を逃がそうと敵中に突っ込んでいった親成が、敵に組み伏せられてしまう!


「うぉおおおおお、動くな!

 我こそは三河大浜の黒鬼、前田慶次利益なり!

 命のいらない者は掛かって来い!」


 耳を壊さんばかりの大声を叫んで、信じられないくらい大きな武将が現れた。

 余りの大声に、親成を組み伏せていた武者が固まっている。


 真っ黒の具足に身を包んだ巨人が、これまた信じられないくらい大きな馬に乗って、たった独りで敵の中に突っ込んでいく!


 鬼としか思えない巨人に背後を襲われた敵は、クモの子を散らす勢いで逃げ出したが、黒鬼は全く気にせず真直ぐやって来る。


 途中で逃げ遅れた者を無差別で叩き殺していく。

 流れるような動きで、親成を組み伏せていた武者の頭を叩きつぶした!

 そのまま親成の腕を取って馬上に引っ張り上げた!


 あれよあれよという間に、目の前に黒鬼がいた。

 全く動く事ができず、その場に固まっていた。


「殺されそうだったから助けた」


 黒鬼が人間の言葉を話した!

 いや、人間だ、最初から人間だった。


「織田三郎様の命で助太刀に来た、松平権兵衛殿か?」


「あ、ああ、ああ、松平権兵衛だ」


「そうか、約定通り援軍に来た、直ぐに皆殺しにするから城で休んでいてくれ」


 黒鬼はそう言うと馬首を返して敵陣に突っ込んでいった。

 逃げ惑う敵の背後から多くの兵がやってきた……助かったのか?

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