第3話:獅子奮迅

天文16年9月22日:美濃井ノ口:前田慶次15歳視点


「奇襲じゃ、道三の奇襲じゃ!」


 信長の命令で、青山信昌の与力として美濃攻めに加わった。

 最初は順調で、2年前のように武功を稼げると軽く考えていた。

 皆と同じように村々を略奪し、奪うだけ奪った後は放火して回った。


 斉藤勢は逃げ回るか城に籠るだけで、全く戦う事なく美濃の奥深くに進んだ。

 20日ほど好き勝手に暴れ回って、ようやく稲葉山城の城下に至った。

 陽が傾き、今日も何事もなく無人の村で眠れる、そう思っていたのに……


「うわああああ、逃げろ!

「信秀様を護れ、斉藤勢を止めろ!」

「逃げるな、逃げずに戦え!」

「者共、ここに踏みとどまって信秀様を逃がすぞ!」


 運の悪い事に、俺達は信秀様と斉藤勢の間にいた。

 俗にいう殿を務めなければいけない場所に布陣してしまっていた。

 信長の援軍が逃げたから信秀様が討たれたとなる、家督争いで不利になる。


 それが分かっているから、信長の3番家老青山信昌は命懸けで戦う気だ。

 道連れにされる俺達には迷惑極まりない話だ!

 新婚早々妻を未亡人にできない、妻が再婚すると考えると気が狂いそうになる!


「助太刀申す、ここで兄上を失う訳にはいかん!」


 織田信康が命懸けの殿を手伝ってくれると言う。

 信秀様の弟で、常に信秀様を立てて尾張支配を手伝ってきたと聞く。

 こんな弟がいるから、信秀様は尾張の大半を支配できたのだろう。


「踏み潰せ、踏み潰して信秀の首を取れ!」


 斉藤勢は俺達の事など眼中にないようだ。

 俺達の先にいる、信秀様しか見えていない。

 少数の殿など、少し叩けば蜘蛛の子を散らすように逃げると思っていやがる。


「踏み潰せるものなら踏み潰してみろ!」


 見下されると腹が立って暴れ回りたくなるのは、幼い頃からの性分だ!

 俺を馬の蹄にかけようとする騎馬武者がいたので、1丈2尺の金砕棒で一突きにして、馬上から落としてやった。


 胴を突いた時点で死んでいただろうが、万が一息があったとしても、落馬の衝撃で確実に死んでいる。


「この馬は俺の戦利品だ、誰にも盗まれるな!」


 敵の騎馬武者が乗っていた馬の手綱を取って落ち着かせた。

 義祖父がつけてくれた百姓兵に手綱を預けて、戦利品として持ち帰る。


 殿をやらされても、こんな所では死なない、必ず生きて帰る!

 武功も戦利品も、全部尾張に持ち帰る。


「我こそは尾張荒子の住人前田慶次利益なり、我と思わん者は掛かって来い」


 信長が造ってくれた、六角棒全体に鉄板を張った金砕棒を振り回した。

 その度に近寄ってきた敵兵の身体がへしゃげて地に倒れる。

 その数が5人10人15人と増えると、いつの間にか斉藤勢が俺を避ける。


「斉藤家に人はいないのか、背中を見せて逃げるしか能のない憶病者ばかりか?!」


 俺を避けた斉藤勢が、青山信昌と織田信康を討ち取ろうとするので、挑発して引き付ける事にした。


「おのれ、言わせておけば!」

 

 俺から離れた左側を抜けて、織田信康様まで無視して信秀様を追おうとしていた騎馬武者が、誇りを傷つけられたのか、馬首を戻して俺を討ち取ろうとした。


 その勇気が、寿命を縮める事になるとは思ってもいなかったのだろう。

 俺は人並み外れた大男だが、甲賀生まれの地侍として、幼い頃から忍術の稽古もしてきたのだ。


 巨体だから、素早く動いているようには見えないが、実際には甲賀衆の中でもかなり早く身体を動かせるのだ。


 だからこそ、駆け寄って来る騎馬の馬上にいる武者の胸や喉を、正確に討ち抜いて一撃で絶命させられる。


「これも持って帰れ」


 俺は2人いる足軽のもう1人に、新たな馬の手綱を持たせた。

 

「お前達は、そこらに転がっている雑兵の首を取って鞍に括り付けろ。

 生きて帰ったら褒美をやる、俺の近くに居れば守ってやる」


「「「「「はい!」」」」」


 青山信昌が連れて来た百姓兵に、俺が叩き殺した雑兵の首を取るように命じた。

 雑兵首であろうと、殿を務めて生きて戻った者が取った首なら、高く評される。

 まして騎馬武者の首が2つあるのだ、上手くすれば100貫は加増される。


「どうした憶病者共、俺の首を取らないと信秀様には近づけないぞ!」


 立て続けに2人の騎馬武者を叩き殺されて、斉藤勢も臆病風に吹かれた。

 俺の脇を駆け抜けようとしたが、決死の覚悟の青山信昌が織田信康いる。

 負け戦に勢いを失っていた2人だが、今では自信満々で斎藤勢を迎え討っている。


「押し包め、馬鹿正直に一騎打ちなどするな。

 多勢で押し包んで討ち取れ、お前達も手伝え!」


 卑怯な斉藤の騎馬武者が、周りにいる騎馬武者に声をかけた。

 数を頼んで四方八方から俺に迫り、疲れさせて討ち取ろうと言うのだ。

 だが、四方を敵に囲まれるまでじっとしている馬鹿はいない!


「死にさらせ!」


 俺は左手だけで金砕棒を持ち、地に落ちている石を拾って投げた。

 幼い頃から甲賀流の印地打ちを学び、鳥獣を狩って腹の足しにしてきた。

 鳥に比べて大きく鈍重な人間など、的を外す方が難しい。


「ぎゃっ!」

「がっ!」

「ぐっ!」

「ぎゃっふ!」


 騎馬武者と徒士武者を先に狙って殺す。

 面頬で顔を守っていない者は、一撃で即死させられる。

 面貌で顔を守っている者も、気を失わせる事ができる。


「ヒィイイイイイン」


 主を失った馬が逃げていく、勿体ない。

 1頭最低でも2貫、普通なら4貫や5貫になる馬を逃がしてしまった。


「倒れた武者の首を取れ、殿様から頂いた褒美の半分をやる、さっさと取れ!」


 俺の言葉に我に返った百姓兵が、我先に騎馬武者や徒士武者に殺到する。

 首を取る百姓兵が殺されないように、四方八方に印字を放つ。

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