第2話:相撲好き

天文14年3月20日:尾張愛知郡那古野城:前田慶次13歳視点


「これが加納口の黒鬼じゃ、我と思わん者は相撲を取って見よ!」


 信長の糞餓鬼が勝手な事を言っている。

 身勝手な信長の命令で、婿入り先の荒子前田家を出て独立する事になった。

 まあ、婿に入ったとは言っても、当主は義祖父で家を継ぐのはまだまだ先だった。


 婿養子としてずっと家にいるのは息が詰まる。

 一人前の武士として取立てられるのは正直うれしかった。

 とはいえ、毎日毎日見世物同然に相撲を取らせられるのは腹が立つ。


「おのれ、でかいだけの木偶の坊に負けるか!」


 信長は自分に挨拶に来る武者全員を挑発して俺と相撲を取らせる。

 普段偉そうにしている城持ちの国人が、俺に負けるのが面白いようだ。

 自分の近習に負ける国人を見るのも楽しいのだろう、嫌な奴だ!


「うわっははははは、普段の大言壮語はどうした?

 昨年初陣をしたばかりの若造に1勝もできないのか?!」


 そういう御前も、1度も俺に勝てないだろう、信長!

 何なら今この場で地面に叩きつけてやろうか?

 その気になれば頭から叩きつけて殺す事もできるのだぞ!


 まあ、勝つ度に何か褒美をくれるから、色々と助かっているのは確かだ。

 近習として50貫の扶持をもらえるし、城下に屋敷地も拝領した。

 家は自分で建てないといけないが、義父と義祖父が領民を使って建ててくれた。


「新五郎どうだ、御前も相撲を取って見ないか?」


「遠慮しておきます、某の役目は将兵の指揮でございます。

 雑兵のような武者働きは必要ございません」


 通りかかった重臣の林秀貞に声をかけて断られている。

 林秀貞は、信長を蔑む表情を隠そうともしていない。


「ちっ、面白みのない奴だ」


 おい、おい、重臣にそんな事を言っているから陰口を言われるんだ。

 もう少し考えて言え、信長!


「牛助、どうじゃ、相撲を取らぬか?」


 林秀貞の次に通りかかった佐久間信盛にも相撲を誘った。


「いいでしょう、その代わり若も取ってくださいよ」


 信長と仲の良い佐久間信盛が上手い返事をした。

 俺より5歳年長の佐久間信盛は、身体もできているし実戦経験も豊富だ。

 俺に負ける恥を信長に勝って帳消しにしようとする知恵者でもある。


「よかろう、久しぶりに牛介と勝負だ!

 先ずは黒鬼と取って見せよ!」


「分かり申した」


 佐久間信盛も170cmくらいの大男だ。

 男の平均身長が150cmのこの時代では、他の武将よりも頭1つ大きい。

 だが、俺は更に頭1つ大きく力も強い。


「勝負あり、牛介でも勝てないか、よし、久しぶりに勝負だ!」


「手加減はしませんぞ」


「望む所よ!」


 信長は佐久間信盛とうれしそうに相撲を取り出した。

 何度負けてもうれしそうに向かっていく。

 他の連中への態度と全然違うのは、よほど馬が合うのだろう。


「若君、いいかげんになされませ、四書五経とは申しませんが、武経七書くらいは読まれてください!」


 間の悪い事に、信長が佐久間信盛と機嫌良く相撲を取っている所に、生真面目で融通の利かない平手政秀がやってきた。


 信長が俺との約束を守るために、平手政秀の息子に駿馬を譲るように命じて断られたばかりだから、どうにも居心地が悪い。

 それ以来、信長と平手政秀の仲も微妙になってしまっている。


「若君、五郎左衛門殿に孫子を諳んじている所を見せて差し上げよ。

 五郎左衛門殿は若君の努力と能力を御存じないようだ」


「ふん、何故余がそのような事をせねばならぬ?」


「家臣の心を掴むのも主君の務めでございます。

 愚かな家臣の目を開いてやるのも若君の務めでございます」


 うっわ、佐久間信盛が辛辣な事を口にした。

 先輩に向かって愚かだと断言した。

 よく考えたら、佐久間信盛もまだ若く、血気盛んだった!


「無礼な、今の言葉忘れぬぞ!」


 平手政秀が佐久間信盛を睨みながら出て行った。

 これって、佐久間信盛が信長を庇ったのか?

 平手政秀の恨みが自分に向くように盾になったのか?


「興が覚めた、もうよい、何か他に面白い事は無いか?!」


「何を申される、某をけしかけたのは若でございますぞ。

 ようやく身体が動くようになってきたのです、もっと取りますぞ」


「嫌だ、もうやる気がなくなった、やりたければ牛介1人でやれ」


「若は相変わらず身勝手ですね。

 だったら勝手に人を増やしてやらせていただきますよ。

 お~い、誰かいるか、若君の前で相撲を披露するぞ、集まれ!」


 佐久間信盛が控えている者達に向かって声をかけた。

 俺達が相撲を取っている庭はもちろん、部屋にも通路にも近習が控えている。

 次期当主の信長に、自分をアピールする絶好の機会を逃す奴はいない。


 わらわらと近習達が集まり、着物を脱いで上半身裸になった。

 その中には、信長の乳兄弟である池田恒興がいる。


 池田恒興は、俺の従弟でもある。

 俺の従弟とは思えない小兵で5尺もないのだが、動きが素早く力も強い。


 俺と目を合わせないようにしているのが、兄の滝川一益だ。

 我が家は代々大柄な者が生まれる家系だ。

 俺ほどではないが、兄も他の近習よりも頭1つ大きく6尺はある。


 ただ、俺に比べると頭1つ小さい。

 性格の悪い信長は、甲賀にいた兄を召し出して家臣にした。

 俺と相撲を取らせてどちらが勝つか見て楽しむためだ。


 俺が負ければ、俺をウドの大木と罵る気だったのだろう。

 俺が勝っても、弟に劣る兄を見て罵る気だったのだろう。


 本当に性格の悪い餓鬼だが、部屋住みの兄に50貫の扶持は大きかった。

 俺との相撲を見世物にされると分かっても、織田家を出て行く事ができない。


「黒鬼、滝川太郎、最初に取ってみろ」


 信長と馬が合うだけあって、佐久間信盛も性格が悪い!


★★★★★★前田家と滝川家の家系図(都合のいい説を採用しています)


前田利春ー前田利久=前田利益

    ー前田利玄

    ー前田安勝ー前田百合

    ー前田利家

    ー佐脇良之

    ー前田秀継、

    ー寺西九兵衛室


滝川貞勝ー滝川資清ー高安範勝ー滝川益重

         ー滝川一益

         ー前田利益

         ー滝川静香

     滝恒利室

     滝川一勝ー滝川益氏


     滝川範勝

     (滝恒利)

池田政秀=(池田恒利)ー池田恒興ー


     前田利久室

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