第32話 それは恵まれすぎというものだ

 明日……か。少なくとも、ひとまずは助かった……らしい。


 そう思うと腰が抜けて、その場にへたり込んだ。


 おれが生きているのは、たまたまだ。


 ああ良かった――そう思う気持ちはあった。


 一方で。悔しい……そんな感情も、心の片隅にあった。


 それを察してか、ロボが急におれの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「……本当言うとな。アイツを前にして、キミが逃げてもよかったんだ。本気でアイツを倒させようとしたわけじゃ、なかった。キミが逃げれば、自分もユウを諦めることが出来たからな……。だってそうだろう? 自分が見える人間に、それも年頃の男に出会えるなんて、幸運が過ぎる。それは恵まれすぎというものだ」


 こいつは……この考え方は……まるで、おれじゃないか。


 おれが人間なら……こいつだって人間だ。


「言い訳に聞こえるかもしれないが、キミの命が危険に晒されるような事になれば、ホッケと取引してでも逃がすつもりだった」


 だけど、と続ける。


「――よく、戦った。自分はユウの勇気を誇りに思うよ。自分は、かつて戦えなかった。だからこうして人狼に身をやつしている。だが、ユウは戦った」


 その瞳に、性欲からではなない憧れのような色が見えた気がした。


 だから、酷く自己嫌悪を覚えた。


 違う。そうじゃないんだ。


 おれも同じなんだ。お前と同じで、ほんとは逃げの選択しかできないヤツで……たまたま、今回は体が勝手に動いただけなんだ。


 それだけに、悔しくてしょうがない。いつだってその選択を選べない、弱さが。


「だからこそ、やはり自分はユウを殺させるわけにはいかない。失うわけにはいかない」


 おれの反論が口をつくより先に、そう言ったロボは、いつになく真剣な表情だった。


 あの、かなかな口調もナリをひそめている。


 これが本来のロボなのかもしれない。


 いや、きっとそうだ。


 ロボは、人から見えなくなって、ずっと人とコミュニケーションを取れていない。


 だから、事あるごとに、相手を確認するようにかなかな言っていたんだろう。


 ……それほどまでの長い孤独。誰からも認識されない透明な人生。


 本当に強いのはどっちだろう。


 これじゃ、到底対等の関係とは言えない。つがいも何も……今のおれにはそんな資格はない。

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