第34話話 堕天使フジーコ

 天界の高層ビルの最上階にあって、ここは第6ダンジョンを任される熾天使フジーコの邸宅でもある。


 ダンジョンマスターとなれば、活動は多岐にわたる。ダンジョンの中に引きこもり、ひたすらダンジョンの追求に没頭する者もいれば、天界での出世工作に勤しむものも居る。


 フジーコは後者で、ダンジョンに居ることはない。意のままに操れる甥っ子のラーキをダンジョンの司令官にすると、天界での暮らしを望んだ。

 地上に降りることがあっても、それは聖女や勇者に天啓を与える為だけで、ダンジョンの中には入ろうとさえしない。


 今やラーキでさえも、第6ダンジョンの中に入ることはなく、天界で好き放題の暮らしをしている。




 緊急連絡、第6ダンジョンでブラックアウト発生。至急連絡されたし。


「第6ダンジョンが、ブラックアウトを起こしただって? こんな質の悪い悪戯メールしてくるなんて、レヴィンの仕業でしょ」


 フジーコのスマホ届いた、一通の緊急メール。しかしメールに少し遅れて、あらゆる通信手段で、第6ダンジョンの破綻を告げる連絡が入る。


「ラーキ、どうなってるの? 説明しなさい!」


「どうやら、勇者を任命しすぎたようです。加護を連発しすぎたせで、ダンジョンの魔力供給が間に合わなくなったのかもしれません」


「あなたは、問題ないと言ったでしょ」


「来月からの予定でしたが、ワイーザが稼働を早めたようです」


「くそっ、使えないヤツばっかりね」


 ワイーザも、フジーコと血縁関係にある。いずれは、言うことを聞く使い勝手の良い駒とする予定だった。


 しかし、悠長なことはしていられない。ブラックアウトの禁忌を犯した天使には、災厄が降りかかる。災厄から逃れた者はおらず、待ち受けるは凄惨な死があるのみ。


 しかし、まだ体には何の変化も起きていない。完全に崩壊してはいない。ただ、ダンジョンとしては再起不能だろう。


 結局、待ち受ける未来は、神々からの裁き。


「まだ、間に合う」


「いや、もう手遅れです。ダンジョンの崩壊は始まっています」


「違う、地上で身を隠す。悪いのは、ワイーザ。そう、全ては、アヤツの責任よ」


 その数分後、フジーコの邸宅であったビルの最上階で、大爆発が起こる。それは、熾天使フジーコと司令官ラーキに降りかかった災厄ではなく、災厄を擬装するための爆発。


 こうして天界から、熾天使フジーコと司令官ラーキの姿が消えた。




 フジーコが目を開けると、辺り一帯は真っ白な霧に包まれている。身体中が痛み、薄っすらと目を開けることしか出来ない。


 地上へと逃げることに成功し、災厄は降りかかっていない。全身の傷は、天界からの追っ手によるもので、魔法で焼かれ、聖剣で切られた傷。

 どう逃げたかすらも覚えていない。ただ、絶え間なく襲いかかる、痛みが生を実感させる。


 次第に込み上げる怒り。そして、周囲の霧が次第に晴れてゆく。


 見えてくるのは、険しい岩峰が連なり、草木などの植物も一切ない風景。陽の光を遮るように常に深い霧が立ち込め、全貌は明らかにならない。


「タカオの岩峰か」


 そこは始まりのダンジョンと同様に、ブラックアウトを起こしたダンジョンのあった場所。


 体に纏わりついてくる湿気のある空気が気持ち悪い。だが、残留している魔力は濃く、フジーコの動かない体に少しだけ活力が戻る。


「何者だ」


 辛うじて絞り出した言葉。嫌な予感と不安が急速に膨らむ。創造神ゼノの逆鱗に触れ、処分された熾天使は多く、フジーコは幾度となくその光景を見てきた。そのゼノの怒りにも近い感覚。


「フジーコ様、忘れてしまいましたか?」


「その声は、ラーキ? 死んだのではなかったのか?」


「クックックッッ、フジーコ様と同じ。そんな柔ではありませんよ」


「いや、偽物めが」


「何をおっしゃいますか、本物ですよ。散々悪巧みをしてきたではないですか? 私達は一蓮托生」


 黒い霧が出現するとフジーコに絡み付き、体の中へと侵入してくる。穴という穴から侵入し、防ぐことは出来ない。


「何だ、これは。ラーキ、答えろ」


 頭の中に浮かぶ、今まで見てきた数々の光景と、まだ見たことのない光景。


「やっと私をラーキと認めてくれましたね。このままならば、フジーコ様の待ち受ける未来は、死あるのみ」


「堕天……しろと……」


「ダンジョンの力を手に入れるのです。神々を地上へと叩き落とし、フジーコ様が頂点に立つのです」


 フジーコの熾天使の象徴である3対6枚の純白の翼は、次第に黒く染まってゆく。


「アブソーブ・ダンジョン」

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