第29話 聖女の主従契約

 ザキーサがアイテムボックスから取り出したものは、四角い机のようなもの。周囲は布で囲まれ、中を見ることは出来ない。だが、特殊なマジックアイテムではない。


 その机の中からは、聖女クオンの気配が感じられる。襲いかかってきた時の明確な敵意や殺気はなく、全く別物の存在にしか感じられない。だが、魔力は間違い聖女クオンのもの。


「捕獲成功じゃ。コヤツ用に2千年かけて開発した、聖女クオン専用結界。容易く抜け出すことは出来ん」


 何が起こったか分からないが、ザキーサは定位置であるブランシュの肩へと戻ってしまい、緊迫した雰囲気から一転している。


「あったかいのニャー」


 そして机の中から聞こえてくる、聖女クオンのだらけきってしまった情けない声。


「ふんっ、その名も快適温度自動制付きコタツじゃ。これを知ってしまえば、もうコヤツは腑抜け。脱出なんぞは不可能」


「卑劣なトカゲニャ~。でも、体が動かないニャ~」


 俺がコタツに近付けば、コタツからモフモフの尻尾が出てくる。左右にピョコピョコと動く尻尾は、威嚇し攻撃しようと試みているようだが、全く攻撃力はない。


 まじまじと3つの金色に輝く尾を見れば、それぞれ僅かに色味が違う。赤みがかった尻尾に、黄みがかった尻尾、青みがかった尻尾には、不思議な魅力がある。フェンリルの力なのか、それとも聖女の力なのか。


「ダメじゃ、触れるでない。それ以上、近付いてはならん!」


 ザキーサの忠告は聞こえている。しかし、込み上げてくる触りたいという衝動に、思わず尻尾に触れてしまった。


 何とも言えない、モフモフ感と、滑らかな肌触り。さらに、その感触を確かめようと撫でてしまう。依存性の高い、危険な感覚。聖女クオンも何の抵抗もせず、尻尾の動きを止めてしまう。


「やってしもうたか。それも最悪な結果じゃて」


 次第に尻尾に魔力が集まる。その魔力は、襲いかかってきた時以上のもの。


「何が、起こってる?」


 聖女クオンの逆鱗に触れたのかと思い、手を離そうとするが、俺の手は全く動かない。それどころか、逆にしっかりと尻尾を掴んでしまう。

 さらに尻尾への魔力が集まると、次第に俺の腕へと絡み付き、そして……俺の影の中へと流れ込む。


 コタツの中からは、クオンの気配も魔力も消えてしまう。


「何が起こったんだ?」


「自分で鑑定してみろ。自らが招いた結果じゃ、ワシは知らんし、責任も取らん」


 鑑定眼スキルを使えば、俺のステータスに異常はない。ただ見たことのない項目が、1つ増えている。


 新しく追加された項目は、「主従契約魔物:熾天使サージの聖女クオン」とある。

 獣人と魔物フェンリルの合の子であるクオンだからこそ出きる魔物契約。尻尾を触る行為には、そういう意味があったのだ。


「どうしたの? 何があったの、レヴィン?」


 いくら俺が隠そうとしても、ブランシュには隠し事は通用しない。


「いやな、ちょっとした問題なんだろうが、何て言うかな……」


 ハッキリしない俺に、ザキーサがアイテムボックスからメガネを取り出してブランシュに渡す。それは鑑定眼スキルのあるマジックアイテムの「第一秘書の尖り眼鏡」。


「ふーん、そういうことね。まあ、聖女クオンのことは問題ないでしょ。重要なのは、聖女の肩書きなんだし」


 問題ないとしつつも、ブランシュの機嫌は悪くなる。


「ねえ、レヴィン。鑑定眼スキルって、どこまで見えてるのかしら?」


「それは難しい質問だな。スキルレベル次第で、見える事は大きく変わる」


「そう、レヴィンの鑑定眼スキルは高いのよね」


「ああっ、黒子天使の中では高い方だな」


「ふーん、何を着てるかも見れるんだ。それに、スリーサイズなんかも」


「おっ、おっ、見ようと思えば、見れるんじゃない……かな」


 曖昧な返事になればなるほど、俺への疑いは強くなる。何なら下着の色や形だって分かるが、そんなことを答えれる訳がない。

 ブランシュの剣呑な眼差し。それを感じ取ってか聖女クオンが、俺の影から出てくる。

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