赤い海に浮かぶ、黄ばんだ廃棄物。『気持ち悪い』

黒―赤―黄―赤―黒

『食べ歩きは私にとって、単なる趣味を超える生きがいです』

　日本全国、時には国境を越えて『手の中のどこでもドア』を片手に、その土地ならではの味を求め歩きます。

　特にラーメンやカレーが好きで、何処に行く時もつい調べてしまいます。

　この国民的な食べ物が嫌いな人って、そうはいないでしょう。

　――春の訪れをまだか、そろそろかな？　と木々が囁き合っているある日――

　私は飛行機チケットを握りしめ台湾へ旅立ちました。

　知らない土地へ１人で旅行するのに緊張が無いと言えばウソになる。なにせ私は中国語が話せないから。

　知ってる単語と言えば『ニーハオ（こんにちは）』『シェイシェイ（ありがとう）』『ウォーアイニー（（女性へ）あいしてる）』くらいだ。

　けれど少しの不安とともに心の中では、新たな地で冒険に胸を躍らせていたのです。

　台湾といえば、小籠包や牛肉麺、そして豊富なストリートフード。次々と浮かび上がってくる様々なスイーツ達。

　現地に到着しホテルにチェックインをした私が遭遇したのは予期せぬ言葉の壁。

　旅行ガイドやネットの情報では、まるで日本語が一般的に通じるかのように書かれていいましたが、実際はそうでもなかったのです。

　カタコトの日本語で話しかけても彼らは全く私の話を聞き取ってくれません。

　でも私には『手の中のどこでもほんやく』なる板がある。これさえ有れば私は誰とでも話せる。

　無事にチェックインを済ませて、荷物を預けてストリートへと繰り出した。

　弾んだ心に従い軽やかに私は街を歩く。みると通りには、多くのレンタサイクルが目に入りました。

　これから行こうとしているのは、台湾の中でも特に栄えている繁華街です。

　レンタサイクルはとても良い選択肢に思えました。

　自転車にはQRコードが描かれており、登録すれば誰でも使う事が出来るようです。

　早速登録を開始しますが――その作業は途中で止まってしまいます。

　今の私にはSMSを受け取れる番号は有りませんし、中国で身分を証明する物もありません。

　外国人に対して対応をしてくれる店員もおらず、私はレンタサイクルを使う事を諦めました。

　諦めて地下鉄に乗り、繁華街へと繰り出した私は人の多さに面食らいました。

　そこら中で活気があり、その様子は幼少の頃、父に手を引かれて訪れた秋葉原を彷彿とさせました。

　左右の通りが個人商店で埋め尽くされていたのです。

　浮ついた気分で、全てのお店に足を向けたいしっとりとした空気にのって匂いが私の鼻孔を通り抜けました。

　その香りに反応し、口の奥からジュワっと止めどなく漏れ出してきた雫を飲み込み。『腹が減った』と気付きました。

　鼻先をくすぐる香りに導かれ、瞳をキョロキョロとさせると『四川』の看板が目に飛び込んできました。

　それは四川『麻辣湯麺（まーらーたんめん）』を提供するお店でした。

「せっかく台湾に来たのだから」という思いが私をその門へと導きました。

　のれんを潜ると、カウンターの内側には黒い服とハチマキをした二人の男性が黙黙と働いていました。

　日本語が通じづらく、中国語も知らない私は戸惑って立ちすくんでしまいます。

　けれど、店員とい思わしき男性達は、私の事を見ようともし挨拶もしてきません。

　困った私は、『どこでもほんやく』を取り出そうとしましたが、ふと自身の右側から光が漏れているのに気付きました。

　そこに有ったのは。日本で見流れた『食券機』です。これが私には救いでした。日本のラーメン屋と同じシステムだったからです。

　お目当ての『麻辣湯麺（まーらーたんめん）』のボタンには中盛りと大盛りがありました。

　私は迷わず大盛りを選択し、無口な店員に手渡します。

　すると彼らは、手際よくラーメンの調理を開始します。その様は、日本で注文するのと変わらず私の心を安心させました。

　ほどなく。提供されたタンメンからはとても良い匂いが漂ってきました。

　私はテーブルにある冷水を口に一口だけ含み、軽くゆすぐような動作をします。

　これは、私のルーティーンで口の中をリセットする行為です。

　いつもの仕草をしながら、カウンターから竹の棒を取り出しました。

　バリッっと小気味よく、解きは流れた二つの道はまるでこれから私の道筋を表すかのようでした。

　レンゲですくった燃えたぎるような赤いスープ。その初めての一口は、山椒の強烈な香りと共に、未知の味わいをもたらした。

『これが本場の味か、強烈だ』

　私の脳内を今までにない刺激が突き抜けました。

　その衝動に突き動かされて、次々と口の中に麺を運びスープを飲み込みます。

　そんな初体験を味わっていた私の中で異変が起こりました。

　口の中で味が徐々に薄れ、麺はゴムのような感触に急激に変化しました。

　今の私は一体何を食べているのか、食感から感じる事は出来ません。

　この時の食べ物を楽しむことから、ただ無理やり流し込む行為へと変わってしまったのです。

　私はいつも、スープまで完飲することを誇りにしていましたが、この日ばかりは違いました。

　私の舌は山椒で完全に麻痺し、粘膜が厚み0.01ゴムに包まれたかのようで強固さに私は絶望しました。

　その白い肌が赤く染められた細い肢体を愛しい人（タンメン）を優しく口へ運びますが、私の粘膜は衣を脱ぐ事は叶いません。

　――苦闘の末、私はその日、人生で初めてラーメンを残してしまったのです。

『これからは安易な大盛りは止めよう』

　それが私が、0.001の距離と共に得た教訓です。

おわり