END

 結論から言えば、呪いの原因はそこにはなかった。ただあったと思われる場所は見つけられた。

「ヒューラが見たっていう像が十年ぐらい前? に壊れたらしいよ」

 マジャルが聞いてきた事を報告する。十年ぐらい前、記憶が蘇る。

「あとそれから、村の人達も性格が穏やかになっていったらしい。像が壊れてから」

 確かに、ここに来た時村人達は拒む様子を見せなかった。その言葉にガナルは一歩前に出た。像があった箇所に触れる。瞬間、ばっと身を退いた。

 像がなくなっている事に唖然としていたヒューラも、それにはびっくりして視線をやった。

「ガナル?」

 彼女は口を少し開いていた。右手を見つめてから、像のあった箇所に移す。

「“魔王の気配がする......”」

 魔王の卵を破壊した日と、像が壊れたとされる日は一致していた。また呪術の起源は魔王と言われており、自然発生したものを当時の人族が形にしたと記録にあった。

「他のダークエルフの村や街にも同じような像があるってさ。ダークエルフのなかの宗教、みたいなもんだって言ってたけど......」

 ヒューラが嘗て使っていた部屋を借り、五人はそこに集まっていた。エルフであるマジャルぐらいにしか村人達は口を開かない、とにかく聞いて回った事を順番に報告した。

「一番魔力が高いのはエルフだ。それが狙いか......?」

 腕を組む彼女の横顔には少し焦燥感があった。

「その宗教っていうの、元までは分からないんですか」

 ダークエルフがなぜ生まれたのか、それは謎に包まれており、流石にそこまで生きているエルフもいない。だが宗教だったら、どんなに古くとも起源となる何かが残っているはずだ。白き太陽神もその他の宗教も、人族の元祖となる天神族がいた頃に発生したが、全て記録が残っている。

 ランの質問にマジャルは渋い反応を見せた。

「それが、村長に訊いたら聖霊都市かミャン・シーのどこかに一つだけ石版が残ってるってさ。聖霊都市もだけどミャン・シーも、多分ヒューラは......」

 弾かれてしまう。横たわる彼女に視線が集まった。どちらも広い巨大都市だ、そのうえどちらかに一つ石版があるだけ......手分けしなければ効率は悪いが確実に一人は欠ける。

「かと言ってM×Mに連れて帰るのもな......」

 ダンジィに任せたとしても時間はかかるし、呪いを抑えているランから離れればその効果は薄まってしまう。ルーラに任せてもいいが、彼女も多忙の身、それに呪いを受けている人間を国王の近くには置いておけない。

 他の聖職者に任せる手もあるが、ここに選ばれた人間は実力者ばかりだ。そのうちの一人であるランが手こずるのなら、どんなに聖職者が集まったところで意味はないし、ラン以上の強者はルーラと同じような立場にいる。

 結局、ランがこの場に残る事になった。シャーマンである彼の方が都合はいい、然し悪化し続けているヒューラから眼を離すぐらいならと本人が言い出した。

「加護の証です。とりあえずこれで宗教関係の施設やら本やら、見れると思います」

 懐から紐のついた小さな石を取り出した。加護の証は聖職者が他の人間に渡す、言わば入場券のようなもの。本来であればマニュアル通りの手順を踏まなければならないが、そう言っていられる状況でもない。ダンジィはミャン・シーに、マジャルとガナルは聖霊都市に向かった。

 残ったランは一息吐くとヒューラに向き直った。聖霊都市で購入した清められた水を定期的に飲ませる。そのおかげで少し顔色が戻った。

「......」

 フラッシュバックが何度も起こる。堪えるように歯を食いしばり、本を取り出した。

「っだあ! ないんだけどお!」

 道の真ん中で頭を抱えて叫ぶ。周りの視線など無視して肩を落とした。

「あの村長、嘘吐いてるとかないよねえ......」

 はあと溜息を吐き、重たい足をあげた。

「違う、これも違う」

 大きな魔法図書館の奥でガナルは眼と指を忙しなく動かした。並べられた石版には古い文字が刻まれており、ワズィから教えてもらった翻訳の魔法を通してそれらを追った。然しどれも違う、関係のない内容ばかりだ。

「はあ、頭が痛い......」

 慣れない魔法に左眼を瞑る。手で軽く頭を触ったあと、まだもう少しある石版に視線をやった。

「あった。これだ」

 神殿の中央でダンジィは背中を丸めた。神殿のなかには幾つもの石版が立てられており、そのうちの一つにやっと出会った。息を吐き出し、文字をもう一度追う。

「......魔王、兵隊、」

 眼を細める。ややあって立ち上がった。

「まずい」

 慌てて神殿を出る。残された石版にはハッキリと書かれてあった。

【この呪いは何れ大義を成す。魔王の良き兵隊、兵士として彼らは活躍し、未来永劫語り継がれる】

 ダークエルフは元々ただのエルフであり、当時の魔王が呪術を使って作り出した存在だ。長い年月をかけ、人族を嫌う魔力の高い人族という、内側から壊せる兵隊を育ててきた。

 然し何度も魔王を討伐された事で全体的に力が弱り、ガナルが卵を破壊したのをキッカケに各地の像が壊れた。そのお陰でダークエルフにかかっている呪いが薄まりつつある。

 いや、薄まっているのではない。“彼女に集まっている。何千年と蓄積された呪いが。”

「はあ、ラン......」

 名前を呼ばれ、身を乗り出した。背中を向けて横たわる彼女の顔を覗き込む。

「吐きそう、」

 口元を押さえていた。だがランの表情が大きく変わったのはそのせいではなかった。ヒューラの眼の色が変わっていた。白眼の部分が黒く、瞳孔が蛇のように細く変わっていた。

 立ち上がりながら左手を向ける。光魔法の反撥を利用して外に連れ出そうと力を使った。然しそれに呪いが反応したのか、獣のような動きで起き上がると襲いかかってきた。

 はっとした時には遅く、首元を掴まれていた。ランも男だ、火事場の馬鹿力はヒューラよりもあるはずだ。だがビクともしない。腕を掴んでもまるで丸太のようで、ぎりっと睨みつけた。

「ヒューラを返せ」

 彼女の顔の半分はおぞましい魔物の形相に変わっており、もう半分はまだ侵食されていなかった。つうっと涙が流れたのを見てトラウマがフラッシュバックする。

「もう二度と悪魔にエルフを殺されたくないんだ。僕は 」

 ぎゅっと眉根を寄せた。ヒューラの長い白髪は嘗ての彼女を彷彿とさせた。風が彼を中心に吹き始める。

「ごめん」

 両眼を閉じた。瞬間彼女の身体がどんっと吹き飛ばされ、壁を突き破って外に転がった。少し咳き込みつつ首を触る、額の眼で獣のように四つん這いになる姿を見ながら本を取った。

 ざわざわと木々がざわめき、鳥達が逃げていく。聖書のページを捲る音が鳴った。

 刹那、ヒューラが頭を抱えて苦しみはじめた。その声は魔物特有の、若干エコーのかかった声が混ざっており、ランはぎゅっと本を掴んだ。

 ばきっ、ばきばきばきっ。嫌な音と共に彼女の身体が不規則に動き、四肢や胴体が皮膚を突き抜けて骨格から変わっていく。一瞬見えたヒューラの表情は子供のようで、彼はそれに歯を食いしばった。

 ぶくぶくぶくっと顔が膨れ上がり眼玉が飛び出した。だがすぐに内側から硬く鋭い、鳥の嘴を大きくしたような顔が現れた。

 真っ黒な、大きな魔物の姿だ。全体的に細く、脚は八本。弓のようにしなる長い尻尾と、矢先のように鋭い顔。蝙蝠に似た翼を広げ、ランに対して敵意を見せた。

 ぐっと飲み込み、息を口から吐いた。ここまでは同じだ。だがこの先は失敗しか知らない。殺さないように、上手いこと......。

 右手を本に翳し視線をあげなおした時、嘴に乱立する牙が見えた。赤黒い口のなかがハッキリと見える。驚きすぐに防壁を展開しようとした。だが間に合わない......。

「ヒューラ!」

 眼前に滑り込んできたのは大きな背中だった。息を切らしたダンジィが口に腕をかまし、手で噛みちぎられないように押さえていた。咄嗟の行動だというのに精確だ。

「落ち着け」

 切れ切れの声で呟く。ランは一歩離れ、「それは呪いだ。声は届かない」と右手を再度翳した。

 相手は退く事をしない。ぐぐぐっと両方の顎が動き、牙が皮膚とつけている籠手に食い込む。

「殺すのか?」

「いいや。けど、」

 半殺しにしないと止まらない。悪魔に完全に乗っ取られた患者への治療は荒くなる、命さえ死守すればそれでいい......だからもしかしたら、上手くいってもヒューラはもう、

 その時、マジャルの声が響いた。瞬間、鎖が相手の身体を囲むように現れ、がちんっと締め上げた。魔物の声があがり、口が離れる。ダンジィはそこで身を退いた。

「はあ、これ、ひゅーら?」

 膝に手を置いて呼吸を荒くする。

「ああ」

 ダンジィの返答に手を離し、腰にやった。

「だっさ。呪いに負けたのかよ」

 軽口を叩く。だがその頬は引き攣っていた。魔物とは違う、禍々しい気配、それが辺り一面を覆っていた。なんとなく空模様もどんよりと感じてくる。

「村の人達は?」

「僕の魔法で扉も窓も閉めてある。民家のある方に行かせなければ大丈夫。なはず......」

 自信はない。なにもかも。ランの様子にダンジィは前に出た。

「俺がお前を守る。マジャルと協力して上手くやってくれ」

 バーサーカーは暴れる事を生きがいとしている戦闘狂だ。だが彼はその力を守る為の力に変えたい。どくんっと波打つ心臓にぐっと意識した。

「マジャル!」

 ランの声に駆け寄る。彼女がかけた鎖は力を強めていない、というより躊躇っている。あくまでも動きを止める為、鎖が負け始めているのを眼のすみで一瞥した。

「黒魔法だと多分意味がない。召喚魔法で出してほしい」

「なにを?」

 一つおいてから答えた。

「レッドドラゴン」

 それにマジャルは「はあ?!」と大きく言った。だがランの横顔は真剣だった。

「白き太陽神様のお力で無理矢理従わせる。そのせいで証諸共ぶっ壊れても文句言わないなら、すぐに出してほしい」

 シャーマンとは思えない方法だ。はあと溜息を吐くと「分かった分かった」と言って杖の先を上に向けた。

「レッドドラゴン、召喚」

 刹那、翼をはためかせた時の轟音と突風が襲いかかる。予備動作もなしに一瞬でドラゴンの死体を呼び出した、その力にランは内心操れるかどうか不安に思った。場合によってはマジャルの力に負け、干渉がややこしくなって彼女の支配からも逃れてしまうかもしれない。

 だが言ったからにはやらねばならない、ランは特殊な言葉を口にすると右手を上に向けた。頭上に現れた真っ赤なドラゴン、その太い首に光の輪がついた。

 と同時に咆哮が空気を揺らす。爆音、もはや一種の攻撃だ。然しそれに呼応するように相手も吠えた。鎖を引きちぎり、翼を広げて吠えた。

 ランは右手をあげたまま集中する。そもそもドラゴンの死体自体をネクロマンサーとして所有するのは稀有であり、命令も殆ど聞かない。場合によっては敵味方関係なく全てを破壊する。マジャルの力が強いお陰である程度拘束出来ているが、大魔法使いのワンでさえ完全に操る事は出来なかった。

 白き太陽神の力は絶対だ。その相手が例えドラゴンであっても幻獣であってもひっくり返る事は決してない。だからこそそれを使うランには負担がかかる。脂汗が頬を流れた。

 レッドドラゴンが先手を打った。高温の炎が上から吐き出される。相手は防壁を展開し、防いだ。だが。

 どくんっと鼓動が鳴る。ダンジィは既に動いており、気づいた時には相手の頭上に居た。

 本気だ。誰もがそう思える程に鼓動が速く、拳が相手の脳天にぶつかった。瞬間防壁が壊れ、炎を浴びる。

 マジャルがあっと声を漏らしたが、インフェルを本気を出さずに殺した男だ。レッドドラゴンの炎ぐらいではビクともしない。

 かと思えばとんっと跳びあがり、こちらに背を向けた。瞬間、炎のなかから突っ込んできた。全身で受け止め、全力で踏ん張る。固い土が盛り上がった。

「マジャル、レッドドラゴンの力をもっと解放してくれ」

 ランからの言葉に彼女はすぐに応えなかった。それもそのはず、これ以上ドラゴンの力を解放するという事はそれだけ手放すという事、ランへの負担が一気に増す。だが今の火力では止められないし、こちらを守ってくれているダンジィも全くダメージを負わない訳ではない。

「あーもう、だったら......!」

 口の奥に指を突っ込むと一つえずいた後に吐き出した。胃液に混じって丸く光る物が落ちる。

 それを拾い上げると口を拭う事もせず破壊した。するとマジャルの身体から力が抜け、その場に倒れた。

 と同時にレッドドラゴンの吐き出す炎の力が増した。ランは眉根を寄せながら口角を引いた。

「無茶苦茶だよ。やっぱネクロマンサーになるエルフはイカれてる」

 エルフの体内には必ず魔力の塊があり、マジャルの場合は吐き出しやすいように胃に移動させている。そのせいであまり食べられず細い身体付きをしているのだが、その魔力の塊を破壊すると一時的に魂が身体を離れてしまう。彼女はそれを利用し、ドラゴンを解放するぐらいならとレッドドラゴンに乗り移った。

 死体だから元々魂は存在しない。空っぽの器だ。エルフだから出来る荒業にランは少し力を弱めた、身体が楽になる。

 レッドドラゴン本来の力を浴び、相手の身体の皮膚がぶくぶくと暴れはじめた。それを見るとダンジィがぐっと力を入れ、頭を完全に固定した。

 八本の脚を突っ張って離れようとするがビクともしない。どくんどくんとバーサーカー特有の鼓動が直接伝わってくる。身体中に響き渡る。

 然しその鼓動は恐怖以外も呼んだ。精神の奥深くに追いやられたヒューラの魂が反応する。瞑っていた眼を開き、顔をあげた。

 白く丸い空間は小さく、辺りは闇で包まれていた。自由に動く事が出来ない。だがどくんどくんという鼓動と共に、少しずつ白い空間が広がっていくのが分かった。

 彼らがどうにかしようとしてくれている、そう希望が見えた時、左腕が変化した。それは弓の形をしており、右手には矢があった。

 直感的に理解した。内側から壊せ、この呪いを。克服しろ。何千年と自分を苦しめてきたこの呪いを......!

 ぐちゃり。身体が斜めに切り離された。えっと心の声が漏れる。

 ぐちゃり。更に切り離される。

 ぐちゃり、ぐちゃり......気づいた時には身体はばらばらで、一つになった眼玉と口が驚いたまま固まっていた。

 全てが壊れたのは彼女が到着してからだった。どこからともなく飛んできた二本の斧、鎖で繋がれたそれは鋭い切れ味でヒューラの身体を真っ二つにした。

 ラン、ダンジィ、マジャル、それぞれが気がついて視線をやった時には斧はがたがたと震え、投げられた時と同じ軌道と速度で戻っていった。両手で受け止める。もう一度投げる体勢になった。

「がなる」

 ランが呟く。彼女の隻眼は通常通りで、スレイヤーとしての仕事をただただしに来たように見えた。

 ぐっと斧が後ろに行く。じゃらりと鎖が鳴った。

 豪速球で投げられる。瞬間ランが彼女の名前を叫び、ダンジィが斧に向かって飛び出した。レッドドラゴンに乗り移ったマジャルは炎を弱めはじめる。

 彼が回転しながら向かってくる斧を受け止めようと集中する。だが獣に睨まれた獲物のようにびくっと身体が反応し、斧はダンジィを飛び越えて行った。

 視線をあげる。ガナルの姿があった。背後で断末魔があがり、振り向いた。

 マジャルは炎を完全に消し、ランは痺れはじめた右手をゆっくりと下げた。

 二本の斧は頭に突き刺さっていた。横たわった身体からは血が流れ、死にかけの呻き声が聞こえた。その声にヒューラらしき声が混ざっており、どくんっと鼓動が一際大きく鳴った。

 ぎゅっと拳を握りしめる。ゆっくりとガナルを睨みつけた。瞬間その場から消え、振り上げた拳をガナルに向かって下ろした。

 だがギリギリのところで止まる。彼女は一切ダンジィを見ていなかった。

『ラ、ラン、コレ......』

 レッドドラゴンの唸り声混じりにマジャルが言った。魔物の姿が不規則に変わっており、ちらちらと人の形が見えた。

 腹の辺りで真っ二つにされ、頭に深く斧を突き立てられた白い女の裸体。その白さを際立たせる程に赤黒い血が広がり、よく見ると内臓も幾つか飛び散っていた。

 ランの呼吸があがる。走り回った後の犬のように小刻みで、所謂過呼吸を起こした。頭を抱える。マジャルはその様子に危機感を覚え、レッドドラゴンの証を内側から破壊した。

 弾き出された魂は元の身体に戻る。ドラゴンの死体は完全にただの腐肉の塊となって落ちた。

「ラン、ラン落ち着け!」

 戻ってすぐは身体が言うことを聞かない。転びながらもランの傍に行き、視界を遮るように前に立ちはだかった。頬を両手で掴み持ち上げる。眼に光がなく、揺らいでいた。

「落ち着け! 幻かもしれない!」

 いや、これは現実だ。魔力の塊を壊しても分かる。幻影特有の気配は一つもない。

「やりすぎだろ、お前」

 止まっている拳が震える。彼が止めた訳ではない。本能が止めた。このまま殴れば自分の命はない。

「邪魔だ」

 低い声にぎりっと歯を鳴らす。本能が警告する。この女に従えと。

「聞こえなかったか」

 一つ瞬きをしたあと、視線をやった。

「邪魔だ。」

 ぞくっと身体が反応し、反射的に跳び退いた。手が震える。恐怖の震えだ。

 ガナルは転がるヒューラを見つめたまま足を踏み出した。そうして斧の柄に手をかけ引き抜いた。と思えば、振り下ろした。

 ざんっ、右手側の斧が頭を真っ二つに割った。静寂が流れる。

「ガナル......あんた、マジでなにしてんの」

 マジャルがランの視界を遮ったまま、化け物を見る眼で彼女を見た。だが全く気にしない、まるで最初から居ないかのように振る舞う。

 ガナルは膝をつくと半分に割れた頭の頭頂部の方を手にとった。血がべっとりとつくのも厭わず、頭蓋骨に残っている脳みそを掻き出した。そうしてヒューラの上半身に適当に乗せる。

 その一連の流れに言葉を失う。狂気だ。狂気を感じる。マジャルは無意識にランを抱きしめていた。胸にかかる荒い吐息に血の気が引いていく。

 ごそごそとポケットを探り、取り出した。じゃらりと紐にぶら下がったそれはワズィが残した形見。クリスタルがきらきらと輝いていた。

 ガナルはそれをヒューラの上半身に近づけた。刹那、強い光が放たれ、ダンジィとマジャルは反射的に眼を瞑った。

 ややあっておさまる。ゆっくりと顔をあげた。

「は......?」

 そこにヒューラの死体はなかった。代わりに、白髪の少女がいた。ガナルは立ち上がり、クリスタルのついた紐を首にかけた。

「呪いは消えたか、ラン」

 ひとつ束にした金髪を軽く払いつつ視線をやった。マジャルの胸元でランが答える。

「ない、なくなった」

 震えた声にガナルは斧を背中に戻した。

「話は後だ。それより」

 視線をレッドドラゴンの死体にやる。

「早めにどうにかした方がいいぞ。それ」


 ワズィの残したクリスタルは死んだばかりの人間を転生させるものだった。それを知ったのは聖霊都市で石版を探していた時で、たまたまやってきたエルフの老人が指摘し使い方やデメリットを教えてくれた。

 最初は疑ったが、老人が手を翳すとクリスタルは呼応するように光った。力のあるものでないとクリスタルは反応しない、ガナルは教えられた事を信じた。そして、ヒューラを呪いごと殺しに来た。子供に戻るが生き返らせる事は出来る、その目的の為に。殺しに来た。

「ね、ねえ、幾ら転生出来るったって、ここ最近一緒にいた仲間を殺すのってさ」

 マジャルのオドオドとした聞き方にガナルは平気な面で答えた。

「あたしは何も感じないが。あんたらは何か感じるのか?」

 幼女になってしまったヒューラを片腕に抱いたまま、ガナルはかつかつと歩を進めた。その後ろ姿に三人は顔を見合わせた。

 なぜ彼女が必要以上に叩かれ、忌み嫌われているのか。大魔法使いの娘を亡骸の一つも持って帰らなかった、守れなかったというだけで十年以上経っても嫌われているのは少しおかしな話だ。魔王の卵を討伐したのはガナル自身だし、眼帯の下は骨ごと無くなっているという噂もある。

 間一髪生き残り、ワズィが託したお陰で破壊出来た。その事実は公表されているはずだった。

 だが、本当に彼女はワズィが死んだ時に悲しいと感じたのか? 本当に悔しいと思っているのか?

 単に判断能力の高い冷静な女スレイヤーではない、その恐怖とも危機感とも思える感情が三人のなかに共通してあった。

「ま、まあとりあえず、ヒューラの事は実質助けたんだしいいんじゃないかなあ」

 マジャルが空元気で声をあげる。

「成長も数ヶ月単位らしいですし、結果が良ければってやつですかね」

 ランがどこか他人事のように同意する。ややあって歩き出した。然しダンジィだけは納得しきれていないようで、煮え切らない表情を浮かべたまま、ガナルから距離を置くように重たい足を出した。

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勇む者達へ 起 白銀隼斗 @nekomaru16

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