第7話
「ヒューラの出身地は今でも残ってる所ですね」
依頼から戻ってきた二人を加えて話を進める。時間は昼を過ぎており、M×Mの一階は程よく賑やかだった。
「嫌味な性格ってダークエルフの特徴じゃなくて、全部呪いだったって事?」
マジャルが訝しげに首を傾げる。
「そうなる。彼女が敢えてアーチャー、ガンナーを選んだのも反抗心によるものだと僕は思います。舌さえ見せなければエルフとの区別はつかない」
アーチャーなどの遠距離はエルフが多い。ただ反抗心によるものと考えると闇魔法や黒魔法に適性がある、という特徴も呪いの影響という事になる。
「っというかそもそも、“ダークエルフが存在しない”」
ランの言葉に特別驚きはしなかった。エルフとの差異は舌が割れているかどうか、闇魔法に適性があるかどうか、そして性格が悪く人嫌いかどうかだけでそれ以外の違いはない。それにダークエルフが確認されたのは比較的近年だ。
「だとすれば、なんの為にそんな大きな呪いをかけたのか⋯⋯」
腕を組みながらガナルが呟く。沈黙が流れた。大体呪術にはしっかりとした理由があるし、それもなしに無闇矢鱈に使えるものでもない。
「まあ、とりあえずヒューラが回復したら生まれ故郷に行ってみたら? 村が残ってんならチビの頃に見たってやつも残ってるでしょ」
マジャルの気のない言葉にそれぞれ肯き、一先ず彼女の調子が戻るまでは各自で依頼をこなす事になった。勿論時々様子は見に行く、だが一週間近く経ってもヒューラの調子は戻らなかった。
「寧ろ段々、弱ってるように見える」
大人数で押しかける事でもないので、ここ数日はランかダンジィが様子を確認している。二階から降りてきたダンジィはそう言いながら椅子に腰かけた。
「それは僕も感じてた。まだ呪いの影響があるのか⋯⋯」
これでは先に進めない。仮に場所を聞き出して行ったところで、ヒューマンやエルフが混ざっているこの四人では村に入る前に追い返されてしまう。そもそも防壁をくぐり抜けられるかどうかも怪しい⋯⋯。
「一度本人に訊いてみたら? ほら、」
欠伸混じりに言うとダンジィを指さした。いざとなれば背負って行ける。視線が集まると「俺はいいけど」と呟いた。
「村、に」
部屋にはダンジィだけが入り、なるべく身を小さくして問いかけた。ヒューラはこの前よりも元気がなく、疲れているようにも見えた。それだけ呪いが強力なのだろう。
「もし、私が嫌だと言ったら?」
すぐには答えなかった。
「マジャルにどうにかしてもらう」
それがダメならランの実力行使しかない。だが村の人々は無実だ、魔王討伐隊として任命された矢先にそんな事をすれば信用は地の底に堕ちる。
ヒューラは唇を噛み締めた。
「もう、いいじゃない。私以外にも遠距離なんて幾らでもいるわ」
耐えるような声音。ぎゅっと膝上で握りしめられた拳を見て、ダンジィは静かに言った。
「ダークエルフなら国王の命令を蹴っても問題にはならなかった。なのになんで、素直に応じたんだ。なんで人嫌いなのに俺達と一緒にいる。なんでガナルさんに怯えてる」
タイタンの声は独特で、人を落ち着かせる力がある。例えハーフでも彼の声にはそれがあった。膝上の拳が少し緩む。
「ヒューラさんは普通の人だ。元々魔法学校で講師をしてたんだってな。言い方はキツいがいい先生だったって元生徒が言ってたよ」
それにはっと顔をあげた。眼を丸くして驚く表情に棘はない。
「それ、本当なの? 私を黙そうと嘘吐いてるんじゃ、だって貴方」
「俺はバーサーカーだ」
ヒューラの声に被せるようにして言った。息が詰まる音がする。
「時々制御が効かない時がある。バーサーカーは職として認められているだけで、ただの疾患だ。ハーフタイタンだから力も強いし女の人を何度も傷つけてきた」
そっとヒューラの拳に大きな手が被さった。大地のように暖かくざらりとした質感だ。
「呪いと先天性の疾患じゃ質が違うかも知れない。だが本心と違う自分に苦しむ気持ちも、そいつのせいで周りの人間から向けられる視線の痛みも、俺は解る」
それに彼女の肩が震えた。ややあってぽたりと生ぬるい水が手の甲に落ちて広がった。
ダンジィは何も言わず、一つの手で頬を拭い、それ以外の手で抱きしめた。タイタンがよくやるハグの文化だ、自然に包まれたように心が落ち着いた。
「おっ、上手く行ったみたいだねえ」
二階から彼と共に降りてきたヒューラは普段の格好に着替えており、くまは残っていたが眼の鋭さは戻っていた。ガナルと眼が合う。
「案内するわ。私の故郷に」
ヒューラの故郷は西方魔法都市の近くにあり、それなりの旅路だった。はじめは歩ける程の元気がなく、ダンジィに抱えられつつ道案内を続けた。
「ねえ、マジャル」
一日目が終わり、近くに村もないので野宿となった。ぱちぱちと弾ける火を前にヒューラは話しかける。
「なに」
友好的な声音ではない、一つ瞬きをしてから振り返った。
「貴方は、なんでウィッチとネクロマンサーになったの」
エルフは確かに魔力が元から高い。別におかしな話ではないが、適性的に黒魔法は劣っている。わざわざ劣っている方を選ぶ必要はない。
マジャルは眼を伏せ、骨張った手で頭を軽く触った。長い耳とピアスが揺れる。
「うち妹がいんだよね。可愛い奴なんだけど、うちより優秀な奴でさ、」
淡々と話す。口を閉ざした彼女から焚き火に視線を戻した。
「でも結果的に魔王討伐隊に選ばれたじゃない。十分でしょう?」
それに舌打ちが返ってきた。ばっと振り向く。マジャルは影になった眼元を歪めて言った。
「なんにも分かっちゃいない」
ヒューラは息を吸った。
「魔王討伐隊になったからってなんだよ。親も妹も振り向きゃしないんだよ。どんなに黒魔法や召喚魔法を頑張ったって、どんなに強い奴を相手にしたって振り向きゃしない。うちはあいつらの視界の中には入ってない」
ぎゅっと拳を握る。吸った息は意味もなく吐き出された。
「うちは凄いんだぞってアピールしたって、他人はその時肯いてくれるだけ。そのうちウザったくなって妬みの対象になる。誰もうちの事なんか、本当に認めてくれる奴なんかいない」
もう片方の膝も立てると俯いた。高い背丈を隠すように小さくなったのを見て、ヒューラは口を開いた。然し脳内に浮かぶのは嫌味な言葉ばかり、ぎりっと歯を食いしばった。
「マジャル、お前の力は国が認めてる」
声が聞こえ、ヒューラは視線をやった。ガナルが真っ直ぐに彼女を見ていた。こういう事をハッキリと言える、その差に胸がざわりとした。
「認めてなかったら、お前はここにいない」
彼女は不貞腐れたように返した。
「アンタも分かってないよ。うちのこと」
ガナルは立ち上がるとマジャルの前に片膝をついた。ヒューラにはその大きな背中だけが見える。
「どうせいつか死ぬ親や妹に認めてもらったところで何が変わる。何十年何百年前の魔王討伐隊や大魔法使いワンは死んでもなお歴史として残り続けてる。お前の場合はこの先何千年と色んな人間から認められ、崇められるんだぞ」
彼女の表情や仕草は見えなかった。だがなんとなく顔をあげたのは分かる。
「家族は所詮、血縁関係があるだけの他人だ。逆に言えば血縁関係がないだけで、あたしらはお前の味方だ。まあ他のメンバーは知らんが、少なくともあたし自身はな」
ぐっと立ち上がると頭を撫でた。わしゃわしゃと雑に揉まれ髪が乱れる。ガナルは欠伸を漏らしながら戻っていった。
「早く寝ろ。陽が昇る前に出発する」
それにマジャルに視線をやった。三角座りで蹲っており、ヒューラはかける言葉がなかった。どうせ嫌味な事しか言えない。
「ヒューラは、うちの事どお思ってんの」
小さな声に口を開く。内心では彼女の実力を認めているし感心している。エルフとしては不得意なウィッチ、ネクロマンサーという職でここまでの力を持つのは至難の業だ。しかもまだ若い。
「まあ、アンタ嫌味な事しか言えないもんね。“今は”」
ふっと顔をあげる。眠たげな眼がよこされ、マジャルはそのまま木の幹に肩を寄せると眠る体勢になった。
ヒューラもややあって横たわり、息を吐いた。布越しに伝わるかたい地面を撫でつつ燃える炎を見つめた。
翌日、少し歩けるようになった彼女の案内をもとに歩を進めた。自然が多く、あまり村や街がない土地なので食料は自力で確保した。その際に大きな鹿を弓矢で狙う。ぱっと手を離した。
矢は真っ直ぐに飛び鹿の頭を打ち抜いた。然しぐらりと眩暈のようなものが起き、慌ててしゃがみこんだ。
「呪いがかなり侵食してます。多分、本格的にヒューラをどうにかしようとしてる」
顔色がまた悪くなっており、結局自力で歩いたのは朝から昼までのあいだだった。まるで病気だ⋯⋯落ち着いたと思ったらまた悪化する様子に、流石にマジャルも心配の視線を送った。
一旦聖霊都市に寄る事にしようとガナルが提案したが、ダンジィの背のなかでヒューラが「まって」と声を絞り出した。
「聖霊都市は、エルフのお爺さんが防壁を張ってある。多分呪術にも反応する。行っても無駄よ」
かぶりを振る様子に顔を見合わせた。
「なら僕が買ってきます。休息は⋯⋯仕方ないけど外でするしかない」
シャーマンのランなら確実に出入り出来る、彼に任せ、ガナル達は都市から離れた場所で一旦腰をおろした。
「なんか、前よりも酷くなってない?」
横たわったヒューラは眉根を寄せて息を荒げており、唇も乾ききっていた。その様子にガナルは渋い顔を見せる。
「もしかしたら、近づいているせいで呪いが」
確かな事は言えない。だがそう思ってもおかしくない程に悪化していた。
「ランも酷く焦るようになってきた。早めに片をつける必要があるな」
唯一呪いをどうにか出来る人間だ。まだ若い彼が精神的に参ってしまう前にやらなければいけない⋯⋯見えない時間制限が彼らには課されていた。
「あ、あのさ、これうちの邪推なんだけど⋯⋯呪いってウィルスみたいに他に移るとかないのかなあって」
マジャルが頬を掻きながら恐る恐る言う。それにダンジィが「幾らなんでもそれはないんじゃないか」と返した。だが嫌な答えが紡がれる。
「ない、とは言いきれない。呪術は魔法と別物だ。呪術は生きている、“生き物”として歴史書やその類の文献にも書かれてるし、ワンの話では、伝染するのを狙ってかけられた呪いもあるらしい」
静寂が流れ、ごくりと誰かが固唾を飲み込んだ音が聞こえる。
「警戒しておいて損はない。ランが焦りだしたのももしかしたらそれのせいかも知れないし、お互いにお互いを気遣いつつ進んだ方がいいな」
ガナルの冷静な低い声にヒューラの息遣いが被さった。
「あ、ラン様!」
聖霊都市の市場で必要な物を揃え、紙袋を受け取った。然し名前を呼ばれ振り返る。駆けてきたのは嘗て悪魔祓いをした家族で、ランは記憶になかった。いちいち助けた人間の事など覚えていない。
「なにか?」
取り繕う暇もない彼は素っ気なく返す。時間がない。彼のなかでは唯一残っているトラウマの記憶が何度も上映されていた。
「実はまた娘の調子が悪くて、」
出た。この類の人間は少しでも不調が起こると調子に乗ってどうにかしてもらおうとする。本当にランの力が必要ならばもっと必死だ。
「魔物の卵がまだ残っているんでしょう。処方した薬はきちんと飲んでいますか」
シャーマンなどの聖職者は薬学にも通じている。自分で薬を調合し処方する者も多い。ランはその類の聖職者で、余計に頼る人間がいる。
「いえ。あれは効かなかったので飲んでおりません」
男の返答にランは反射的に舌打ちをした。へっとした呆けた顔の夫婦に対し、今までどんなに腹の立つ事があっても表には出さなかった彼は、あからさまに不機嫌な顔で睨みつけた。
「やれと言われた事が出来ないなら僕はもう知りません」
踵を返し、早足で門に向かう。ヒューラの容態は悪化している、確実にだ。またトラウマがフラッシュバックする。
「彼女の事が先だ。他は知らない」
自分に言い聞かせるように呟き、人混みをかき分けて行った。
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